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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
3/37

始まりの扉

それは、この家の扉を開けた時から始まっていた。


玄関を開けると、何かの匂いが佐登美の鼻をついた。

なんの匂いだろう?

思い当たる物が浮かばない。


匂いも気になったが、目の前に雑然と置かれている物に佐登美は言葉を失いかけた。


文也からは、両親と3人暮らしと聞いていたが、住んでる人間の数倍の数の靴が玄関を占領し、足場を無くしていた。


文也が先に入って何足かの靴を無造作に下駄箱に放り込み、隙間を作ってくれた。


「ああ……ごめん。入って」


なんだろうこの家は、余りの散らかり様に時間が止まったみたいに、佐登美は暫く見入っていた。


「佐登美⁈」

文也の声に佐登美は靴の間をぬって、中に入った。


「こんにちはー!」

佐登美は元気良く挨拶した。


文也と2人、玄関に佇み返答を待つが、遠くでテレビの音が漏れ聞こえるだけだった。


「聞こえないみたいだね。ま、上がって」

文也が佐登美を促した。


「おじゃましまーす」

そう言って靴を脱ぎ、文也が出してくれたスリッパを履き、しゃがみ込むと自分の靴を揃えた。


気にしないつもりでも、あちこち雑に置かれた物がやたら目に付く。


ふと、またあの匂いが鼻につく。

いったい何だろう?……

今迄嗅いだ事が無いが、嫌な匂いだ。

この雑然と散らばった荷物の中で、何かが腐敗でもしているのだろうか?


「文也さん……何か匂わない?」


思った事を口に出してしまう佐登美の遠慮無い質問に、文也は不意を突かれたのか、驚いた顔……いや、一瞬だが怯えた顔をした。


「えっ⁈全然‼︎あー隣の家から時々匂って来る事があるんだ。何度か注意してるけど……僕達は慣れてしまって最近は感じなくなってた。そうかーまたか、分かった注意しとくよ!」


慌てて取り繕うが、佐登美は文也の動揺が気になった。

決して外からの臭気では無く、家の中のずっと奥の方から漂って来る匂いだ。

家庭の匂い?……とも違う。

これ以上追求するのは、文也の気を損ねる気がして、


「ふーん、そうなんだ……」

と、曖昧に頷きそれ以上気にならないふりをした。



文也が先を歩き、佐登美を手招きする。


廊下を真っ直ぐ行って左側にリビングが有る。リビングに入ると、大きな3人がけ用のソファが目に入る。そこに重蔵がどっかりと横になっていた。テーブルを囲んで右側の1人掛け用のソファには敏子が座り、テレビを見ながら寛いでいた。


「こんにちは。花園……あ、と……佐登美です」

佐登美は今日から石上になった事を思い出し、照れ臭ささと恥ずかしながらも、慌てて言い直し挨拶した。


敏子は佐登美を睨み付けると、何も言わずまたテレビに視線を戻した。

重蔵の方はこちらを見ようともしない。


「今日からここに一緒に住む佐登美だよ」

今度は文也が大きな声で、佐登美を紹介する。


「うるさい‼︎いいからあっち行きな!」

敏子はテレビから視線を外す事無く、怒鳴った。


あんなに文也に懇願された結婚が、この家ではまるで歓迎されていない事に、佐登美はこの時初めて気付いた。


いったいどう言う事なのか文也を見るが、無表情にじっと敏子を見ていた。

不安と共に初めて後悔を感じた。


文也は佐登美の腕を掴むと、階段を上がり2人の部屋へ案内した。


6畳程の部屋で、この部屋は他の部屋とは違って、驚く程綺麗に片付けられいる……と言うか、物が無い。


シングルベッドが1つと、小さなテーブルが1つあるだけ。


奥の扉を開けると、ウァーキングクローゼットになっていて、括り付けの家具が並んでいるが、その中にも余り物が入っていなかった。


ベッドに腰を下ろすと、1度に疲れが押し寄せて来た。


「歓迎……されてないみたいだね」

力無く佐登美が呟く。


「人見知りなんだよ。うちの両親」


どう贔屓目にみても、『人見知り』?とは到底思え無いが……

文也の必死な言い訳に、佐登美は吹き出しそうになった。


「徐々に、少しずつ慣れて行けば。大丈夫だよ。決して悪い人じゃないんだ」


「うん!そうだね。わたし頑張る」

佐登美はそう言って、ガッツポーズをして見せた。


突然、階段を乱暴に駆け上がる音が響いた。何事かと文也を見ると、文也はじっと扉の方を見ていた。


勢いよく扉が開き、壁に扉がぶつかり大きな音を立てた。


「何やってんだ‼︎さっさと片付けな!気が利かない。生意気に寛いでんじゃないよ‼︎」


女性特有のキンキンした声で、ヒステリックに喚く。

腕を組み、般若の様な顔で仁王立ちする敏子。


佐登美は敏子に釘付けになったまま、身体は恐怖で固まっていた。


この余りの汚さは、嫁への歓迎だったのだろうか?と、佐登美は確信した。




文也の強い意向で、短大を辞め就職した。

家中の掃除や洗濯、慣れない料理も勉強した。

想像していた夢の様な新婚生活とは程遠いが、佐登美は必死に働いた。


重蔵と敏子は50代程だろうが働かず、特に持病が有る様子は無いが、夫婦で趣味や遊びに明け暮れていた。


文也の給料は、佐登美に渡される事無く、直接敏子に渡される。そこから僅かな小遣いを文也は貰っていた。


佐登美の初めての給料日に、珍しく文也が迎えに来てくれた。嬉しくて2人で食事して帰ろうと言ったところ、給料は全額下ろして敏子に渡してくれと頼まれた。『なんで?』と尋ねると、敏子の機嫌が悪くなるから……と、何故そこまで母親に気を使うのか尋ねると、『普通でしょ』と、なんか敏子と文也の親子関係に違和感を感じずにはいられなかった。


玄関を開けると、待ち構えた様に敏子が無言で立っていた。


文也が佐登美の給料を敏子に渡す。携帯代と、小遣いを渡してやって欲しいと交渉すると、苛々と袋から2万円を取り出すと、文也の顔目掛け投げ付けた。

敏子は機嫌悪そうに、リビングへ消えて行った。


文也は1万札を2枚拾うと、佐登美に差し出した。


佐登美は『お給料渡しても、機嫌悪いじゃないか!』


悔しくて文也に訴えたかったが、口に出す事はしなかった。

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