6.神様が腹立たしい
滝壺の岸辺には苔むした岩がゴロゴロと転がっていて、それを囲うように鬱蒼とした森が広がっていた。川の流れに沿って開けた頭上からは、太陽の日差しがさんさんと降り注いでいる。
俺は岸にはい上がると、最寄りの巨木に上体を預けて、手足を投げ出した。
もう体力の限界だ。これ以上は一歩たりとも動きたくない。矢継ぎ早に襲い来る死の恐怖に、俺は心も身体もへとへとだった。
穴だらけの制服のポケットから、震える指でタバコのパッケージを取り出す。箱はクシャクシャに潰れていたが、幸い封を開けていなかったので、中身は無事だった。
フィルムを剥がし、タバコを口にくわえる。何度か失敗しながらライターで火を付けると、ようやく人心地つけることが出来た。
「ふぅー......」
肺いっぱいに煙を吸い込み、吐き出した。紫煙がゆらゆらと立ち上って、雲一つない青空に消えていく。
遠くの方で野鳥の泣き声が聞こえた。滝の飛沫が大気を冷やし、怪我で火照った身体に心地好い。
「落ち着いた?」
声のした方を向くと、ヒノキの棒が岸辺の岩に引っ掛かっていた。
「もしよかったら、僕も引き上げてくれると嬉しいな」
俺は四つん這いになって岸に戻ると、棒を拾い上げ、
ボキッ
その場でへし折ってやった。
「ぎゃああああーっ! ちょっといきなり何すんのさ!」
「うるせー! お前に関わったお陰で、こっちは二回も死にかけてんだぞ! 転移座標の指定くらい出来ねえのか!」
「力が弱ってるんだからしょうがないでしょ!」
「お前、ほんとそればっかな。ライデイン覚えてない勇者くらい使えねーよ」
「いやいや、ギガデインならともかく、ライデインくらいは使えるでしょ」
「いやいやいや、お前なんか後半のザキとどっこいだよ」
「ひどくない!? 前半だってほとんど使い道ないよ!?」
文句を足れるベルをほうり出して、俺は大の字に倒れる。
今度こそ文字通り限界だった。ダルくて眠くて仕方がない。
「......まあ、巻き込んで悪かったとは思ってるよ」
俺がうとうとしていると、ベルが言いづらそうにボソッと呟いた。
「......お前も、それだけ必死だったんだろ?」
「うん」
「ならこれでアイコにしようや。俺も折っちまって悪かったな」
「気にしないで。この棒には自動修復機能が付いてるから」
「はあっ!? お前、何でそういうところだけ無駄にハイスペックなわけ? 腹立つなコノヤロー」
「反省して僕は用心深くなったんだ。力を消費するから、あまりやりたくないんだけどね」
ベルはそういうと、俺の目の前で再生を始めた。
長い方の棒の欠片が、うっすらと青白い燐光を帯び、折れて毛羽立った箇所からニョキニョキと伸びはじめる。まるで植物の成長を早起きりで見ているようだ。
「やっぱ魔法ってすげえなあ」
「物理偏重の地球から見るとそうかもね。けど実際には色んな法則に縛られていて、魔法も万能ではないんだよ」
「そういえば、『絶対聖剣』は叫びながら呪文を詠唱しなきゃいけなかったのに、何で『放浪する道化』は魔法の名前を言うだけで発動したんだ?」
「ああ、アレ? 本来、魔法は名前を唱えるだけで十分なんだよ」
「おい、じゃあ何で『絶対聖剣』を俺に教えた時、恥ずかしい呪文なんか言わせたんだ?」
「ちょっとした悪戯心。人をからかうのが趣味なんだ」
「そうか」
ボキッ
「ぎゃああああーっ! 何すんのさーっ! 直したばっかなのに!」
「前言撤回だ、お前と仲直りなんてできるか!」