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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
13/37

いらなくなった子供

「でね!」

キッチンから戻るなり話し出す桜。

「何?急に」


話たくて仕方の無い様子の桜。出来ればこれ以上、問題を持ち込んで欲しく無い翔太。


「だから、児相の話」


「ああ……別にいいよ!」

翔太は宿題に視線を戻した。


「ちょっと!ちゃんと聞きなさいよ!」

桜は翔太の宿題を取り上げた。


「何すんだよ!だいたい文也さんとか、文也さんのお母さんの過去とか本当に関係あんの?」


「何事も基本が大事でしょ」


「意味不明!」

ムッとして宿題を取り返す。


「でね、でね。3歳頃迄、お婆ちゃんに育てられてたらしいのよ文也さん。お婆ちゃんて言うのは、敏子さんのお母さんね」


「へー……」


翔太は宿題から目を離さないまま、適当な所で返事をした。


「どうして3歳迄かって言うとね。そのお婆ちゃんって人が、40代の若さで亡くなったらしいの」


「…………」


「自宅で首を吊って……」


「⁈」


翔太は思わず顔を上げた。


「やっと食い付いた?……御近所の通報で警察に発見された時、遺体となったお婆ちゃんに縋り付く格好で、文也さんも瀕死の状態だったらしい」


「なんで?自殺なんか……」


「本当に自殺だったか……?」


「どう言う事さ」


「その、首を吊った場所って言うのがね。ドアノブに紐を掛けて……それって、相当の覚悟が無ければ死ねないでしょ?普通!」


怒った様に語尾を強め、腕を組み仁王立ちしながら話す桜。まるで自分が怒られている気分の翔太。


「近所の商店街に、毎日孫の文也さんを連れて、買い物がてら散歩するのが日課だったらしいの。商店街の人達が2人の事良く覚えてて、上品だけど気取ったところが無くて、気さくなお婆ちゃんと、人懐っこくて愛嬌の有る文也さん。覚えたての挨拶で、皆んなに挨拶して回る姿が可愛くて、商店街では人気者だったって。楽しそうに歩く2人に、思わず声を掛けると、嬉しそうに孫自慢していたお婆ちゃんの姿が忘れられないって…亡くなったとされる前日も、何人もの人が、そんな2人の姿を見ているのよ。

なのにそんな孫を残して自殺は有り得ないでしょう?って、誰もが疑問に思ってたのに……警察は自殺と断定してしまったんですって」


「また新たな事件?本当勘弁してくれよ」


「翔太は何も感じないの⁈不自然だと思わない?だいたいあの家族、謎が多いのよ。文也さんの結婚にしたって、最初は一回り以上も年上の仁絵さんと結婚しといて、今度は何で10歳も下の佐登美さんと再婚?好みがバラバラじゃ無い?」


「いや、それは偶々じゃ……?」


「わたしの勘だと、仁絵さんとの結婚は、敏子さんが仕組んだ財産目当てだと思うのよ」


「ちょっと、思い込み過ぎじゃないの!話がぶっ飛び過ぎて、付いて行け無いんですけど」


「で、仁絵さん亡き後、また誰かと結婚させられそうになった文也さんが、佐登美さんとの結婚を強行突破したんじゃ無いかと」


戸惑う翔太を無視して、桜は自論を披露する事に夢中になっている。

1つ1つ口に出しては、確信している様子。


「それで文也さんは、その後児相に引き取られて行った訳?」


「ううん!その時はまだ。母親に子供を押し付けたまま、男の人の所に入り浸ってた敏子さんを探し当てて、話をしようとしたらしいの。そしたら、狂った様に喚き散らして、無理矢理連れて帰ってしまったらしい」


「ふーん。面倒見る気はあったんだ。やっぱ母親なんじゃない」


「甘いわね翔太‼︎どこをどう聞いてたら、そんなお気楽な発想になるの?」



児相が次に文也にあったのは、3年後。

小学校に上がる年。今年度の新入生の中に、1度も登校せず連絡も取れない児童がいると、学校側から児相に連絡。

住民票に登録されてる住所を訪問するも、既に違う人間が住んでいた。以前に住んでいたが、転居後の変更がされないままになっていた様だ。

糸口が見つからず、八方塞がりのまま時間だけが過ぎた。それから、3ヶ月が経った頃、ある事件がきっかけで急展開する事になった。

早朝の住宅街で、包丁を持って男を追いかけ回す女が居ると、近所の住人が警察に通報して来た。その包丁を持った女が敏子だった。

昨夜、酔って帰宅した男の浮気を疑い口論になった。しかし、男は相手にせず眠ってしまった為、怒りをぶつける相手を無くし、苛立ちは収まるどころか益々膨れ上がる一方。夜明けになっても腹のムシが収まらない敏子は、台所から包丁を持ち出し、寝ている男の脇腹を刺した。男は咄嗟に避けたが、軽い傷を負った。這い蹲り命かながら外に飛び出し、助けを呼びながら住宅街を逃げ回った。

