彼女がライオンになった理由
【第三章 彼女がライオンになった理由】
事実は小説より奇なり、とは誰の言葉だったか。
たしか外国の詩人かなにかだったと思う。
なぜ憂鬱な月曜の放課後にそんな言葉を思い出したかといえば、俺の前にその『奇なる出来事』が訪れたからである。
というか、最近は奇妙なことばかり起きている気がする。
サプライズだって続けば新鮮味が薄れるものだ。
……なのでそろそろ休憩しませんか? なんなら、そのままゴールしてくれても一向に構いませんが……とネガティブな祈りを天に捧げつつ、日常の風景からあきらかに浮き上がったその人物に視線を移す。
絵に描いたような金髪碧眼の彼女は、濃紺のジャケットにロングスカートというやけに上品な格好で、わが学び舎の校門前に仁王立ちしていた。
背丈は控えめに言って小さい。どう見たって小学生である。海外の子供はみんな大人っぽく見えると聞くが、クールな表情と小さな体格が合わさって、どうにもアンバランスな印象を抱かせる。
そのアイスブルーとでも表現するべき冴えた瞳が、唐突にこちらを向く。
瞬間、猫のように吊り上がった目尻をピクッと反応させて、彼女は小さく口を開いた。
「――見つけた」
ぽつりとこぼれた声は外見にふさわしいクリアな音色。
言葉は意外にも淀みのない日本語だった。
編み上げのショートブーツがコンクリートの道を踏む。じゃり、と砂塵の擦れる音がした。
その感触が不快だったのか彼女は眉を顰めながら、それでも足を止めずにゆっくりとこちらへ歩きはじめた。
やがて少女の小さな足は、俺の目の前でぴたりと止まる。
「あなたがニーヤね……探したのよ? まったくこの国の人間ときたら、みんな似たような顔で同じ服を着て、わかりにくいったらないわ」
彼女はいかにも『ご機嫌ななめ』という表情で不満を漏らした。
愕然とする俺――――の隣をたまたま歩いていた、長谷川に。
「は? えっと…………あの?」
「なんだか聞いてたのとずいぶん印象が違うわね……あの子、ちょっと目つきは怖いけどやさしい顔、だなんて言ってのよ? ……“人”だったかしら?
まあどっちでもいいわ。ねえ、わたし、喉が渇いたのだけど。この近くのカフェに行きましょう? あなたがどうしてもお気に入り以外に足を運びたくない頑固者なら、別にそこでもかまわないわよ」
戸惑う長谷川に、小さな女の子は尚も勘違いしたまま語り続ける。
顔と人の違いはどっちでもよくないのでは? と思うのだが、彼女は大胆にスルーすることを決めたようだ。
一方、ダイナミックな人違いの被害に遭ったうちのクラス委員長の長谷川は、見知らぬ異国の少女に話しかけられた衝撃からいまだ抜け出せず、助けを求めるようにチラチラとこちらを窺っている。
長谷川とは中学時代からの付き合いだが、例の悪友と違って真面目な性格だ。
しかも女子供やお年寄りにやさしい好青年の見本みたいな男である。
おそらく自信満々といった様子で人違いをした女の子に恥をかかせたくないのだろう。その上で事実をどう伝えるべきか悩んでいる。
……しかし、俺がこの手のトラブルを苦手とすることも、やつは知っている。
善人であり友情にも篤い男だ。きっとその優秀な頭脳でうまく誤魔化してくれるはず。
俺が視線で『頼むぞ』とサインを送ると、長谷川はすこし目を瞠って、それでもすぐにかすかな笑みを頬に刻んだ。
その意思を読み取るなら『任せろ』といったところか。
全体的にひょろっと細長い男だが、頼もしい。
そして、
「君の探してるのが新屋暁彦という男なら、こいつだよ」
――――長谷川ぁぁあああああ!
