表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
16/37

呪縛

日曜日。桜と翔太は再び、慶城寺病院前のバス停のベンチにいた。

約束の時間通りに、バスが停留所に滑り込んで来る。

バスの窓から、翔太と桜を見つけた紀代美が手を振って来た。

バスは停留所に停まると、何人かの乗客を降ろし走り去った。

その中から、紀代美の姿だけが近付いて来る。


「お待たせしました。今日もよろしくお願いします」

そう言ってお辞儀をする。

相変わらず今日も礼儀正しい。


病室の前迄行くと、文也が待っていた。

3人の顔を見て、ほっとした顔をした。

「あ、文也さん、早かったんですね。

今日は父も来てるんです。母と先に来てるので、中にどうぞ」

紀代美が扉を開け、一同を部屋へ誘導した。


ベッドの上の佐登美は未だ宙を仰いで居る。

老婆は……まだ巻き付いている。

前回より多少長く老婆を見る事が出来た。

老婆の身体は、蛇の様になって佐登美に巻き付いているらしい。


目の前に現れた文也に、口を大きく開け威嚇した。が、文也には見えていない。


「ひっ!」

相変わらず不気味な姿に翔太の背筋が凍る。おまけに、声なのか?それとも何かが漏れているのか?『シューシュー』と、得体の知れない音を出している。


「翔太。どうしたの?しっかりして!」

異様な老婆に怯む翔太に、後ろから桜が声をかける。

「分かってる!」

翔太は桜に見透かされた事に、少しイラっとした。


チクショー!このお婆さん見たら絶対みんなビビる筈なのに、自分にしか見えない事が恨めしい。

老婆も苛立っているのか、やたら巻き付いた身体を揺らしている。その度、佐登美の身体も動く、それだけ見たら佐登美の身体が痙攣している様にしか見えない。


早苗が心配そうに、佐登美の身体を摩っている。

その横で見守る50前後の男性。

ビシッとスーツを着た真面目そうな男性。


翔太はその男性と目が合った。

「初めまして、私佐登美と紀代美の父、花園晴夫と言います……話は娘から聞いています。そちらの世界の事は全くの無知で、半信半疑で申し訳無いが、今日はわたしも参加させて頂きたい」

紀代美は多分、顔がと言うか性格が、父親に似たんだろうと確信した。


翔太は桜に助けを求めるサインを投げたが、あっさりスルーされた。

取り敢えず

「藤城翔太です!」

と、小声で言って、お辞儀をした。


何とか翔太が、精一杯の挨拶をする脇で老婆が叫ぶ。


「何故こんな奴を連れて来た」

食い付きそうな勢いで、目の前に立つ文也を睨んでいる。


ちょっと空気読んでよ……他の人には見えないし、聞こえないんだから。

ここで応えたら、絶対初対面のお父さんに、挨拶が苦手で誤魔化してる見たいに見られるじゃないか。


しかし老婆はそんな翔太の気持ちを知ってか知らずか、より一層怒りを露わにしながら、

「その男を、この部屋から追い出せと言っているんだ!」

そう言って、激しく身体を揺さぶった。


佐登美の身体も激しく揺れる。

早苗は益々佐登美の身体を摩り、

「佐登美!」

と悲痛な声をあげ、抱き締めた。


老婆は早苗にも、大きく口を開け威嚇した。だが、やっぱり早苗にも見えていない。


何となく、野良猫が人間に威嚇しているイメージ。そう思ったら、だんだんその姿にも慣れて来た。


「ああ……この人がいないと、あの家に入れ無いし、その為には分かっててもらった方がいいし……そっちも、聞きたい事があるんじゃないの?」

半分ヤケ糞気味に、老婆の怒りを遮った。


老婆は目を細め、染み染み翔太の顔を眺める。

「やはりお前、私が見えてるのか?」

「今更⁈まぁね。迷惑な話し!」

翔太は引き攣った顔で苦笑いした。


試したのか?……。


その様子をじれったそうに見てる桜と、好奇の目で見る父晴夫と早苗、そして紀代美。

文也は胡散臭そうに、遠巻きに様子を伺っている。


「お婆さんは何故?そんな姿でその人に巻き付いてるの?」

「呪いだ!」

「呪い?その姿は呪いなの?で、佐登美さんは?佐登美さんも呪われてるの?は何故?」


「その男のせいだ‼︎」

そう言って、文也の方へ顎をしゃくった。

「その男が……仁絵を裏切るから。仁絵の失望が、魍魎の力を増幅させてしまった」

「魍魎……?」


「全ての元凶はわたしの夫、東城一吾にある…殺しても尚、苦しみは続く」

「殺した⁈……誰が?……お婆ちゃんが殺したの?」


老婆は目を閉じ、ゆっくり頷いた。


「あれ?でも、旦那さんよりお婆ちゃんの方が先に亡くなってるでしょ?」

「仁絵に……だが、仁絵の知るとこでは無い!何も告げず、わたしが仁絵に託した。仁絵は純粋に一吾を介護し、持病の薬と信じ飲ませ続けていただけだ。本当はわたしがやる筈だったんだが……無念、間に合わなかった……」



