5.リレミトが命懸け過ぎる
第一村人との遭遇をどうするか決めかねているので、更新が遅れるかもしれません。
上顎がなくなった獣の身体は、糸の切れた傀儡みたいに力を失った。その巨体がぐらりと傾き、どうっと横倒しになった。
「......ビ、ビビった! マジで死ぬかと思った!」
俺は十分に距離を取ってから、棒で死体をツンツンと突いた。絶対聖剣の効果なのか、死体の切断面は出血していなかった。そのため今にも起き上がりそうで、確認せずにはいられなかったのだ。
「おいベル、これって死んだよな? もう襲ってこないよな?」
「そんなに怖がらなくても平気。頭を二分されても生きてる生物なんて、カマキリくらいだよ」
「何なんだこのデカ犬? サイズおかしくないか?」
その前足は俺の腿よりも太く、下顎から垂れた舌だけでも俺の掌ほどはあった。
「犬じゃなくて狼だよ。灰色狼っていう北に分布する魔物の一種。群れをつくって集団で狩りをするんだ。一匹見つけたら三十匹はいるよ」
「なんかGみたいな奴だな」
「仲間意思気が強くて、身内を傷つけた者を絶対に許さない」
そこでベルは口を閉ざした。
「......ねえ、何だか嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
手が汗ばみ、棒がツルツル滑る。
意を決して入口を振り向くと、
ヘッヘッヘッ
灰色狼の群れが一匹、また一匹と袋小路に入り込んで来るところだった。
そして連中の目に映るのはーー棒を持った不審者と、その足元で事切れた仲間の死体。
ガルルルッ
灰色狼たちの間に緊張が走った。その瞳が怒りに染まり、鋭い牙が剥かれる。
俺を逃がさぬよう弓状に囲いながら、じりじりと袋小路の奥に追い込んで来る。
「おい、完全に敵認定されたぞ! どうすんだ?」
「......うーん、やむを得ない。最後の手段を使おう」
ベルは少しだけ逡巡した後、開き直ったように俺に命じた。
「僕を地面に突き立てて、『放浪する道化<ワンダーフール>』って唱えるんだ」
俺は言われた通りに棒を地面に突き立て、呪文を唱える。
「『放浪する道化』!」
その瞬間、俺の身体を白い光が包み込みーー視界の片隅で、一斉に飛び掛かろうとしていた灰色狼たちの怯む様が見えた。
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光が引いて視力が回復すると、俺は透き通るような青空を見た。
そして足が宙をかき、ふいの無重力を体験した後、真っ逆さまに落下した。
遠い大地に向かって。
「ぎゃああああーっ!? 落ちるーっ!?」
「ああ、やっぱりこうなっちゃったか」
絶叫する俺の横で、ベルが冷静な呟きを漏らした。
「おい、空飛ぶ魔法とかないのかよ! このままじゃ死ぬよ俺! 大地とディープキスだよ!」
「うん、ゴメン......短い間だったけど、ソーヤのことは忘れないよ」
「ふざけろー!」
バランスを崩した俺の身体が、グルグルときりもみ回転を始める。頭から血の気が引いて、意識が遠退いていくのを感じた。
「......ソーヤ、ソーヤったら!」
一瞬か、数秒の後、ベルの呼びかけで目を覚ました途端、
「がぁっ!」
俺の身体は水面に叩きつけられた。
運がよかった。もしこれが地面だったら、今頃俺の全身はバラバラだろう。
しかし喜びに浸る間もなく、俺は川の急流に翻弄された。岩で胸を打ち、川底に背中をぶつける。手足は擦り傷だらけでぼろ雑巾のようだ。その度に手放しそうになる意識を必死でつなぎ止めた。
やがて散いたぶられた後、俺は子供に飽きられた玩具のように、ポイッと宙に投げ捨てられた。
再び感じる無重力。
俺は頭から滝壺に落っこちた。