だから私はあなたが嫌い
異世界トリップ!するのは脇役。
皆様のほんの少しの楽しみにでもなれば、これほど嬉しいことはありません。
私はアナリア・エベス。
神殿が認める〝千里眼の姫〟にして、〝死にかけの瞳〟。
過去・未来・現在を見通す代わりに、その寿命は短い。能力は体に負荷をかけ、使えば使う分命を減らす。
それでも私は、この国の力になれるから構わないと思っていた。
国の未来を見通せるから天災を予言出来るし、国の混乱やあらゆる災厄を回避できる。
神殿の奥深く、巫女の間と呼ばれる牢獄の中であっても、兄や父、母は会いに来てくれるし、寿命3年前からは婚約者の元で過ごせる。
寿命は別の千里眼が予言し、次代の巫女引いては能力者を生むために結婚を強いられる。
でも私には最愛の婚約者がいたから幸せだった。
子供は好き。この国も好き。婚約者も好き。家族も好き。
私が予言して当て、そして災いが回避されれば感謝される。家族は褒めてくれるし、婚約者も会いに来る。
寿命が短いことなんて気にならない。
使い捨てだって構わない。
だって私は、こんなにも幸せなんだもの。
そう、思っていた。
浄化の巫女が来るまでは。
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白い布が私の目元を覆う。
先見や予言のための準備だ。視界を遮ることによって、出来うる限り、外界から入ってくる情報を遮断するためだ。
ぐるぐるぐるぐる。
黒い闇が渦を巻き、白い光が中心に混じり始める。白い光の中に、何かの景色が見える。
黒い髪に、黒い瞳。闇を纏った……
〝世界が闇に呑まれし時。異界より門が開き黒き髪、黒き瞳を持つ巫女が現れるだろう。巫女は浄化の力を持ち、世界を白く染めるだろう。〟
唐突に声が頭に響き、それからパチリと弾けて視界が閉ざされる。
私はすぐ様目隠しを外し、巫女の間を飛び出す。
「ビュル・スルダ!」
この神殿において、最高位にあるおじいを呼ぶ。
「はっ。こちらに。いかがなさいました?」
「間も無く、世界は闇に呑まれる。異界より、黒き髪、黒き瞳を持つ巫女が現れるだろう。異界の門は勝手に開く。
おそらく……3日後の満月。場所は大神殿、浄化の間。主要の者を集め、これに備えよ。かの者を浄化の巫女としなさい」
一気にまくし立てると、ビュルは目を白黒させてそれから深く頷いた。
なんでも、浄化の巫女は50年ほど前にも現れたらしい。
「かしこまりました。千里眼の巫女様におかれましては、いつものお部屋にてお休みくださいませ」
興奮で疲れは感じていないが、目が痛い。素直に頷いて、私は自らに当てられた神殿内の部屋に戻った。
神殿にある部屋には、頭より少し高い位置にある小窓が一つ、他には外が見える場所がない。
よっぽどに、巫女が逃げるのを心配しているのだろう。
力に強弱はあるものの、千里眼の巫女同士に互いに見張らせ合っているのがその何よりの証拠だ。
質素な巫女の部屋は、どの部屋も同じ作りで簡素なベッドと書物机しかない。書物机の上には、神殿が所有する図書館で借りてきた本が数冊積まれている。
茶色い表紙を指先で撫で、それからベッドに横たわる。
眉間を揉むと、少しだけ解れる気がする。
目を瞑れば、すぐに眠りに入った。
視界を閉じると、勝手に未来が見えることがある。周りの情報を遮断しているという点では同じだからだ。
黒髪の巫女が、私の婚約者の隣で微笑む。私の存在はそこになく、多分それは4年後の話だった。
私は後4年しか持たない。今日初めて、しっかりと悟った。
1年巫女をしたら、お役御免。子を残すために嫁ぎ、子供に巫女の力が受け継がれた場合は少しの指導をして、消える。
なんて良くできた巫女のシステム。
私は千里眼の姫。
今までの巫女も、そして、私含めこれからの巫女も。
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丁度3日後の満月の夜。
私は巫女であり、やってくる浄化の巫女と大体同じ歳だからという理由で、異界より巫女を迎える儀式に立ち会うことを許された。