「さっきから一人芝居して、意味分かんないんだけど」

「文也さん……」

紀代美が叱る様に、小声で呼んだ。

「確かに何が何だか、良く分から無いわね」

早苗が珍しく、文也の言葉に同調した。


「そうね……本人も話すのを拒んでいる訳じゃなさそうだし、そろそろどう?翔太!わたし達には、話が全然見えないわ」


「今度は何が出て来るんですか?もう何が出て来てもそうそう驚かないけどね」


文也の冷やかしの声に、桜は応え無い。

何か反論が来るかと臨戦態勢の文也だったが、桜に肩透かしをくらった感じがした。



「わたしの家は、先祖代々死者と遺族を繋ぐ仕事をしています。遺骨を使って、亡くなられた方をお呼びし、遺族と再会させる。それが仕事です。これには成仏する事が条件ですけど」


桜は、まず自分の説明をし始めた。


「少しだけですが、娘から聞いています。しかし、正直そう言う仕事が有る事すら……申し訳ないが今迄全く知らなかったものですから」

「いえ、特殊な事なので、一般的には……極限られた方達にしか知られていませんので」

「限られた方達?……」

「基本常連さん限定なんです。若しくは、その紹介で来る方が時々」

「本当は家なんかが……ごめんなさい」

紀代美が、今更ながら恐縮して頭を下げた。

「あ、いえ!それは仕事の話で、今はわたし個人で関わってる事だから……」

紀代美に気を使わせてしまったかと、慌てて付け加えた。


「あの、さっき成仏って言ってたけど

成仏出来無い場合も有るのかしら?」

早苗が興味深げに聞いて来た。

「殺人や事故。稀に病気とかでも、この世に深い未練を残してしまうと成仏出来無い事が有ります。そうなると、わたしの力では呼ぶ事は出来ません」


早苗と晴夫が、唸りながら大きく頷いた。


桜の話の上手さに、思わず翔太も聞き入っていた。流石だなぁ、緊張しないんだ。口から出任せも平気で言えるしなぁ〜、凄いなぁ〜尊敬は出来無いけど……


「あの、えっと……姉に憑いてるお婆ちゃん?って、成仏出来ているんですか?憑いてるのに?呼ぶ事が出来るの?」

「はい!そこで、翔太の出番なんです!」


いきなり名前を言われ、ドキっ‼︎とした。


「え⁈ああ、でも……んーあーどうかなー……かなりの物だけど、大丈夫かな〜……」

そして、しどろもどろになった。


「翔太は前にも言った通り、霊が見えるし話も出来ます。その力と、わたしの力があれば……

まずはやって見せれば信用して頂けると思うので……ね!翔太!」


「ああ、ちょっ、ちょっと待って」

翔太は老婆を振り返ると、

「ねぇ、その体制何とかなら無いの?」

小声で聞いて見た。

「体制?」

「ああ……いや!今の姿じゃみんなびっくりしちゃうし……僕は大分慣れたけど、いきなりは……どうだろう?」

「わたしの知った事では無い。それに、無理だ!これも呪いだから、わたしにはどうにもならん」

「そうなんだ。じゃあ、しょうがないよね。みんなに深呼吸でもしてもらった方が良いかなぁ」


「好きにしろ!」


翔太は全員に向かって、

「すいませーん!みんな一回深呼吸してもらえますか?」


「みんなで深呼吸?」

桜が不思議そうに声をあげたが、

「ま、そうね。取り敢えずじゃあ、一回大きく深呼吸して下さい」


先に桜が見本を見せ、『はいどうぞ』と促した。

戸惑いながら、4人も深呼吸した。


「じゃ、桜よろしく!」

そう言って、桜の肩に手を掛ける。


「あ、そうだ!さっきのやつ、ぼくが合図したらもう1度やってみてよ」

翔太は老婆に向かって、小さく叫んだ。


「え?何!」

桜が翔太の顔を見た。

「いや!何でも、どうぞ進行して下さい」


「それでは皆さん。わたしの身体に触れて、目を閉じて下さい」

そう言って桜はもう1度深呼吸し、神経を集中させた。


早苗と紀代美は、桜の背中の方に手を置いた。迷ったが、晴夫も『失礼します』と声を掛けお辞儀をすると、2人と一緒に背中に手を置いた。


文也はどうしたものか戸惑っている。

焦ったそうに桜が、翔太とは反対側の肩に乗せる様促した。


桜が目を閉じると、4人も半信半疑で目を閉じた。


目を閉じているのに、今迄見て居たのと同じ風景が鮮やかに瞼に映る。

ただ違うのは、佐登美とその身体に絡み付く老婆の姿がそこにある事。


翔太が見ている世界だ。


早苗は悲鳴を上げ、後ろへ倒れ込んだ。

運良く後ろにあった椅子に座って、それきり動かない。

晴夫が心配そうに早苗の身体を支えた。


紀代美は両手で口を押さえた瞬間、映像が消えた。そのおかげで、悲鳴を上げそうになったが、かろうじて上げずに済んだ。


文也は言葉も無く、ただ立ち竦んでいる。


翔太が老婆に合図すると、老婆は大きく口を開き、文也に向かって激しく威嚇した。


「うわっ‼︎」

っと後ろへよろけ、文也は尻餅をついた。


桜は仕事柄慣れているのか全く怯まず、完全に傍観者になっていた。


「翔太!悪乗り!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