◇
「……ずいぶんと酷いことをするのね。こんな幼い少女の恥ずかしがる姿を喜んで眺めているなんて、それがサムライの末裔のすることなのかしら?」
「だから悪かったって言ってるだろ……あと、俺の生活圏で誤解招くようなこと口にするな」
「あら、純然たる事実でしょう?」
「喜んでねーよ。そもそも念入りに首実検しなかったのはお前の自業自得だし、俺の祖先は武士じゃない」
うんざりしながら返すと、あきらかにムッとした少女は、今度こそ本当に不機嫌そうな顔でよく冷えたアイスティーに口をつけた。
すると、形のいい瞳がわずかに見開かれる。
「日本のカフェはどれも味が薄いのだけれど……このアイスティーだけは、祖国でも積極的に広めるべきだと思うわ」
「ふーん……気に入ったのか?」
「ええ。とくにこのお店の茶葉は香りがいいわね」
それはなにより。
ついでに「奢りで飲むアイスティーは美味いか?」と訊いてやろうかと思ったが、あまりにも大人げない上にみっともないのでやめておいた。
男の人生は常に忍耐力との戦いなのだ。
ここは普段の通学路から大きくはずれた場所にある『喫茶ロートレック』。
駅前の小洒落たカフェなどではなく、昔からあるような落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。
元々は金持ちのオーナーが趣味ではじめた店らしく、内装や接客には愛想など欠片も見つけられないが、とにかく味だけはいい。
――そんな風に、情報通の昔なじみからこの店を紹介された。
俺みたいな人間が、気の利いた喫茶店など知っているはずがなかった。
「いいわ。このアイスティーに免じて、あなたの粗相は許してあげる」
どこまでも上からな発言にかすかな苛立ちを覚えるものの、相手は子供である。
ここは年長者の余裕でもって耐えることにした。
「自己紹介がまだだったわね。――わたしはミシェル・レイ・クルージェ。あなたには特別にプレノンを呼ぶ権利をあげるわ。泣いて喜びなさい」
「……もう知ってるみたいだが、新屋暁彦だ。それでクルージェさんは」
「ミシェル、よ。レディーの扱い方を知らないのね」
「それでクルージェさんは、いったいなんの用なんだ?」
「……」
みるみるうちに少女の頬がぷくーっと膨らみ、目尻にじわりと涙が滲む。
……なんだよ。
言っとくけど、俺は泣き落としなんかには屈しないからな?
「…………うえええええんっ!? このおっきなおにいちゃん、わたしをはずかしめようと」
「あいわかったーっ!? ミシェール! ミシェルさまあーっ! これでよろしいですかあああああ!?」
――こいつ、周囲の客を利用しやがった……っ!
ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らす幼い女の子の姿に、鋭い矢のような視線が俺へと降り注ぐ。
店内に客の数はまばらだが、それでも主婦や老人がたむろする時間帯だ。やつらの無駄に広いネットワークは時に隆盛なSNSをも上回る。
こんな狭い街で妙な噂が流れたら、それこそ死活問題まで発展しかねない。
田舎特有の弊害を前に、俺は膝を折らざるをえなかった。
「……ふん。最初からそうすればいいのよ」
「たかがこれくらいで嘘泣きまで使ってくるとか、どんだけひねくれた子供だよ……」
「言っとくけど、わたし、あなたと年齢そんなに変わらないから」
「――――――――は?」
いま、なんて言った?
……誰が? 俺と年齢、変わらない…………は?
「お、お前……」
「まさかレディーに年齢を訊ねたりしないでしょうね? それぐらいのマナーは知っていてほしいものだわ――“パートナー”さん?」
彼女が衝撃的な発言をした。
……いや、そうなのか? ちょっとわからない。意味のわからない情報を、いきなり受けすぎた。
混乱を鎮めようと手元のグラスを引き寄せる。
ストローを強く吸えば、冷たいカフェオレが渇いた喉を勢いよく滑り落ちていった。
「ま、待て……パートナー? いったいなんの話だ」
「あら、まだあの子から聞いていないの?」
どの子だよ。
思い当たる変人が多すぎる、という事実が、俺の精神をさらに追い詰める。泣きたい。
「それじゃあ最初から説明しないといけないのね。はあ、わたしも忙しいっていうのに……」
気だるげな仕草が妙に板についた彼女は、そう独りごちて溜め息を吐いた。
◇
冷静に話を聞くために再びカフェオレを喉に流し込む。
シロップの冷たい甘みとほんのかすかな苦味。
すくなくとも、さっきよりはたしかに味が感じられた。
