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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
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東城一吾

わたしは、東城八重子と申します。

そこに居る男の前妻、仁絵の祖母にあたる者です。


わたしがこんな姿でこの娘の自由を奪っているのも、あの家に起こった数々の災いも、全ては私の夫、東城一吾と言う人で無しの仕業でございます。


一吾とは、東城家十一代目当主。


先祖には、医者や弁護士、政治家までもが連なる、地元では一目置かれる名家でございました。


一吾の父にあたる十代目には、なかなか跡取りが出来ずにおりましま。

前妻は5人の娘を産みましたが、どうにも男の子が産まれませんでした。

いつまでも跡取りが誕生しない十代目を案じ、親戚達は、前妻を東城家から追い出してしまいました。


そして若い後妻をあてがい、十代目が60を目前に、一吾が産まれました。

6人目にして生まれた待望の長男に、東城家は歓喜に沸き、その溺愛ぶりは並大抵ではありませんでした。


甘やかされ持て囃され、叱る者等誰1人いない。

5人の姉達でさえ逆らう事を許されず、まるで腫れ物に触る様に大切に育てられました。


幼い頃から、暴れて我儘を通す事を覚え、すっかり身に付いた一吾は、大人になっても何かと癇癪を繰り返していました。

結果、弱い者を暴力で黙らせる、身勝手極りない非道な暴君が誕生したのです。


先代が早くに亡くなり、若くして後を継いだ一吾。その頃から、悪い仲間に煽てられ、危なげな商売に手を出し始めます。

金を注ぎ込んでは騙し取られるを繰り返す一吾を、誰も止められる者はいませんでした。


気付けば、財産は底を尽きていました。


破産寸前の東城家、火の粉が飛んで来るのを恐れた親戚達は、本家を救出すべく画策されました。


その鞘当てを、当時薬問屋を元に不動産等手広く商売し成功を収めていた私の実家、浅田家が選ばれました。浅田家との縁を結ぶ事で、破産を回避しようと企だてられたのです。

当然、事情は隠されたまま縁談話を持ち掛けて来ました。


浅田家としては名家と繋がりを持てば商売に役立つと、後妻の浅知恵の元、無理矢理縁談は進められました。しかし、蓋を開けてみれば、ただ集られるだけの潰れかけた東城家との繋がりは、浅田家にとって誤算の何者でもありません。


