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こんな異世界はイヤだ!  作者: ドM王子
4/6

4.三十過ぎてから勇者を名乗る

一話の「帽子」→「ヘルメット」に直しました。

常駐警備員と混同してました。確認不足ですみません。

「というわけで、これからよろしく。ソーヤ」


「......」


 こいつ何で俺の名前知ってるんだ?

自己紹介なんてした覚えはないぞ。神だからか?

 俺が訝しんで黙っていると、何を勘違いしたのか、ベルが慌てて取り繕った。


「ああ、安心して。全部が終わったら、僕が責任を持って地球に返すから」


「当たり前だ!」


 屈んで木の棒を拾い上げる。

 トレッキーのあんちきしょーと手を組むのは癪だが、利害関係が一致した以上、ここはひとまず一時停戦だ。


 その場で棒を素振りしてみる。

 その瞬間、巨大な突風が発生して、洞窟の壁面に爪痕のような亀裂を残したーーなんてことはなく、ふぉんふぉんと空を切るマヌケな音がした。

 

「おい、これただの棒じゃねえか」


「そりゃね。普通のヒノキの棒だもん」


「武器もないんじゃ戦えねえよ。神様だろ? 何かねえの?」


「この棒を頭上に掲げて呪文を唱えれば、魔法が使えるよ。僕お手製のMPも使わない特別な奴」


 魔法剣って奴か? ようやくファンタジーしてきたじゃねえか。しかも神仕様!

 自分が異世界に来たのだと実感し、年甲斐もなくワクワクしてくる。


「呪文って何て言えば良いんだ?」


「『我は勇者なり! 刃よ、悪を切り裂き闇を照らせ! 絶対聖剣<アブソリュートホーリーソード>!』って叫ぶと、棒が聖なる光に包まれるんだ。ほら、やってみよ。1、2の3ハイ!」


「......」


「あれ、どうしたの? ほら、せーのハイ!」


「我は......なり......よ、......らせ」


「ちょっと、何言ってるか聞こえないよ。もっと気合い入れて、全身全霊で叫ばないと。この魔法はハイテンションじゃないと発動しないんだから」


「......は、恥ずかしくて言えるかぁーっ! こちとらもう三十だぞ! オッサンに片足突っ込んだ男が勇者とか、痛々し過ぎて目も当てられねえよ!」

 

 10年前ならいざ知らず、中ニを卒業した俺にはもはや厳しすぎる。

 ポケモンの限定配信モンスターもらうために、映画館でチビッ子の行列に加わるだけでもしんどいのだ。勇者なんて名乗ろう日には、間違いなくメンタルが死ぬ。


「レベル1に選択肢なんてないよ。いい加減に現実を見なよ」


「現実? 何それ? 美味しいの?」


「うわあ、ダメな大人の典型だ!」


「装備なんて何でもいいだろ。魔法の棒にこだわる必要なんてねえんだ」


「それじゃあ僕の存在価値って何?」


「生意気な喋る棒」


「ひどいっ!?」


「とりあえず、人里を目指して装備を整えるぞ」


 俺はそう告げると、ぶつぶつ不満を漏らす棒<ベル>をガリガリ引きずりながら、問答無用で歩き出した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 それから数十分ーー


「ここどこ?」


 俺たちは鍾乳洞の細道で迷子になっていた。

 そもそも地図もコンパスもなしに、見知らぬ洞窟を抜けようというのが、どだい無理な話だったのだ。真っ暗ではないとはいえ、明かりも十分とは言い難い。見落とした横穴だって一つや二つじゃきかない筈だ。


