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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
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鍵のかかった部屋

あれから1ヶ月。

佐登美の休日は、重蔵と敏子の朝ご飯の支度から始まる。

食事が終わると、いつも通りいそいそ出かけて行く重蔵と敏子。毎度毎度いったい何処へ行っているのだろう?

気にはなるが、何はともあれ2人がいない時間は唯一ほっとする。


文也は久々の休日。

ゆっくり寝かせてあげたくて、佐登美は起こさないでいた。


あれ以来、あの音もあの匂いも、全く感じ無くなったし、やっぱり……あれは夢?…………

そんな風に思える様になっていた。


洗濯物を詰めた籠を抱え階段を登る。

2階には部屋が3つ。階段に1番近い部屋と2番目の部屋を、佐登美達が使っている。ベランダへ出る通路を挟んで反対側にもう1つ部屋がある。

敏子と重蔵達は1階で生活しているので、この部屋は誰も使ってはいない。


部屋には鍵が掛かっている。不思議に思っていると、それを察したのか以前に1度だけ文也に説明された事があった。

『この部屋の鍵を随分前に無くし、開かずの間になっている』と、

『物置きにしていた部屋で、いらない物ばかりだからそのままにしている……気にするな!』と、それ以上聞いてくれるなと言わんばかりに説明は終わった。



何故この部屋だけ、外から鍵が掛かっているのだろう。物置?家の中なのに鍵?佐登美の好奇心は収まるどころかここを通る度、気になって仕方無かった。


久々の快晴。洗濯物を干しにベランダに出る。

ベランダから、例の鍵の掛かった部屋の窓が見える。しかし、その窓もしっかりカーテンが閉められ中を覗く事は出来ない。

が、何故か今日は違っていた。カーテンに少し、隙間が開いている。

鍵を無くした筈なのに……誰か中に入ったのだろうか?鍵が見つかったのかもしれない。

佐登美は少しワクワクしながら、ベランダから身体を乗り出し、中を覗いて見た。

要らない物が入っていると文也が言っていたが、中はガランとして何も無い様に見える。処分したのだろうか?いつの間に?佐登美が仕事に行っている間に捨てたのか?……いやいや重蔵と敏子がそんな事するだろうか?


疑問に思いながら、残りの洗濯物を皺を伸ばしながら丁寧に干す。

洗濯物を干し終わり、今日は何をしようかと考えながらベランダを出る時、部屋の窓に目が行く。さっき開いていた隙間が閉まってる……?……文也が起きたのか?

佐登美は、子供みたいに心が弾んだ。

文也を驚かせようと、悪戯心でそっと例の部屋のドアノブを回す……?……動かない。


「文也……何してるの?」

何度か声を掛けるが、返答が無い。


「何してんの?」

佐登美の後ろから文也の声がした。振り返ると、寝ぼけ顔の文也が立っている。


「あれ?部屋の中じゃなかったの?」

と、鍵の掛かった部屋を指差した。


「部屋って、その部屋は開かないって前に言ったでしょ」


「えっ⁈でも……」

文也はそのまま背中を向けた。


「お腹すいた!ごはんごはん」

そう言いながら階段を降りて行く。

佐登美は納得行かなかったが、取り敢えず文也を追った。


久々に文也と過ごす休日。

2人で一緒に朝食を摂りながら、今日の予定を練るのも楽しい。

佐登美は迷ったが、さっきの出来事を話した。

文也は眉をひそめ、急に不機嫌になった。


「君は不思議な話をするね。鍵の無い部屋がどうやって開くんだい?」


「でも…本当に誰かが…あの部屋に……」


「いい加減にしてくれよ‼︎久々の休みにそんな話は止めてくれ!」


文也は声を荒げて、机に箸を叩き付ける。

荒々しく立ち上がり、リビングに移動すると、ドッカリとソファに横になった。


怒りを露わにする文也を、佐登美は座ったまま眺めていた。

何故突然怒り出したのか?そんなに怒る事?……益々分からない。

苛々の原因は、きっと他に理由があるのだろう。

この家には、何か家族だけの秘密が有るように思えて仕方が無い。

佐登美はそれを共有する程、家族に成り切ってはいない……そう思うと少し寂しさを感じるが、納得も出来た。

きっともっと、同じ時間を生きて行けば……自分に言い聞かせ、今は諦めるしかなかった。


文也の機嫌は収まらず不貞寝したまま、折角の休日も夕方になっていた。

結局、佐登美はいつもと変わらず、1人の休日を過ごしていた。ただ、いつもと違うのは、休日を台無しにした後悔と、文也への不信感が胸をざわつかせ、ずっとダイニングの椅子に座ったまま、沈黙の時間を過ごしていた。


