さんじゅうなな 『きょうめんしゃ』
思わず頭を抱えたくなった。もしくは、回れ右をして出ていきたくなった。
なんで、こうなっているんだ?!
(この二人って、こんなに仲悪かったの?!)
確かに私がちょっと所用で出掛ける前も、そんなに合う二人とは思わなかった。というか、きっと相性悪いだろうと思ったさ。でも、ゲーム記憶だと、二人が話していた記憶なんかないくらい接点がなかったし、相性悪くても、数時間なら大丈夫だろうと考えた。
(それが、こうなるの?!)
目の前には同じ部屋に居ながら、絶対に眼を合わせないように背中を向け合う2人。
この沈黙はなんだろう。
しかも上着を脱いでシャツをまくり上げて床を磨いているシャルドの右腕には爪でひっかいたような傷。
黙々と本を本棚に仕舞うリューナの綺麗に纏められていたはずのポニーテールはぼっさぼさ。
(え?取っ組み合いでもしたの?)
何が起こってどうしてこうなっているんだか。
「…喧嘩か?」
ぽつりと零せば、ばっと2人が振り返る。
私に気が付いてなかったのか。
「わが君!!お帰りになったと思っていました」
あ!しっぽが見える。
リューナは満面の笑顔だ。そんなリューナを壮絶に嫌そうな顔でシャルドが見ている。仲が悪いなんてものじゃない。
「この羽虫を駆除しましょう!そうです!それが一番です!わが君の敵になる前に!」
「いや、この変態を始末するべきです!いつか害になる!」
……。羽虫?変態?
あの、私の前に来ると、喋れなくなるストーカー女が普通に話してくる。
シャルドも私への恐怖を忘れているらしい。
あれ?もしかして…。
「…似た者同士」
そう言うと、2人はぴきんと固まり、即座に否定してきた。
その否定も、まぁ、ソックリ。
「…そう言われたくなかったら、その煩い口を閉じろ」
口を閉じるタイミングもいっしょとか。
「帰るぞ」
シャルドにそう言うと、黙ってついてきた。リューナは黙ったままだった。
あぁ、嫌なところで、嫌なことをほぼ確信してしまった。いや、薄々気が付いていたんだけどね。
シャルド…。
こいつは、恐らく。
『鏡面者』だ。
「フィアレイン様は彼女をどうして放置しているのですか?」
地下の通路を歩きながら考え込んでいた私にシャルドは平淡な声で尋ねてきた。まぁ、不思議だろうな。あんな変人を平気で放置しているなんて…。
(いや!平気じゃないんだってば!でも、フィアレインは平気なんだよね…)
「…不満か?」
「…いえ」
「あれは、敵ではない」
シャルドが少し眼を見開く。
「ですが、彼女の理想と外れた行動を起こせば…例えば、顔に傷ができるとか…」
…うん。だよね?そう思うよね?!
あんなに、「顔にしか興味ない」と言っているリューナだ。顔に傷が付いたり、顔に何かが起これば、あっという間に見放すことは想像ができる。だけど、フィアレインはそれでも構わないと思っている。
そして、確信も持っている。
リューナは、たぶん、それでも側にいるだろうと。
「あれの存在が気になるか?」
「…」
シャルドは何かを気にしている?
何かを言おうと口を開けて閉じる。なんだ?
「…彼女から、伝言を頼まれました」
え?伝言?あんなに険悪な中で、よく伝言できたな。
「『カラス』と呼ばれる組織が動いて、強力な武器を手にしている、と。
それで、フィアレイン様のお命を狙っている、と」
「そうか」
(動いたのは、『アブヒラドール』か)
だから、来たのか。彼女は。
忠告をするために。
自分では動かせない『アブヒラドール』を回避するために。
今の所、フィアレインが動かせるのは、『鏡面者』であるシャルドと、『狂信者』だけだ。
それも、シャルドの方は、未だ不安定な忠誠度。
(これは恐らく『守銭奴』のあいつを取り込むための、『イベント』なんだろうなぁ)
確か、『守銭奴』が黒幕の話をしていた時、言っていたことがある。
『出会いはロクなものじゃないね。あいつは昔々は敵だったからね。
いいだろうとも。語ろうじゃないか!
ただし、タダなのは、犯人の名前だけだね。
そこまではここまでたどり着いたサービスだね。
犯人はあいつ!フィアレイン・レグド・ガーナードだ!』
『守銭奴』はそれ以上はどんなに金を積んでも語らない。
敵だったはずの人間なのに。金のためにだけ生きる『守銭奴』が、自分を切り捨てたはずの『フィアレイン』のことを語らない理由。
認めた敵だからとか、そんな理由はない。
ただ、知っていた。
フィアレインが、その時、すでに死んでいることを…。
彼は知っていたんだ。