湯水の如く金を使い果たす厄介者。

何人もの女を囲っては、金を貢ぐ。


ほとほと呆れられ全ての援助を断たれ、浅田家からは完全に見離されてしまいました。


潰れた家に嫁いだ私は一家の恥と、後妻が幅を利かせていた浅田家へ帰る事は許されず、東城家に留まるしかありません。


それからは使えない嫁と罵られ、夫からの暴力の日々。


東城家の人間は、一吾の標的がわたし1人になった事に安堵していました。



「今で言うDVね!」

桜は溜息と共に吐き出した。



姉達は食い扶持を減らす為、それぞれ嫁に出され、母親は息子の放蕩に悩み心も身体も病んで行きました。

その後、故意か故意で無いかははっきりした事は分からないままですが、薬を大量に飲み亡くなりました。



商売も上手く行かず、土地を切り売りして生計を立てる日々。


やがて一吾の暴力は、1人息子の憲一にも振るわれる様になりました。


最後の頼みとわたしは実家に泣き付き、大学進学の名目で東京に部屋を借り、憲一を夫から逃しました。


無事大学を卒業した憲一は東京で就職し、結婚もしました。


憲一から、何度か一緒に住まないか?と手紙が届く様になりました。


わたしをここから救い出してくれると……嬉しくて涙が溢れました。しかし、一吾は決してわたしを離す事は無いでしょう。

どんな手段を使っても……。


わたしの事は忘れ、お前達だけで幸せになって欲しいと、断わり続けました。


なのにあの日、嫁と子供を連れ憲一が帰って来たのです。気立ての良い嫁と、初めて見る孫の顔、わたしはほんの少し夢を見てしまいました。


憲一と一吾は予想通り激しい口論になりました。しかし、言葉汚く罵っていた一吾でしたが、珍しく暴れる事はしなかったのです。


少しの違和感はありましたが、体格ではもう息子に敵わないと思っての事かと、わたしはただ見守っていました。


次は弁護士連れてまた来ると、憲一一家は1度引き上げて行きました。



その晩……床に着く頃電話が鳴りました。


警察からでした……。


憲一が運転する車が事故にあい、憲一と嫁が亡

くなったと……。


頭が真っ白で、何が起きたのか必死に考えました。考えても考えても頭の中は空っぽで……


そんな時、ふっと、視界の端に一吾が居ました。


一吾は両手で顔を覆い、俯いたまま肩を震わせていました。


わたしはじっと息を潜め、一吾を見ていました。


一吾の肩の震えはだんだんと大きくなり、

顔を上げた指の隙間から、

こちらを見る目と、目が合いました。


一吾は慌てて俯き、暫く息を止めている様でしたが、やがて、堪え切れずに腹を抱えて転がると、その場でのたうち回りました。


足をバタバタとバタつかせ、苦しいと苦しいと言いながら……大きな声で笑い出したのです。



母親が息子の放蕩に悩み常用していた睡眠薬を、一吾は隠し持っていたのです。


それを、憲一に持たせる為に台所に用意していた水筒に、隙を見て混ぜたのです。


憲一達が帰る間際に、

『長旅の間、車の中で飲みなさい』と、

手渡したお茶に……。


わたしが渡したお茶で憲一達が死んだと、愉快そうに手を叩き、涙を流し笑っていました。


その時のわたしの絶望は……


この男は、自分の為なら自分の息子をも殺しせる、

人で無しだったのです。


1人生き残った、孫の仁絵。


一吾の毒牙に触れる事を恐れ、引き取る事を躊躇しました。しかし嫁は天涯孤独の身らしく、やっと連絡の取れた遠い親戚にも、付き合いは無いからと断られ、葬式にも誰も来る事はありませんでした。


仁絵と暮らし始めると、一吾の暴力は幼い仁絵にも向けられ、それを庇うとより一層激しいものになりました。


いくら殴られ蹴られようが、仁絵を庇う事がわたしの生き甲斐になりました。何故なら、仁絵との時間は殺伐とした一吾との生活を、明るくしあわせなものにしてくれていましたから。


憲一夫婦は、娘の為に保険金を残しました。


仁絵がいつかあの家を出る日迄、一吾に知られる事だけは避けなければなりません。


晴れて看護士の学校を卒業した日、一吾が酔って寝ている隙に、そっと通帳を持たせ仁絵を送り出しました。


『2度と戻って来てはいけない!』と告げて。


気付いた一吾は、狂った様に探し回り暴れました。その時は、わたしもまだ抵抗する力が残っていましたから、殴る腕に噛み付くくらいは出来ました。


何とか遣り過すごし、一吾も諦め掛けていた矢先……あの子が帰って来てしまったのです。


心配だから様子を見に来たのだと、わたしの顔を見て安心したって……屈託無く笑っていました。


あんなに酷い目あっていたのに、優しい娘で……。


一吾に見つかる前に仁絵を町から逃さなければと、取るものも取り敢えず人目を避け、離れた町迄一緒に行き、そこで無事に逃がす事が出来た……つもりでした。


既に仁絵の姿を見掛けていた誰かが、悪気無く一吾に告げてしまったのです。


再び怒り狂った一吾は一晩中暴れ回り、わたしを殴り続けました。


わたしは動く事もままならなくなり、それでも仁絵の居場所を教えるつもりはありませんでした。


しかし、一吾は見つけてしまったのです。


近所に住む父憲一の幼馴染の家に、仁絵は幼い頃から良く遊びに行っていました。唯一心を開き悩みを打ち明けていた様で、早くに両親を無くした仁絵を子供のいない夫婦は、我が子の様に可愛いがってくれていました。


一吾はその家に、コソ泥の様な真似をして上り込み、仁絵の手掛かりを掴んでしまったのです。


動けなくなったわたしの面倒を見させる名目で、再び仁絵を呼び戻す事になってしまいました。


やっとの思いで逃したのに、わたしのせいで……。


仁絵に、わたしの代わりをさせる訳には行かない!そう思うばかりに、仁絵にあんな事を……。


持病の薬と言って、ある薬を仁絵に渡しました。

嫌がるから分からない様に、毎日少しずつ一吾の食事に混ぜて飲ませて欲しいと、青酸カリの入った薬瓶を渡しました。


本当は、わたしがやるべきだったのですが……わたしの迷いが、仁絵を巻き込んでしまいました。


一吾の怨念が、仁絵にまで……。


仁絵を一吾の元に1人残す不安と未練で、わたしは死に切れず、成仏出来無かった様でした。


気持ちだけがこの世に残ってしまったのです。


亡くなってもずっと仁絵の側にいましたが、何もしてやれずあの娘が不幸になるのを、ただ見てるしか出来無い事が無念で……。

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