佐登美はおもむろに立ち上がり、洗濯物を取り込みにベランダへ上がった。

洗濯物を丁寧に畳んでは、籠に入れる作業を機械の様に繰り返す。

ついあの部屋の窓に視線が向く。

一瞬……ふわりとカーテンが揺れた?気がした。

「⁈……」

文也はリビングにいる。重蔵や敏子が帰って来た様子は無い。

窓はぴったり閉まってるし、風の入る隙間等無い…………思わずじっと見つめる。

再びカーテンが揺れると、その隙間から何かが覗いている。

それが何か気付いた途端、大きく一回、心臓が脈を打った。

息をするのも忘れ、固まったまま。

カーテンと一緒に見え隠れしながら、ゆらゆら揺れる……手⁈。やけに白い手‼︎

身体が一瞬で釘付けになって動けない。

その手の細く華奢な指が、ゆっくりと上下に揺れ……ゆっくり、ゆっくり佐登美を手招きする。


体が何処かへ吸い込まれる感覚がして、意識が遠のいて行く。

意識が戻った時、佐登美は扉の前に立っていた。

扉が静か開く。佐登美が恐怖を感じ後退りをする瞬間、隙間から伸びる手が佐登美の腕を強く掴み、部屋の中へと引き摺り込んだ。


その力は強く、勢い余ってバランスを崩した佐登美は、部屋の真ん中辺りで四つん這いになった。

「痛っ!」

我に返って辺りを見廻す。

何が起きたのか……想像力と理解力をフル回転させてみたが、夢か現実の区別も付かない。

掴まれた腕に残る冷たい感触と痛み。

残念ながら夢じゃ無いらしい事は、少しずつはっきりして来た。

怯えながら身体を小さく丸めた。

頭の中はずっと『何?何?何?』と、ぐるぐる回っているが、納得出来る答え等出ない。

部屋の中はあの嫌な匂いが充満していた。

ぞっ!として、立ち上がり扉に走りよる。

ドアノブを掴み回すが開かない。

力いっぱい何度も……ドアノブを回す音だけが、ガチャガチャ‼︎とシンとした部屋に響き渡る。しかし、扉はビクともしない。


「開けて!開けてー‼︎文也ーっ‼︎」


堪らず必死に扉を叩き叫ぶ。

いくら大声を出しても、文也の来る気配は無い。


ズッ……ズッ……

背後から聞こえる音に、一瞬で身体が硬直した……振り返る事を躊躇したが、背中に刺さる恐怖がそれを許さない。ゆっくり振り返る。

それは、床を這いながら近付いて来る。乱れた髪の奥から、見開いた目だけがこちらを見据え、痩せ細った身体をゆらゆらと揺らしていた……


「…………誰⁈……」

佐登美は意識を無くした。


文也は目を開けた。何かに呼ばれた気がしたが、すぐに夢か?と深く考える事を辞めた。

薄暗くしんとしたリビング、一通り見回すが佐登美の姿は無い。

起き上がりソファに座り直すと、暫しボーッと時間の過ぎるのを眺めた。やがて溜息をつき立ち上がり、灯りを点けそのまま2階へ上がる。

「佐登美?」

寝室や隣の部屋を開け、声を掛ける……いない。

例の部屋の横を通り、ふと佐登美の言葉を思い出し足を止める。

搔き消す様に通り過ぎ、ベランダに出た。

ベランダの真ん中に、洗濯物用の籠が置いてある。まだ取り込み途中の様だが、佐登美の姿はここにも無い。

籠に向かって歩く文也の足が、止まった。それきり動かない。

文也の視線は、カーテンの開いたあの窓に……奪われていた。

佐登美が言っていた事は本当だった。

ああ……また……あの悪夢が始まる……。

恐る恐る窓に近づき、そっと中を覗く……薄暗い中に微かに、佐登美の姿が見えた。



文也は夢中で寝室に走った。ウォーキングクローゼットの扉を勢いよく開け放つ、扉は大きな音を立てた。1番奥の棚の前に立ち、棚の奥を手で探り……押す。一見分かりづらい作りになっているが、押すと小さな引き出しが飛び出して来る仕掛けになっている。中には鍵が1つだけ……それを握り締めると、例の部屋へ走る。


焦る気持ちと恐怖で、鍵を持つ手が震えた。

まるで拒んでる様に、鍵穴に鍵が入らない。

苛立ちながら、反対の手で震える手を抑えなんとか差し込んだ。

ようやく部屋の扉が開いた。


部屋の中央で倒れている佐登美にかけより、抱き上げた。


扉の外で引き攣った顔の敏子が立っていた。

「お前……なんて事を……」

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