「――“ギフテッド”って言葉を聞いたことあるかしら?」
水滴の浮いたグラスを置いて、首を振る。
言葉としては贈り物だとかそういう意味だと思うのだが、それ自体は耳にしたことのない単語だ。
妙なところで意地を張るメリットもないので、素直に答えておく。
「簡単に言ってしまえば、他者とは隔絶した生まれつきの才能……いわゆる『天才』ってやつのことよ。よく物語なんかでは万能の力を持っているかのように描かれるけど、そういうのとはすこし違う。あくまで限定的な能力、とある専門分野においてのみ驚異的な成長を発現する人間……それらをまとめて“ギフテッド”と呼んでいるわ」
その説明を聞いて、俺の頭にはある人物の姿が浮かんでいた。
限定的な才能。専門分野における天才――そんな少女を、俺は一人、知っていた。
「うちの『商会』はね、その天才を集めてるの」
「は……? か、カンパニーって……お前、まさか働いてるのか?」
「当たり前でしょう? 仕事じゃなければ誰がこんな窮屈な土地にわざわざ来るもんですか。……あと、お前じゃないわ、ミシェルよ。次にその不愉快な呼び方をしたら、額から後頭部の風通しを快適にしてやるんだから」
……ささやかな失言への罰が重すぎる。
あながち冗談でもなさそうな口調に戦々恐々としつつ、俺は仕方なく気を引き締めた。
「ギフテッドたちは、自分が得意とする分野に大きな革新と発展をもたらすわ。たとえ凡人が人生をかけても辿り着けない高みに、彼らは一足飛びで到達してみせる」
でも、とミシェルは説明を区切る。
「それは成果しか見ない観客の視点に限られた話よ。
ギフテッドの多くは幼少の頃から壮絶な人生を送っているわ。社交能力の欠落、周囲との不和、得意分野以外の成長率の低さ、肉親や教師の無理解……どこの国でもそうだけど、群れになじめない人間はたやすく爪弾きにされてしまう。それどころか、幼稚な攻撃欲の標的にされることもすくなくないでしょう? ギフテッドの人間は精神の繊細な者が多いから、そういう状況に陥った時のダメージはより深刻になるわ。
……馬鹿げた話よね。世界を変える力を持った才能が、ただ声が大きいだけの凡人に殺されるなんて。ひょっとしたらその踏み潰された能力は、何千何万という命を救う未来を作りだしたかもしれないのに」
侮蔑するように、嘲笑するように、彼女は言う。
対する俺は、なにも答えることができなかった。
ミシェルの話には覚えがあったから。
テレビや新聞で、そういう報道は定期的に目にする。
幸いにして身近にその手の気配はないが、同世代として他人事とは思えなかった。
「……つまりミシェルたちの組織は、そういう不遇な天才たちを保護してるってことか?」
「半分正解ね。目的の一つではあるけれど、それだけでもない」
そう言うものの、的外れな回答でもないようだ。
どこか楽しそうな笑みを浮かべて、彼女は口を開く。
「――わたしたちは、ギフテッドが才能を余さず発揮できる環境を提供するわ。能力の育成はもちろん、仕事に必要な施設や住む場所もね。わが社でギフテッドと認定されるには特殊なテストをクリアしなきゃいけないけど、そこさえ潜り抜ければ他では決して与えられない楽園が待っている……その上で、うちと仕事をするかどうかは彼女や彼らが決めるの」
「そこまでして逃げられたら、会社が大損を被るんじゃないのか?」
「ええ、そうでしょうね」
「そうでしょうねって……やけに他人事だな」
「だって、うちのボスの方針なんですもの。わたしが口出しすることでもないでしょう? ……それにこのやり方で『商会』は天文学的と呼べるほどの利益を毎年上げているわ。経理担当の同僚によれば、長らく膠着していた経済界トップグループの一角にもうじき喰らいつくんですって。間違いなくこの島国にも影響が出るわよ? 忠告しておいてあげる」
もはや言葉もなかった。
いきなり知らない土地に引きずり込まれたような気分だ。住んでいる世界があまりにも違いすぎる。
経済界のトップなどと言われても正直ピンとこない。
それを忠告されたところで、ただの学生にどうしろというのか。
ずきずきと痛みはじめたこめかみを揉みつつ、俺はミシェルに目を向けた。
「…………織目さんが、そのギフテッドなのか」
単刀直入に訊ねる。
しかし、予想に反してミシェルの小さな顔には複雑そうな表情が浮かんだ。
「わたしは、そう判断する…………でも『商会』ではまだ認定が保留されているの」
「……どういうことだ?」
「特殊なテストがあると言ったでしょう? サヨコはまだそれをパスしていないのよ」
うん……? なんでだ?
