にじゅうご あいされた『ひめ』 ~リューナ~
真っ青になって走り去る少年の背中を見つめる。やっぱり読みやすい子どもね。顔に名前を呼んでしまったことの後悔や罪悪感というの?そんなものが現れたかと思ったら、すぐに何かを決意したような顔をして、慌てて走っていった。謝らなきゃとでも思ったのかしら?たぶんそうなんでしょうね。
「バカみたいに解りやすい子ね」
「…なかなか手厳しいな。リューナ」
後ろから聞こえた声に振り返ると…
「父さま!」
にこにこと笑う父さまが立っていたわ。その後ろに司祭さまが立っているのを見て、首を傾げる。おかしいわね。教会の上層部の方と会うと言っていたのに。叔父さまや父さまと変わらないくらいの歳の男の人。上位の神官がこんなに若いわけはないのだけど。
「はじめまして、お嬢様」
にっこりと笑う司祭さま。
「私はテイラントの神官、エルートリアと申します。かつて、王都で『真珠姫』さまに仕えておりました」
テイラント?!姫が所属する最も秘密に包まれた教会!内心驚きながら、父さまを見ると、してやったりと言う顔をされたわ。なんだか悔しいわね。
「父さま…」
「お前もおいで、リューナ。あの方の現状を一番理解しているのはお前だ」
教会の小さな部屋で三人、イスに向かい合わせに座っている。エルートリアさまの机を挟んで向かいには父さま。その横には私。
「…噂は聞いておりましたが…やはりと言うしかありませんね」
現状を話すと、エルートリアさまはほほ笑みを崩すことなく言う。
「それで、教会としては…」
「教会としましては、これまでと同様の対応をさせていただきます」
あぁ、やはり…。
「教会はけっして教会より去った『姫』たちに関わることはいたしません」
内心ではがっかりしてしまう。あの方を救う唯一の手段だと思ったのに…。
「殺されてもですか?」
「…えぇ、例え殺されてもです」
父さまはじっとエルートリアさまを見つめていた。でも、エルートリアさまの表情は何も変わらない。優しそうな笑みを零すだけ。
「…癒しの力を…彼が持っていたとしても?」
その言葉にエルートリアさまはピクリと反応する。初めて、その表情に変化が出た。
「…どういう意味です?」
「言葉通りです」
「…『姫』の力は受け継がれることはありませんよ。それに男性が受け継ぐこともありません」
父さまは不敵にふっと笑う。この笑み、何かを隠しているように見えるわね。
「それはどうでしょうね」
「…」
しばしの沈黙の後、エルートリアさまはふっと息を吐く。
「わかった、わかりました!まったく、商人と言うヤツはほんっとに性質がわりぃ」
え…?
がしがしと頭をかくエルートリアさま。なるほど、こちらが本当の顔というやつなのね。
「教会としては、『真珠』…フィーに手を貸すことはできない。それは変わらない。だが…彼女の子どもが死にそうになっているのに、手を貸せないなんざ、親友として失格だ」
「それで…?」
父さまはすうっと眼を細める。エルートリアさまは少し前のめりになり声を潜める。
「受けつがれるのかについては、『わからない』としか言えない。現に『姫』の子どもが『姫』になった前例はない。だが、男の『姫』は確かに存在する。…しかし」
ちらりと私に視線を送った後、エルートリアさまは眼を伏せてしまう。
「男の『姫』は短命だ。力を発現させてから、もって一年。短ければ、三日で死んでしまう。原因は魔力の枯渇だ。干からびるように死んでいく。だからこそ、『姫』の力は女性のみの特殊な力としか言えない」
では、仮にあの方が力を発現させても…。
「彼女の息子に、力が発現しないことを祈るばかりだな」
救えない…。あの方を…。
今の状態から、どうすれば救えるのかも分からない。だって…あの方が望んでいないのだもの。
あの方の言葉が思い出される。
『今の状況を崩すつもりはない。…情報が足りない今、私があの家から離れることはない』
情報…?何の?それは口にはしなかったけれど、あの方は現状を動かす気はないのだと分かってしまった。教会に保護してもらうのが、一番の道だと思っていたのに…。
「…アブヒラドール。あんたたちはこの情報を知ってどうするつもりだ?」
「…」
「父さま」
眼を閉じて考え込んでいた父さまはゆっくりと眼を開く。
「…裏アブヒラドールが動いています。もはや、あの方の命はないでしょう」
がたんと音を立てて立ち上がるエルートリアさま。その顔は先ほどまでのポーカーフェイスを完全に消し去っていた。
「あんた…。彼女の子どもを救うためと言っておいて…」
「騙されるなどずいぶん甘いお方ですね。我らはアブヒラドール。表も裏も汚濁の中を生きてきた一族です。利用価値のない子どもが本当に価値がないのかを確かめるために赴いたまで…。それにあなたも先ほど、関与はしないと言いましたよね。あなたが動かないのに、他人でしかない私が動く理由はありません」
「…きたねぇ…」
「なんとでも」
立ち上がった父さまは話は終わったとばかりに扉に向かう。私はあまりの父さまの迫力に何も言えなかった。
「……る」
エルートリアさまが呟いた声に父さまは振り返る。
「あんたがその気なら、俺は息子を助けるために動かせてもらう」
「…あなたに…教会には助ける手立てなどないでしょう?」
「…いいや、たった1つあるんだよ」
エルートリアさまはふっと笑う。
「彼女の『実家』は…絶対にそんな状況を黙っていない。
彼女は…愛された『姫』だ」
そう言ったエルートリアさまは強い瞳で父さまを見つめていた。
『実家』…?




