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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
15/37

文也と敏子

紗香の周りを、細かい光の粒が浮遊している事に気付いた。

光は湧き出る様に広がり、辺りを輝かせた。

それは何万もの蛍の群みたいに意思を持って、ゆっくり回転しながらどんどん大きくなって行く。

やがて、眩い光は紗香の身体を包み始める。

翔太は、この光景を見た事が有った。頭の片隅で思い出しながら、美しい光景に見惚れていた。

紗香の身体が完全に光の中に包まれた……

「お別れだよ!」

翔太が叫んだ。

「紗香!……」

祐一は光の中へ手を差し込む。

次の瞬間、閃光と共に光が弾け飛んだ。

眩しさに目が開かない。

やっと目を開けた時、光と共に紗香の姿もそこには無かった。


「いったい……なんだったんだ。夢でも見ていたみたいだ」

不思議な感覚に祐一が呟いた。

「紗香さん、長年の心残りが解消して、無事に旅立てたみたい」

翔太はほっとした。

「ま、驚くのも分かるけど、翔太の言ってる事は嘘じゃ無いって信じて貰えた?文也さんの奥さんの事も……」

「ああ……何と無くな、悪かったよ!で、文也の事って、何が聞きたいんだ?」

疑い様も無い現実に、さっき迄の刺々しさは無くなっていた。

「文也さん親子の事が知りたいの」

「文也親子?そんなに詳しくは知らないけど……知ってる限りの事は話すよ。ただ、そろそろ仕事に戻らないと、昼迄時間潰してて貰えるか?」


そうだった、仕事中じゃないか。職人さんだから多少自由は効くんだろうけど、考えてみれば、こんな所でいつ迄も、一体何やってるのかと不審がられてるんじゃなかろうか?

「はい!じゃ、わたし達も昼食を済ませて、12時半頃にまた来ます!」

「そうか、分かった」


「通りすがりの人に、変な目で見られてなかったかなぁ。工房の人も覗いてなかったかなぁ」

「目閉じてたから分かんないわ!」

翔太の心配をよそに、まるであっけらかんとした桜に多少救われた。

「10時少し前ね。さて、何処で時間潰そっかー、この辺りには何も無さそうよね……駅迄戻る?」

さっきと逆を走るバスに乗って駅へ向かった。人も大分まばらになり、ゆっくり座っていられた。


駅に着くと、駅に隣接した建物に向かった。

開店したばかりの店内は、平日だが夏休みと言う事も有り、子供連れの客が多い。


「買い物したかったら良いわよ、別行動で」

「え?別に……桜は、何か欲しい物有るの?」

「わたしは、そこらへんブラブラするだけだけど……」

「僕もこれと言って……」


「桜?……桜!」


その声に、桜と翔太が同時に振り返る。

多分今すれ違った、二十歳前後の若い男性が立っていた。


男性は桜を見るなり

「やっぱり⁈」

桜は男性を見たまま固まっている。

「わかる?」

「お兄……ちゃん?」

桜は微かな声で、それだけ言うのが精一杯の様子。


『お兄ちゃん?……へー……』

翔太は物珍しげに、まじまじと男性を眺めた。

確かに言われてみれば、いつも翔太を見透かすような大きな目元が、少し桜に似ている様な……


「大きくなったな、元気か?どうした?驚き過ぎて声も出ないのか?」

男性の表情は懐かしむと言うより、どこか冷やかしと言うか、意地悪な感じがした。

「相変わらず、例の怪しい商売してんのか?」

ニヤニヤしながら、俯く桜の顔を覗き込んだ。

「な、何っ……」

思わず声を上げた翔太の腕を、桜が強く掴んだ。

「彼氏か?呑気だなぁ」

何なんだこの人?気分悪い言い方する人だ。

翔太は苛ついた。


「気を付けろよ!この御時世あんな詐欺紛いな商売、いつ迄も通用すると思うなよ!そのうち訴えられるぞ‼︎下世話な週刊誌何かに嗅ぎつけられて、既に他人になってる俺達に迷惑なんかかけられたら、溜まったもんじゃない!」