昨日、正確に私の寿命が他の巫女によって予言され、あと1年しか任期がないことも関係している。
「……あ。アリック様……」
アリック・ベルトナー。私の、婚約者。赤い髪に金の瞳はどこか獣を思い起こさせるが、その表情は穏やかで、性格もまた穏やかな人。
何より優しく、私の愛おしい人。
彼は騎士で、身分はそこそこ。予備でさえない子爵家の三男坊。
次男までは替え用として大事にされるが、三男は放置されるのが貴族。彼は放置されたのをいいことに、王族騎士団に入団。
すぐさま頭角を現し、今ではそこそこの地位についているはずだ。
アリック様は私に気がつき、優しげに微笑んだ。それから、団長らしき人に話しかけ、こちらへ来た。
「久しぶりだね、アナリア。会いに行けなくてごめん」
「良いのですよ、アリック様。お忙しいのでしょう?」
覗き見をしている様で申し訳ないが、王城の警備をするために、アリック様を始め王城の中を覗くことがあるのだ。
(※現代で言う、監視カメラのような)
彼は騎士として鍛錬にも励みつつ、王城の警備に勤めていた。
「ああ。これから、もっと忙しくなる。……アナリアは知っているかもしれないが、今からお迎えする浄化の巫女様。彼女の警護には、5騎士が当たることになった」
「最高位の巫女様をお守りする、巫女様守護騎士ですね?」
最高位の巫女、が滅多に現れないが、この場合は浄化の巫女のことだ。
どのような能力を持った巫女が最高位になるかはその時によるが、巫女様守護騎士は5人、いつでもその任に就ける様用意されている。
1人目は目の前のアリック・ベルトナー。
2人目以降は名前しか知らないが。
ルルド・キューナン
アルベルト・フリスト
トルベン・シューナー
コルト・ブリスタ
だったと思う。
どの人も皆腕が立ち、何より顔が良い。らしい。
私の身の回りの世話をする侍女が、最高位の巫女様になりたかった、だの何故アナリア様はそれだけのお力を持ちながら最高位ではないのですか、と言ってくるほどだから。
ちなみに、千里眼の持ち主で最高位の巫女になったものはいない。
あまりにも寿命が短すぎるからだ。
「名誉あることだよ。……君に会えない時間が増えるのは悲しいけどね」
アリック様が、私に手を伸ばす。
子供にするみたいに頭を撫でようとしているのだ。私は無意識に後ずさった。
こんなことをしたのは初めてだ。
頭に思い浮かんだのは、アリック様が別の女性と幸せそうに微笑んでいる姿。
私はアリック様が好きで、私がいなくなってからも幸せになってほしい。なのに。
本当に幸せになってしまったら、どうしようと思うのだ。
「おお!」
唐突に、どよめきが起こった。
1番大きな声を出したのは、ビュル。そちらへ目を向ければ、丁度部屋の真ん中あたりに大きな扉のようなものが現れていた。
茶色の扉の周りからは黒い靄が立ち、ゆっくりと闇が口を開けるようにして扉が開いた。
扉の向こうに立っていたのは、1人の娘。黒髪黒目の。
「浄化の巫女様!」
ビュルが叫んだ。うるさい。
娘はおっかなびっくり、扉の向こうへと戻ろうとする。けれど扉の向こうは無く、ただ潜り抜けただけでこの部屋の中だ。
「え?え?何これ!あたし、家に帰ってきただけなのに!私の家どこに行った!」
娘は叫び、扉を叩き、扉をくぐり、地団駄を踏み、喚き、それから扉の周りをぐるぐると回り始めた。
「浄化の巫女様!落ち着きください!」
ビュルがどうどう、と馬を宥めるように両手を上げ下げする。何かの儀式かも知れない。私は知らないけど。
「何が!何を?落ち着けと⁉︎」
娘の言葉はよく分からない。
単語を繋げただけ、というか。多分混乱しすぎているのだと思う。
急遽、鎮めの巫女が呼ばれた。
あまり知られていない、マイナーな巫女様。心を鎮めたり、大地を鎮めたり、とにかくあらゆるものを落ち着かせる力がある。
思えば彼女は意外に需要がある。
「落ち着かれましたかな?」
ビュルが聞く。その目は血走っていて、お前が落ち着けと言いたい。
「落ち着いた?……と言うか、なんか、どうにでもなれって感じ……」
「ほう。それは良かった」
何も良くないのに、良かったで纏め上げるビュル。流石だ。
「浄化の巫女様、貴女様のお名前をお聞かせください」