「織目さんは、その試験を受けなかったのか? あれだけ骨董品のことに詳しいなら、すぐにギフテッドとやらにも認定されそうなのに」
「は?」
信じられない、という顔をされる。
「……あなた、サヨコの技能を知らないの?」
「知ってるよ。……あれだろ? あの、骨董品のことならなんでもわかる鑑定眼」
身じろぎしつつ答えると、深々と溜め息を吐かれる。
なんなのか。
子供に呆れられるとか、さすがの俺でもちょっと傷つくんですけど……。
「たしかにあの子の目利きは大したものだけど、いまのところ鑑定のギフテッドを『商会』は求めていないわ。うちのボスは美術品には興味を示す割に、アンティークの扱いはおざなりだし…………そう、前にもあの女、オリジナルのロゼ・ポンパドゥールで当たり前のようにお茶してたのよね……あのセットをオークションに出品したらいったいいくらになると……」
なにか思い出したのか、ハイライトの消えた目でぶつぶつとつぶやくミシェル。
フランス人形みたいな容姿と相まって、見た目が軽くホラーだ。
俺は咳払いをして遠くに旅立った少女の意識を引き戻す。
「……そういえば、あなたとボスって似たところがあるのよね、名前とか……なんだか思い出したら腹が」
「その話はもういいから! さっさと本題に戻ろう!」
いま、切実な身の危険を感じた。
……なんなの? こいつ、自分の組織のトップがそんなに嫌いなのか?
まあ上司を好きな部下というのも、あまり聞かない存在だけれども。そして名前が似てるとかはどう考えても言いがかりなのだけれども。
「とにかく、わたしがサヨコに求める才能はアンティークの知識じゃないわ。考古学にまで手を伸ばすのなら話はまた別けど、そんなつもりもないみたいだし」
「じゃあ、織目さんはいったいなんのギフテッドなんだよ?」
その質問を待っていたかのように、少女は口端を吊り上げた。
ここまでくると、いくら俺でも気にはなる。
焦れったい沈黙のあと、まるで珍しい宝物を見せびらかすみたいに、彼女はどこか自慢げな声で告げた。
「――あの子はね、歴史を変えうる“人形師”なの」
◇
「人形、師……?」
聞きなじみはないが、そういえば何日か前に聞いた気もする単語を、頭の中で反芻する。
あれはたしか…………そうだ、本屋の万引き偽装騒動の時だ。
たしか織目さんが、洋菓子みたいな名前の職人の話をしていた。
「ええ、そうよ。わたしの見立てでは、頭に“希代の”と冠を載せてもいいわ」
「そ、そこまですごいのか……」
「もちろん。このわたしを誰だと思ってるの?」
それは知らんが。
まだ名前しか知らされていないはずだが。
床に届かない足をぶらぶらさせつつ薄い胸を張る彼女の性格が、うっすら掴めてきたような気がする。
ともあれ、織目さんが人形を作っていたという話すら知らなかった俺は、ひたすら驚くしかなかった。
なんとなく不器用そうな人だと思っていたが、どうやら見当違いだったらしい。
「織目さんが余計にわからなくなったな……」
「天才の能力ってそういうものよ? 難しく考えるだけ無駄だわ。あなた、超古代文明の言語で書かれた本なんて読めると思わないでしょう?」
身も蓋もないな。
しかし、それは紛うことなき正論でもあった。天才の考えなど、俺ごとき凡人では垣間見ることすらできないだろう。
……あのライオンヘッドを思い浮かべると、どうにも釈然としない気持ちになるが。
「さっき、わたしたちがギフテッドにとって快適な環境を提供する、って言ったのを覚えているかしら?」
「あ、ああ……」
「今日ここに来たのはね、その一環なの」
なんだろう、話が読めない。
……読めないが、とてつもなく嫌な予感がする。
思わず俺が身を引くと、ミシェルは逃さないとばかりにテーブルへ乗り出してきた。
目を逸らすこともできず固まる俺の前で、彼女は珊瑚色の淡い唇を妖しげに開いた。
「後世に名を残した天才には、必ずと言っていいほどパートナーがいたわ。有名どころなら、絵の売れないゴッホを支援し続けた弟のテオドール、美術協会に受け入れられなかったクリムトと愛人のエミーリエ……といったところかしら。
『商会』ではそういったパートナーの存在を有用だと考える。一般社会に溶け込むことが難しい彼らには、それらと繋がるための道が必要よ」
「おい、まさか」
予想外の角度から姿を現した用件にめまいを覚える。