程無くして警察が到着し、敏子はあっさり捕まった。

普段は静かであろう筈の住宅街は、この日警察や救急車、野次馬でごった返していた。しかし、そこに文也の姿は無い。



取り調べ中、文也の事を訪ねると、


「有る場所に居るわ。誰も知ら無い秘密の隠れ家。時々パンやジュース買って置いて来るんだけど、ここの所面倒になっちゃって、暫く行って無いわぁ……どうしてるかしら」


敏子は、にやにやと勿体ぶった話し方をした。


「大丈夫!なかなか死なないもんよ。しぶといんだあの子!いっそ死んでくれたら可愛気があるのに……でも、今回はさすがに、どうだろう」


そう言って、甲高い声で笑った。


目の前で下品に笑う女に、その場にいた者全員が、激しく嫌悪した。

最悪の事を考えながらも、文也の居所を聞き出し、急行した。


そこは、山道を少し入った所で、脇道に外れる。目の前は車が通る事の出来ない獣道。車から降り歩いて進むと、やがて草に覆われた廃墟が現れた。一見本当に家が有るのか?思わず見逃してしまう位草に覆われていた。

電気も水も無い。家と言っても、屋根や扉は崩れ堕ち、その役割を果たして居ない。季節はやっと梅雨明けしたばかりの夏。

役に立ってはいないが、行く手を阻む扉を蹴り壊し、中へと足を踏み入れる。蒸し暑く、異臭が篭っている。

昼間なのに覆われた草で、光が差し込まない。

目を凝らし先を凝視する。

僅かに呼吸をする気配、それはとても弱々しく、耳をすまさなければ聞き逃してしまう程。

ゴミと汚物の中に埋もれた、瀕死の状態の文也を発見した。


ここにどれ程放置されて居たのか?

どれ程心細く不安な時間を過ごしていたのだろうか?小さな体で必死に生きようとする文也に皆、胸を詰まらせた。


救急車で病院に運ばれた文也は、一命を取り止める事が出来た。

彼は僅か6歳で、死の淵を2度も彷徨っていた。

敏子は男の所に転がり込み、文也だけ住まわせる家賃が勿体無いと言うだけの理由で、文也を廃虚に放置した。



「これが、家のお得意さんが、後で警察に聞いた話」


「酷過ぎる!文也さんが気の毒になって来ちゃった。でも、そこ迄されたのに、母親へのあの忠誠心はなんなんだろう」


「虐待されてる子に有りがちな、呪縛の様なものなんじゃないの?」


「でも、外から鍵が付いてた訳じゃないなら、廃虚から出て助けを呼ぼうとはしなかったのかな?僕なら居られないなそんな所」


「抜け出した事は有るみたいよ。山で迷ってる間に、運悪く食料持って来た敏子さんに見つかって、あっさり連れ戻されたらしいけど。その時に『もう少しで迎えに来れるから、それ迄あそこで待ってて、じゃないともう来ない!』って言ったらしい。その言葉信じたんじゃない。迎えに来る気なんで無い癖に……利用価値が無くなって、自分の子供持て余して、願わくば死んでくれたらって考えてたのよ」


「いらなくなった子供か?……なんか切ないね。でも、そんな事があったのに何故今、一緒にいるんだろうか?」


「そうなのよねー。でね、明日文也さんの友達に会って来ようと思うの。昔、同じ施設に居た人に!例の児相の知り合いが、1人だけ知ってたのよ就職先」


翔太は失敗した事に気付いた。桜と同じ疑問を共有すると、ものすごーく面倒だった。


「何故友達?嫌々、嫌々、文也さんにバレたらまた怒られるよ!堂々と本人に聞けばいいじゃん!それとも、他にもまだ何か知りたい事があるとか?僕はもう充分だよ!なんでそんなに拘るのサ」


「本人って、あんた聞けるの?聞けるなら任せたわ。よろしく!」


「なんで僕が…」


「こんな話、本人に聞ける訳無いでしょ!聞いたって本当の事なんか喋りゃしないわ!」


あくまでも強気な桜に、翔太は言い返しても勝てる気がしない。言い返しても、黙ってても、結局面倒に巻き込まれるのは一緒。責めてこの場だけでも早く終わらせたいと考え、無言を貫く事を決めた。

『死人に口無しってのは、もはや何処の国の話だろう。友達の事迄、軽過ぎるよ常連さん!個人情報だよ』


限界の無い桜の好奇心に、翔太の不安はつのるばかり。いったい、誰が彼女を止められるんだろう。


「さて!明日の為に、今日はもう寝るわよ!翔太も早く寝てね。じゃ、おやすみ」


話すだけ話して満足したのか?桜は志穂子が用意した、何故か桜専用の部屋へと入って行った。

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