「浄化の巫女?……ああ、これが噂に聞く異世界トリップ……うわぁお。まあいいや。あんな家帰っても仕方ないし。あたし?あたしは、神山柚月。
あ、逆か。ユヅキ・カミヤマ」
何か呻き、手の平で顔を覆ってオーノー!と叫んでから、何やら整理できたのか名乗ってくれた。この国ではあまり聞かない名前。
「ではユヅキ様。貴女様は、浄化の巫女様としてこの世界へと呼ばれました」
「oh……ファンタジーだね」
何やら物分りがいいらしく、ビュルの話にリアクションを返しながらも〝否〟とは言わないユヅキ様。
浄化の巫女はこの国にいるだけで、世界に光を照らすこと、場合によっては各地を回らなければならないことを伝えると、ひとつ頷いてピシッとふたつ指を立てた。
「ふたつ!質問があるんだけど」
「なんでもお聞きくだされ」
「じゃあ遠慮なく。ひとつめ!それ終わったら帰らなくちゃダメ?」
「いいえ、お気の済むまでご滞在ください。こちらに住んでしまわれても構いませんよ」
ホッとしたように息を吐くユヅキ様。複雑な事情でもあるのかもしれない。
「ふたつめ!そこにいる人達は何?」
「こちらは、ユヅキ様の御身を護る5騎士。並びに国の主要な方々、それからそちらにおられるのが千里眼の姫、アナリア・エベス様です」
5騎士がザッ!とユヅキ様の前に並び、膝を着いてしゃがむ。頭を下げ、ユヅキ様に名乗っていく。
「我々は浄化の巫女様をお守りする5騎士。この命に代えても、お守りいたしましょう」
5人の代表者が、誓いの言葉を紡ぐ。剣は貴女に。命は国に。忠誠は巫女に。
アリック様がユヅキ様の手を取り、手の甲にキスを落とす。手の甲にキスは、〝敬愛・尊敬〟の意。
ユヅキ様は頬を赤く染めて、アリック様をじっと見つめた。
私はその様子に、どうしようもなく嫉妬する。相手は巫女様で、アリック様は騎士。仕方のないことなのに。
「アレック?」
「いえ、アリックです。……呼びにくいならば、アルとお呼びください」
ユヅキ様の呼び間違いにアリック様は苦笑いし、それから……愛称で呼ぶことを許した。
「アル。アルね!わかったわ」
当然のようにその名を呼び、微笑むユヅキ様。見ていたくなくて目線をそらせば、ユヅキ様はそれに目聡く気付く。
「あなたは……えっと?」
……5騎士の名前を教えられれば、最初に教えられた名前が風化してしまうのは仕方ない。
「千里眼の姫、と言われております。アナリア・エベスです」
「アナリア、ね。よろしく。アナリア」
気楽に呼び捨てされ、私は絶句するしかない。この国に来てまだ短い故に仕方のないことだとは思う。
けれど、いきなり呼び捨てはないんじゃないかと思う。
ユヅキ様は5騎士に連れられ、王城に滞在することになった。
巫女は皆神殿の管轄にあるというのに。
聞けば、浄化の巫女様は特別らしい。
場合によっては、王族に娶っていただくから。
使い捨てとは大違いね、なんて。自嘲にすらなりやしない。
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ユヅキ様が来て、1週間が経った。
浄化の力は良いらしく、国のあちこちでは自然が素晴らしい成長を見せているらしい。
ユヅキ様は、といえば。
アリック様にくっついて王城巡り、城下町探検、森の中の冒険と日々忙しいそう。充実しているようで、私の元にはアリック様は来ない。
「慣れない世界で大変でしょうに、浄化の巫女様は頑張ってらっしゃるわね」
「きっと、5騎士のお支えがあるからだわ」
「聞いたわよ!アリック様との仲がよろしいらしいじゃない!」
こそこそ、ひそひそと、侍女達が噂を立てる。噂好きな彼女達にとって、ユヅキ様とアリック様の話は良い肴らしい。
私はそれをひっそりと伺い、唇を噛む。
彼女達の噂話でなくとも、ユヅキ様とアリック様の噂はこの目で見ることができた。
千里眼。なんて役に立つ要らない能力。
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ユヅキ様がこの地に現れ、約1年が経った。闇は引き、もう浄化の巫女の力はあまり必要とされていない。