何も言わずただ俯く桜を良い事に、男性は吐き捨てる感じに、執拗に浴びせた。


桜の家系を相当恨んでいる事は良くわかる。良くわかるけど……桜を恨むのは御門違いだ!こんな嫌らしい人が桜のお兄さんだなんて、桜の気持ちを何も知らないで……

翔太の腕を掴む、桜の力がますます強くなって痛かった。痛かったが、翔太は耐えた。耐えたが……

「何も知らない癖に……」

口に出ていた。

「⁈」

男は翔太を睨んだ。

睨む男性の目を睨み返し、

「桜を生贄に、自分達だけ逃げた癖に‼︎桜を恨むのは御門違いじゃないですか!」

耐えた分だけ曝発した時の声の大きさに、今気付いた!


男性は一瞬『はっ!』とした表情をしたが、桜に向かって『ふん!』と言って、行ってしまった。


何かすっきりしない。もっと言ってやりたかった。追い掛けようか?

桜を見ると、ずっと俯いたまま、こんな桜見た事無い。


2人の間に沈黙が流れた。


「あの人も辛かったのよあの頃は……母親に相手にされず、孤独だったから、わたしを恨むのも仕方無いの」


沈黙を破ったのは桜の方。男性が過ぎ去った、遠くを見ながら話し出した。

「でも、あんな言い方!辛いのは、桜だって一緒だろ。あの人達は、父親とお姉さんと3人で、今では幸せに暮らしてるけど、桜の孤独はまだ続いてる」

翔太は悔しくて、涙が出そうになるのを必死に耐えた。


桜がクスッと笑った。

「大丈夫よ!わたしには、そうやって味方になってくれるあんたが居る。志穂子さんや茜さんもいるから、前のわたしとは違うのよ!」

明るく笑った。


「お昼は、パッと豪華にしましょう。奢るわ!やけ食いよ!でもまだ早いから……ウインドウショッピングでもしましょう」

いつもの桜に戻った。


「10年ぶり?くらいなのに良く分かったなぁ。わたしの事」

「あんまり変わって無いんじゃない」

「そうね〜いつ迄も若くピチピチしてるから……って、若過ぎるわよ!」

「何1人でノリ突っ込みしてんのさ!……お兄さん達、この町に住んでるの?」

「分からない。聞いた事無いし、母も知らないんじゃないかな……興味も無いんだと思うわ」


結局、昼食に牛丼を食べて、2人は工房に戻って来た。


「パッと豪華にするんじゃなかったの⁈何で牛丼?」

「何よ!牛丼だって豪華じゃない!豚汁付きよ!奢って貰って何、その態度!だいたいあんたが余計な物見てるから、時間が無くなっちゃったんじゃない!」


「鰻の気分になってたのに!」

「わたし鰻苦手だから」

「寿司だって良かったのに!」

「うっるさいわね!食べ物の事でうじうじ言わない!」

2人が喋りながら門を入ると、住宅側の前で祐一が立っていた。


桜が気付いて、慌ててお辞儀をして近付いて行く。


祐一が笑いながら、

「昼飯で揉めてるの?」

「えっ?ああ、あんたがグズグズ言っ

てるから」

そう言って、翔太の脇腹を肘で突いた。

「仲いいね。2人は付き合ってるの?」


2人は思い切り首を振った。


「ここじゃなんだから、中に入って」

祐一は、家の中に2人を招き入れた。

「ここは寮になっててね。俺の部屋は2階」


階段を登って、扉が廊下を挟んで左右に3つずつ。左側の1番手前の部屋の扉を開け『どうぞ!』と2人を中へ招いた。

中は6畳くらいの洋間で、真ん中に絨毯とテーブルだけが置いてある。他に有るのは小さなボックスだけ、テレビも無い殺風景な部屋だった。

性格なのか、ボックスの上にきちんと物が並べられている。


適当に座る様促され、休憩中にコンビニで買って来たのか、ペットボトルのジュースを1本ずつ目の前に置いた。


「えっと、文也の母ちゃんの事だっけ?」

祐一はそう言いながら胡座をかいて座ると、ペットボトルのジュースをゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み、首に掛けたタオルで汗を拭いた。

