にじゅうはち みじゅくもの? ~アランティス~
私の名はアランティス・ティ・グランドラ。12歳だ。騎士の家に生まれて、祖父も父も国を守る立派な騎士だ。そんな私も、当然大人になれば騎士になると…何の疑いもなく、そう思っている。
私が彼女、リューナ・アブヒラドールに出会ったのは、一年ほど前。父の御用達の店に行った時だった。
「父上。わざわざ店にまで買いに来ずとも、商人を家に呼べばいいのではないですか?」
そう言った私に父上は、
「本当に欲しいものは自分の力で手に入れる努力をするべきだ」
とすばらしく、もっともらしいことを言っていたが…。
私は知っている…。
最近、年のせいか第一線から退き、騎士たちの教官になってからというもの少し太り始めた父上。甘いもの禁止令を母上に出されて、半泣きになっていたことを。そして、こっそり視察と称しては、御用達の店で甘味を口にしていることを…。
これは、いつか脅しのネタにしようと考えている。
母上に弱い父上の事。いい弱みになるだろう。
「そうなのですね!さすが父上です!私も父上のようになりたいです!」
取りあえず、子どもらしさと、煽てを前面に出しておけばいいだろう。父は脳筋のところがあるので、簡単に騙せる。
子どもらしい笑顔でそう言った時だった。
店の特別室のソファで待っていた私たち。だが、その部屋の扉が少し開いて、1人の少女が顔を出していた。
あれ?今の話を聞かれていたのか?
そう思って、ソファから立ち上がり、女の子に近付く。
「こんにちは」
にっこりと笑顔で挨拶をする。同年代の女の子は私のこの笑顔で頬を染めるし、年上の方にも受けがいい。そう思って、その少女にも同じように笑いかける。
どうせ、この子も他の子たちと同じだろう。
第二王子殿下でさえ、私の張り付けた笑顔に騙されるのだ。
まぁ、あの傲慢で無能で王太子殿下に対して劣等感の塊のような殿下が…気が付くとも思えないがな。
そんなことを考えていた私は少女の言葉に衝撃を受けた。
「……未熟者」
………は?
みじゅくもの?え?なんのことを言っているんだ?
さっとその場を走り去る彼女を思わず追いかける。
「ちょ…!!まて!!」
速い…!!
私よりも年下にしか見えない少女に追いつけない!!
ムキになって追いかけるが、差が縮まっているとは思えない。
なんだ?!なんなんだ?!
広い屋敷を逃げる彼女を追いかけて走る、走る、走る!
息が切れる。足が重い。それでも、追いかける。
なんで、私は彼女を追っているんだ?
彼女が足を止めたのは、廊下の先のドアの前。
はぁ、と息が切れる。
彼女の息があまり切れていないことに、少しばかりショックを受ける。私は体力には自信があったんだけどな。
彼女は眉間に少し皺を寄せて、首を傾げる。
「見つかっちゃった」
「え…?」
意味が分からない。ようやく整い始めた呼吸。
「未熟者って、どういうことだ?」
私の言葉に彼女は大きな瞳をじっと私に向ける。思わず、どきっとしてしまう。かわいい。
「わからないの?未熟な仮面。そんな見破られるような仮面を被ったって…見る人が見れば、偽物だってわかっちゃう。どうせだったら、仮面に見えない仮面を被るようにするべきだわ」
その言葉にぎくりとした。彼女はどうして、彼と同じことを言うのだろう。
確かに、両親や他の大人は騙されるこの笑顔。だけど、騙せない人間もいる。
昔、王宮で出会った小さな男の子。それに、王太子殿下。国王陛下。それから、宰相。他にも、恐らく騙せなかった者が何人かいた。大人だった彼らは私が子どもだから、騙されてくれたのだろうけど。
王宮で出会った男の子だけは違った。
まだ6歳だった私は、すでに笑顔の仮面を被ることを日常にしていた。子どもらしい笑顔で無邪気に笑えば、誰もがかわいがってくれることを理解していたからだ。大人でも子どもでも。常ににこにこと愛想よくしていれば、うまく世間を渡っていける。そう思っていた。
あの方だけは、そんな私の仮面に気が付いた。
『君の笑顔はへったくそだねぇ。どうせなら、もっと完璧にどんな人間でも騙せるくらいの仮面を被りなよ』
まだ6歳の私よりも、更に年下だろう少年に言われた言葉に、張り付けた笑顔がはがれた。
それから、私は、もっと完璧に仮面を被れるように、どんな言葉にもはがれない笑みを心掛けてきた。あの方も騙せるくらいの仮面を被ろうと。次に会ったとき…そうだ。次に会った時こそ、私はあの方に認めてもらうのだ。悔しかったから。小さな彼に見破られたことも、その仮面を下手くそだと、誰もを騙せるようになれと、言われたことも。それと同時に、私は気が付けば、あの方に心の中で忠誠を誓っていた。
待っていてください!必ずや、あなたの所まで追いついて見せる!!
だけど、やはり分かる人には分かるのだろうか?私はまだしょせん、子どもだと言うことなのだろうか?
「…やはり、私の笑顔はわざとらしいのだろうか?」
少し落ち込んだ声が出た。
「いいえ、ほぼ完璧じゃないかしら?」
「では…どうして、君にはわかってしまったのだ?」
そうね、と考え込む彼女。
「自分で考えてみれば?100人のうち98人騙せるなら、それで完璧じゃない?」
「…君はそれで満足するのか?」
「『さぁね』」
「『それで満足するのなら君はそれまでの人間』」
記憶の中の彼と同じことを言う彼女に興味が沸いた。
それからというもの彼女の近くで彼女を見ることにした。街でもなかなか見つけられないのも、ますます私を夢中にさせた。ひらりひらりと舞う彼女は、捕えられない蝶のよう。
忠誠はあの方に。恋は彼女に。
どうせ、私の想いなど子どものころは大人の思惑にかなわない。それならば、決して譲れぬ一線を越えられないように注意しながら、心の中では自分の想いに忠実でいよう。
今はそれだけの自由で満足しておこう。
「やっぱり、腹黒…。どう考えても腹黒…。黒い笑み。こわっ!!」
…この従者は…!!目の前でワザとらしく腕を擦る従者をにっこりと笑顔で見る。
「そうか、そうか。シルバはちょっとした『教育』が足りなかったようだな。執事長にはそう伝えておこう」
「ひぃ!!」
涙目で謝罪する従者を放置して、店を出て空を見上げる。青い空が広がっている。そんな空を見ながら私は思い出していた。
あの方の…オッドアイの宝石のような瞳を…。