1部の貴族、平民はユヅキ様が元の世界に戻ってしまったら今までの力も失われ、闇が再びはびこるのではと心配している。
けれど、私の千里眼で見る限りその兆候は無さそうだった。
だから、早く、帰ってくれればいいのに。
「アナリア」
「……アリック様」
最近は窓の外よりも、未来を見る。
どこかに穏やかな私の余生がないかを探しながら。どこにもなかったけれど。
「すまない、最近忙しくて」
眉をハの字にして、アリック様は謝ってくる。私は首を振る。
「いいえ。……ねえアリック様、ユヅキ様のことをどう思ってらっしゃるの?」
許す代わりに、というわけではないけれど。私は聞いてしまった。
答えは聞かなくてもわかる。
「アリック様。ユヅキ様は、あなたにとって大事な人なのですね」
付き従うように、ユヅキ様の側に控えるアリック様。ユヅキ様が言わなくとも、様々なことをこなすアリック様。
私に向けるのとは違う目を。私に抱くのとは違う感情を。私に与えるのとは違う優しさを。
溢れてしまうほどに、ユヅキ様に渡すアリック様。
「大事な人……いや、それは……」
慌てたように目をそらし、焦る。
……素直に仰れば良いのに。
「アリック様。私達が婚約を結んだ時のことを、覚えておりますか」
「え?」
まだ子供の頃の話。
騎士に憧れたアリック様と、自由に焦がれた私の、まだ、夢を見ることが許されたあの頃。
「アリック様、私に約束してくださったことを、覚えておりますか」
困惑気味に、アリック様の瞳が揺れる。
『僕は姫の騎士なんだ。君は国のために尽くす姫。どうして泣くの。死にたくないの?じゃあ、必ず僕が君を……』
連れ出してあげる。
それが無理なら、残り3年になった時に君を自由にしてあげる。世界を巡ろう。
旅に出るのもいい。
君の命は僕のもの。
「あなたは、言ってくれたのに。忘れてしまったの?」
どうしてそんなにしてくれるの。私に返せるものはないわ。
返せなくてもいいんだよ。だって君が、好きだから。
目を瞑れば、耳を塞げば、力を使えば。
鮮やかに蘇るのは、何も能力のためではない。だってこれは、過去の記憶。
「……ごめん、アナリア」
もう覚えていないと。もう私を好きではないと。それが答えなのね。
「アリック様。私、あなたと結婚できなくなりました。婚約を破棄してください」
微笑んで、私。でなければ、醜く歪んでしまうわ。愛も恋も、歪めば醜く崩れてしまうだけだから。
「何故」
「なぜ?私、約束を忘れる人は嫌いだわ。他の人に優しい人はイヤ。……アリック様、あなたのことなんて、大嫌いよ」
もう十分だわ。
好きも転べば嫌い。愛も深ければ憎しみへ。
憎みたくはない。
アリック様の幸せを祈る身を引く言葉じゃないの、アリック様。だからそんな憐れむ目は止めて。
どこにもなかったの。私の未来。
この意味がわかる?あなたに。
「アリック様。精々お幸せに」
微笑む。頬が引き攣った。
アリック様は何も言わない。だから、痺れを切らして私が部屋を出て行くことにした。
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「アナリア様。どういうことです?」
「どうもこうも、さっき説明した通りです。私は子供が作れないのよ。そういう体質なの。だからビュル、私はこの神殿に留まるわ。この命が尽きるまで、私は道具」
私が見た未来は、沢山あった。
少しの行動で未来は変わるから、沢山あるのは普通。でも辿り着くのは、いつもひとつだった。
子供ができないことに気づき、私は神殿に戻る。私が神殿に戻った後で、アリック様とユヅキ様はご結婚される。
私の寿命はあと4年だったけれど、残りの4年間に力を使えばまた縮む。だから、何年生きられるかわからなかった。
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アリック様。私はあなたが好きでした。だから、だからこそ、大嫌い。
だから、その心変わりを許せない。
約束を忘れたことを許してあげられない。
よく晴れた日。
私は今日晴れの日を迎える夫婦の未来を、そっと目を閉じて眺めながら小さく祝福した。