彼女がここへ来た本当の理由。
それは……
「そのまさかよ。――あなたには、サヨコのパートナーになってもらいたいの」
「こ、断る!」
「あら、考えもせずに拒絶するのね」
どうして? と碧い眼が問う。
真意の窺えないその瞳に、思わず溜め息が漏れそうになった。
「……あのな、俺は普通に生きてるだけでもう手いっぱいなんだよ。それに毎日の家事だってある。織目さんの事情は知らんが、余計な厄介事まで抱え込むような暇は」
「知ってるわ」
俺の反論は、そんな短い声で遮られた。
驚いて顔を上げると、こちらをひたと見据える視線とぶつかった。
「サヨコに話を聞いてから、あなたのことを調べたの。だからある程度のことはわかる。あなたが非効率なことを好まない性格だってこともね」
「……そんなもん、どうやって調べるんだ」
「企業秘密よ。うちには色んな社員がいるの」
こいつの組織絡みか。それがすでに答えのような気もするが、ミシェルも言葉ほど隠すつもりはないのだろう。あるいは、どうせわからないという絶対的な自信でもあるのか。
いたずらっぽい笑みを浮かべた少女は、そのまま歌うように話を続けた。
「現実主義で合理主義――サヨコが言っていた『すごい洞察力』というのは、そこから生まれるのかしらね。聞いたわよ? 難しい事件を二つも解き明かしたそうじゃない、あなた」
「勘弁してくれ……織目さんにも言ったが、あれはただの偶然で……」
「偶然? ニーヤは、偶然で同じようなことが二度も起きると思うの?」
あどけない声で訊ねられて、言葉に詰まる。
……ずるいよな、それ。
都合のいい時だけ子供になりやがってこいつ……。
「断言してあげるわ。きっとあなたはこの先も騒動に出会う。一度動きだした歯車は、そう簡単に止められないものなのよ」
否定が浮かばない。
すでに二度もその厄介な騒動とやらに巻き込まれているから。
押し黙る俺に向けて、さらに追い打ちするように彼女は言う。
「ギフテッドと関わった人間って、本人の意思に関係なく変化させられるのよね。その転換が良いものか悪いものかは知らないけど。
でもね、それはギフテッドの子も同じなの。刺激的な出逢いは才能の飛躍に繋がる。停滞を打ち破るトリガーになる。……まだ今後の観察が必要な状況だけど、あなたと出会ったことで止まっていたサヨコの時間はたしかに動きだしたわ」
……ああ、なんかすでに手遅れっぽいセリフが。
まるで織目さんが封印を解かれた魔王みたいに思えてきた。
「すぐに答えを出せとは言わない。でも考えておいて。あの子がギフテッドとして認定されれば、そのパートナーにも報酬が支払われるから。言っておくけど、そこらの真っ当な経営者が血の涙を流すような額よ?」
「そういうの、逆に怖いんだが……」
「別に危ない仕事じゃないわよ。あなたはただサヨコの生活をサポートするだけ。……いい? ちゃんと考えるのよ?
もし『商会』の認定を受けられなければ、あの子はたぶん普通の人生を送れないわ。わたしもいまみたいに生活に介入しなくなるし、そうなれば路頭に迷って餓死するか、悪いヤツにでも引っかかって、人としての尊厳と身体を玩具にされるか……いずれにせよ“幸福”なんて言葉とはほど遠い世界に放り出されることになるんだから」
その言葉を聞いて…………頭を金槌で殴られたような衝撃があった。
……そう。
よく考えれば、その違和感は見つけられたはず。
なのに、どうして気づかなかった。
「なあ、ミシェル」
嫌な音を立てはじめた胸を押さえて、たった一人で俺の元へやってきた少女に訊ねる。
「…………織目さんの親は、どうした?」
ずっと学校を休んでいる彼女が、平日でも普通に外を出歩いていたのは。
学校に通っていない彼女が、休日も制服でいるのは。
……そうだ。この少女は言っていた。
“肉親や教師の無理解”
まばたきもできず返事を待つ俺に向けて、ミシェルは小さな紙片を差し出した。
メモの切れ端らしきそれには、見覚えのある地名と住所が記されていた。
うろ覚えだが、たしか、ここは――……
「それがサヨコの住んでるところよ。詳しい話は本人に直接訊きなさい」
意識を引き戻されて、顔を上げる。
凍えるような瞳と目が合った。
人形のような顔をした少女は、まるで温度の感じられない無機質な声で告げる。
「――捨てられたの、あの子…………自分の家族からね」