「あーあ、迷っちゃった」


 ベルが分かりきったことを嫌味ったらしく指摘してくる。


「じゃあ、お前は分かるのかよ?」


「当然でしょ。神なんだから」


「ならさっさと教えろよ!」


「教えてあげるのは構わないけど......さっき失礼なこと言われて、傷ついちゃったからなー」


「さっきは調子に乗ってました! マジすいませんでした!」


「よろしい。とりあえずこのまま道なりに真っ直ぐ行って、一つ目の角を左ね」


「了解ッス。ベル様!」


 俺はそう告げると、ふんふん鼻唄を歌う棒<ベル>をうやうやしく掲げながら、ゆっくり慎重に歩き出した。


 それから数十分ーー


「行き止まりじゃねえか!」


 俺たちは鍾乳洞の袋小路で迷子になっていた。

 ベルの道案内に従い、鍾乳石の林をかき分け、コウモリの大群に追われ、冷たい地底湖に落ちかけた挙げ句の果てがこれだった。納得が行かない。


「あーあ、迷っちゃった」


 俺は分かりきったことを嫌味ったらしく指摘する。


「い、いや、きっとさっきの道を右だったんだよ。うん、そうだ思い出した」


「真っ直ぐ<素直>じゃねえ棒なんか物干し竿にも使えねえよ。......さっきの地底湖に捨てっちまうか?」


「さっきは見栄張ってました! ほんとすいませんでした!」


「よろしい。つーかお前、自分の世界だろ? 何で道も知らねえんだよ」


「ソーヤだって、アパートのフローリングの木目まで覚えてるわけじゃないでしょ? それと同じ」


 些末事過ぎて認識すらしてなかったってことか。

 徒労感で膝から力が抜けそうになる。時間を無駄にした。


「とりあえず、さっきの分かれ道まで戻るぞ」


 そういって俺が来た道を振り返ると、


 グルルルル......


 袋小路の入口に灰色の獣が立っていた。


 見た目は面長のドーベルマンといったところだろうか。ほっそりとしながらも筋肉質なシルエットで、全身から獰猛な気配を滲ませている。そのうえ体格はレトリバーよりも二回りほど大きく、ライオンのような威容だった。

 そいつが俺の人差し指ほどもある犬歯を剥き出して、こちらを威嚇している。


「ひっ......」


 始めて向けられる本物の殺意にーーいや食欲に、俺は思わず後ずさった。

 次の瞬間、まるでそれを合図に待っていたかのように、獣が飛び掛かってきた。


 グガァッ!


「うわあああっ!?」


 俺は裏返った悲鳴を上げながら、メチャクチャに誘導棒を振るった。ピカピカと赤い軌跡が宙に浮かぶ。しかし獣が煩わしそうに前足を一振りすると、誘導棒は根本からへし折れてしまった。そのまま前足で力任せに押し倒される。


「誰かっ! 誰か助けてっ!」


「何やってんのさ! 助けなんて来ないよ、ちゃんと戦わないと殺されちゃうよ!」


 ベルの叱咤が飛ぶが、俺はすっかりパニクっていた。

 制服は獣の爪でボロボロに裂かれ、その下の肌まで撫で切りにされる。全身が火傷を負ったように、痛みと熱を訴えた。底に鉄板が入ってるはずの安全靴は、獣の強靱な顎にくわえられて、ありえない形に歪みはじめている。


 ブチブチブチッ


 そして遂に頼みの綱の安全靴も引きちぎられ、引っぺがされた。

 獣が悠然と俺の身体にのしかかってくる。たったそれだけで、起き上がることも出来なくなってしまった。

 俺は首筋に噛み付こうとしてくる獣の顎に、ヒノキの棒を差し入れ、最後の悪あがきを試みる。


「来るな来るな来るなーっ!」

 

 迫り来る死を拒絶するように叫んだ。

 しかし黄ばんだ獣の鋭い牙は、有無を言わせずヒノキの棒に食い込んでいく。

 もうダメだと思ったその時、ベルの助言が耳に届いた。


「ソーヤ! 魔法を使うんだ!」


「!」


 俺は涎と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、全身全霊で魂の絶叫を上げた。


「うわあああー! 『我は勇者なりぃ! 刃よ、悪を切り裂き闇を照らせぇええええ! 絶対聖剣っ!!』」


 呪文を唱えた瞬間、ヒノキの棒が白い輝きを放ちはじめ、ナイフでバターを切るように獣の顎を上下に切断した。

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