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〈Connecting to the SCF2 : Ellen Kurogane. Back up : HAL-1250F〉
青い空間が見える。極彩色のケーブル群が、海の中を、魚の群のように泳いでいる。エレンはそのケーブルを追っていた。そしてケーブルの先には、赤く染まる場所が見えた。ちょうどそこでケーブルは断線し。赤く火花を散らしている。まるで爆発でもしたみたいに。
《ハル、バックアップお願い》
エレンは通信でそう言った。
話しかけた相手は、彼女のバディ。HAL-1250F。人間ではなく、バイクに積み込まれた人工義脳だ。通称、ハルと呼ばれる対人インターフェイスは、かつては警察庁でも採用されていたナビゲーションAIである。
《了解した。これから危険域に入る。エレン、注意しろ》
落ち着いた女性の声。それがハルの合成音声だった。
《大丈夫よ。防壁展開して。これぐらいなら、アタシたちでもなんとかなるでしょ》
《だろうな。……防壁展開を展開する。第何層まで?》
《わかるでしょ? 一応保険をかけて、九十九層まで》
《わかった。多重電子防壁、九十九層まで展開。これより危険域に突入する。まずくなったら私のほうで強制離脱させるぞ。いいな?》
《わかってるわよ》
エレンは言って、全身で海の中を泳いでいった。
肉体を使わず、ネットの海を進むのはちょうど潜水の感覚と似ている。あふれ出る情報の中、行きたい場所だけに狙いを定めて、虚実ない交ぜにされた海の中を足で蹴って進むのだ。エレンはドルフィンキックで加速すると、コードが断線した場所にたどり着いた。
《エレン、もう気づかれた。ムシ、侵蝕を開始。第九十九層に噛みついた》
《落ち着いて。慎重に探るわ》
エレンはコードの束に分け入って、火花散る中へと飛び込んだ。
侵蝕が始まる。視界右上に表示された防壁の残り枚数が、もう『97』にまで減少した。
しかし、焦っても始まらない。
エレンは火花の向こうへと泳いで、その根元に触れた。それは、赤い球だった。ムシの根元だ。手にとってみると、急激に侵蝕が始まった。
《第八十層まで侵蝕》とハル。
《分かってる。まだ時間はあるでしょ》
つかんだ赤球。そのプログラムコードを開く。見たところ、何の変哲もないウィルスコードだ。むしろどうしてアキハバラの店に侵蝕が出来たのか疑ってしまうぐらい、ぬるいコードだった。
しかし、次の瞬間だ。
手にしていた球体から、とたんに無数の脚がわいて出たのだ。その数、六本や八本では追いつかない。体毛のように生えた脚が、モサモサと動き始めた。
《エレン、侵蝕速度、急上昇。ムシが第五十層まで侵入》
《クソ……! コードをコピーして。緊急離脱!》
〈Bail-out from the SCF2 : Reconnecting… Ellen Kurogane.〉
*
強制離脱。こめかみから伸びたコネクティング・ケーブルは、火花を散らしながら強制的に義脳から外された。
現実世界から戻ってきたエレンの顔は、青ざめていた。
「大丈夫か、顔色悪いぞ……?」
恭介は彼女の肩をさする。
しかし、エレンはその手を振り払った。そしてブルブルと体を何度か震わせた。
――余計なことでもしてしまったか? 恭介は思わず首を傾げた。
「わからんのか、兄ちゃん」と店主が口を挟んだ。「この嬢ちゃんは、ムシをひっつかまえてきたんだろ。危うく侵蝕されかけるところだった。電脳に悪性ウィルスが侵蝕したら、完治までにかなりの時間がかかる。だからウィルス対策ソフトなんかを入れて、一般人はそもそもムシが寄りつかないようにしている。だが、この嬢ちゃんは捜査のためにわざわざ触れに行ったんだろう。自ら刃物に触れに行くようなもんだ。おかげで傷口みたいに全身の感覚が鋭敏になってるはずだ。いま現実の肉体をさわられるのはキツいぞ」
「はぁ……」
電脳化なんてしてないんだ。わからないに決まっているだろう。
恭介はそう言いたかったが、ぐっと押し殺した。そしてその代わりにエレンに問う。
「それで、何か分かったのか?」
「ええ、まあ。……でも、とりあえずその商品片づけるかぶっ壊すかしてくれない?」