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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
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姉佐登美の結婚

紀代美は、桜を真っ直ぐ見詰めて頷いた。


その顔は緊張してるのか、少し強張っている。


そして、ゆっくり話し始めた。


「わたしには、8つ違いの姉がいます。その姉が3年前19歳の時に結婚したの、相手は10歳年上の人」


桜は黙って頷く。


元々、紀代美と親しく話しをする事がなかった桜にとって、紀代美に姉がいるのも新鮮だった。



「あの日。本当に前触れも無く姉の彼氏って人が突然訪ねて来て、いきなり結婚したいって言い出したの。しかも今日中に……驚いた両親は勿論猛反対!

年も若かったし、相手の事も良く知らないし、何より余りの常識の無さに呆れ果ててた」


ふんふんと桜は大きく頷いた。


確かに常識が無さ過ぎる。姉の方はまだ若気の至りで済んでも、相手は立派な社会人!世間知らずもいいところだ!


「両親も初めのうちは、子供の戯言と適当に受け流してた。

いつも嬉しそうに彼氏の話していたけど、結婚の話が出てる事なんて誰も寝耳に水で……多分、姉にとっても寝耳に水……だったのかも」


「どう言う事?」


桜は首を傾げ紀代美を見た。


「あの日、その彼が家に来る前。隠れる様に外に出て行く姉を見かけたの。何処行くのって声かけたんだけど、聞こえなかったみたいで……思わず追いかけたら、近所の公園で男の人が待ってた。声掛けづらくて、少し離れて様子を見てた。『結婚しよう』って、男の人が姉にプロポーズしてるのが聴こえて、姉は凄く嬉しそうに『はい!』って答えてた。でも、暫くしたらなんか揉めてるみたいで、姉はずっと下を向いて『そんな急に無理だよ』て、言ってた」


「その男の人って……例の彼氏?」


紀代美は頷いた。


「その時は聞き取り辛くて曖昧だったけど、その後の話しと繋げると、多分、今日中に籍を入れないと困った事になるって……」


「今日中?何でそんなに焦ってたのかしらね」


桜は腕を組んで、眉間に皺を寄せた。


「結局、彼の言いなりになった姉は、母親と激しい口論の末、家を飛び出してそのまま……

最終的には、両親が根を上げて結婚を許した感じになったんだけど……姉はいつも一生懸命で真っ直ぐな人。

我儘って言う人もいるけど、わたしには凄く優しく頼りになる大好きな姉なの。それが、結婚直後からおかしくなりだして」


「おかしく?……」


意味深な言葉に、桜は復唱した。


紀代美は深い溜息をつき、


「今思えば……あの時、真剣に姉の話しを聞いていたら、こんな事にはならなかったのに……」


そう言って両手で顔を覆った。


「両親は名医と呼ばれる医師を探しては、どんなに遠くの病院でも姉を連れて行ったの。でも、どの病院もはっきりした病名も原因も分からず仕舞い。ただ、何か強いショックを受けたんでしょう……としか。

いくら医者を変えても何も変わらない姉の様子に、やがて両親も何かが違う?って考え始めたみたいで……こうなる前に良く姉が言っていた事を思い出して……普通じゃ無いのかもって、それからは今度はそういった関係の所へ姉を連れて行ってはお祓いをして貰ったり、水だとか、石だとか、言われるがままお金を出して、両親も何かに取り憑かれてしまったんじゃないか?って思うくらい。だけど、何をしても姉が良くなる事は……」


涙で詰まった紀代美の最後の言葉は、良く聞き取れなかったが桜は深く頷いた。


「その日、連れて行かれた相手の石上文也さんの実家でいきなり同居。それから徐々に姉の奇行が始まり……以来、殆んど帰って来る事がなくなって……」




文也が運転する車の助手席に、佐登美は微動だにせずじっと座っていた。


いつも傍で煩い程聞こえて来るお喋りが、今はすっかり影を潜めている。


「そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ」


文也が笑顔で話しかけるが、その笑顔も心なしか強張っている。


緊張で曖昧な返答しか出来ない佐登美には、その事に気付く余裕は無かった。


車は閑静な住宅地へと入って行く。


車はゆっくりと駐車場へ入り、2台位は余裕で入るスペースに停められた。


目の前には洋風な一軒家が建っていた。


築5年程と聞いていたが、余り手入が行き届いている様子は無く、駐車場には結構な雑草が生えていた。


佐登美は文也と共に、その一軒の家の前に立った。

文也が両親と共に住む家。

佐登美は初めて訪れた。


文也と付き合い始めて3年、これ迄1度も招かれる事は無かった。


結婚を意識し始めた頃何度か尋ねたが、その度はぐらかされて来た。


文也は自分の話をする事を極端に嫌う為、3年も付き合っているのに、文也の事を佐登美は良く知らない。


朝目覚めた時、こんな事になるとは想像もしなかった。


今朝、突然文也から呼び出され、そこでいきなり入籍する事を懇願された。余りに突然の申し出に、気紛れや冗談の類と一度は聞き流した。だが、余裕を見せながらも焦りを隠せないでいる文也が、気のせいだろうか、怯えている様にも感じた。困惑したが、流されるまま慌ただしく入籍してしまった。

深く考える事に幾らか臆病になっていたし、違和感のある文也を……放って置けなかった。


後悔はしていないが、不安はある。


若過ぎる結婚に、反対する父や母。


母に至ってはヒステリックに喚き散らし、半ば喧嘩腰に押し切ってしまった。


我ながら精神的にも、ハードな1日を生きてる気がする。


今日からこの家の住人になる。


「余計な荷物はいらない。身の回りの物だけ、後は徐々に揃えればいいよ」


その言葉通り、最低限の身の回りの物だけをスーツケースに詰め、まるで家出して来たみたいな後ろめたさが、少しだけ後悔を誘った。


文也の義理の父重蔵と、母敏子。1度だけ面識があった。


以前、文也に連れられた店で偶然紹介された。挨拶をしたが、どことなく素っ気ない感じがした。

今となっては文也が両親に合わせる為に、偶然を装った作意を感じるが、それ以来今日迄再会する事は無かった。


若く経験の少ない佐登美には、それが不自然である事に気付く術は無く、招かれた喜びに心は囚われていた。


未知の領域へ今、一歩踏み込もうとしている。

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