中は冷房が効いていて涼しいが、暫く外で待っていてくれたのか、ティシャツが汗で濡れている。



あいつがネグレクトの母親に殺されかけて施設にやって来たのは、俺と余り大差無い時期だった。

年も同じだったから、慣れない環境に不安口にしたり、愚痴ったり、何気に良く話をしてた。

あばら屋に監禁されて殺されかけたって、先生同士が話してるのを誰かが立ち聞きして、施設内で噂になった。

そこに居る奴は少なからず、皆んなそうなんだけど……親に捨てられたりとか

そんな俺達でも同情しちまう様な、皆んなが可哀想な子だって、あいつを憐れんでた。

自分達棚に上げて……笑えるけどね。


だけどあいつは全然違ってて……信じてるんだよ。

馬鹿みたいに!

ここでじっと待ってれば、必ず母親が迎えに来るって、本気で信じてるんだ。

あんまり幸せそうに語るから、そのうち皆んな鼻について来た。

そう、嫉妬ってやつ?


俺も……だから意地悪半分、目を覚ませよって気持ち半分。

『殺し損ねた奴、迎えに来る訳無いだろう』

って、言ってやったら……あいつ笑ってやがんの。

腹立った!余計意地悪してやりたくなった……絶対来ない!来る訳ない!って、皆んなであいつを笑い者にした。


だけど、あいつの言ってた事が本当になつた。

もう直ぐ中学の卒業を控えた頃。

突然、母親って奴が会いに来たんだ。

しれっとした顔して、ずっと会いたかったって、ハンカチで涙拭く振りして、涙なんか出て無いのに。


一目見て、嫌な女だって分かった。


文也の方は、本気で涙流して嬉しそうだった。

止めたけど、文也はずっとこの日を待ってから、聞く訳も無く『ごめん』って言って。


卒業と同時に母親の所に行ってしまった。

園を出て暫く疎遠になってたんだけど、最初の結婚した時に、あいつから連絡して来た。


最初は園を出てからのお互いの報告なんかした。

思った通り、文也は高校行かせて貰えずに働いていた。

やっぱりな!それが目的なんだろなって確信した。なのに文也は、それでも幸せそうで、働きながら通信で高校卒業の資格取ったんだって、自慢気に話してた。


母親の事に関しては、何を言っても聞く耳持たない文也に、もう好きにしてくれって感じで、

「結婚おめでとう」

って、話を変えた。

そしたら急に

「本当は、結婚なんかしたく無いんだ!」

って言い出して、そこから様子が可笑しくなり出したんだ。


嫁さんの爺さんがなんとかって、何か良く聞こえ無かったんだけど、震えて凄く怯え始めたんだ。助けて欲しいって店の中で喚き出して、急変に戸惑っちまって、こっちもどうして良いものか。

兎に角落ち着かせて、話を聞いたんだ。


「お爺さんって、結婚する時にはもう亡くなってた筈じゃ?」

「なんか結婚する前に会った事が有るらしい」

「結婚する前?いつ頃?」

「いやいつ頃とは、変な事言ってたし……家の中に封印した?とかなんとか。言ってる意味が分からないし、気味悪いから追求しなかったけど……良く聞いとけば良かったかな?すまない!」

2人からの矢継ぎ早の質問に答えられず、祐一は申し訳無さそうに言った。


「封印⁉︎」

「強い念みたいなのを感じたのは、お爺さんだった?……邪悪で、悪意だらけで」

「鍵のかかった……部屋?」

「それだ‼︎」

2人は、霧が晴れて行く見たいに夢中で記憶と照り合わせて行った。

「仁絵さんは生け贄にされたのよ!」

「だから家の事言われると、敏感に反応してたんだね」


「今の話で何か分かった?」

祐一は心配そうに、2人の話にそっと加わった。

「はい!大分。ありがとうございます」

「良かった、役に立てて」

祐一はほっとした。


お礼を言って、2人は祐一の部屋を後にした。


桜は帰りのバスに揺られながら、結局分からなかった事を口にした。

「母親とは殆ど一緒に居なかったのに、どうしてそんなに信じてたのかしら」

「ん…よっぽど、おばあちゃんの育て方が良かったんじゃない?」

「本当に……そうなのかもね」

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