職人になろう
先に謝ります。
オルゴールの説明部分、分かりにくくてすみません。次回、もっと具体的に書きます。
文章力が欲しい、切実に。
鏡を見れば、嫌でも自分の首に目がいってしまう。
小さな深紅の薔薇がこれでもかと散りばめられた、上品な首飾り。
ヒエ曰わく、これは首輪。所有の証。
モノのチョイスは素晴らしい。センスも抜群だ。けれど俺は獣じゃねえ。無論女でもない。貰ったものは有り難く使わせてもらうが、なんか複雑というか。いや普通に嬉しいんだけれども。
「俺が薔薇とか似合い過ぎて笑える」
そう、自惚れじゃなくて真面目に似合い過ぎてやっべーのなんの。男でも薔薇が似合うとか美形って恐ろしい。ナルシストになったらどうしてくれようかと思ったが、俺って美しい、なんて言いながら髪を弄る己の姿を想像してその心配はなくなった。どう考えたってキショイ。ナイナイ。
そんなことよりも、今の俺にはもっと重要な問題がある。
学校をどうするか、だ。
ある程度の知識はヒエから教えて貰えば問題ねえけど、それにしたって限界がある。俺の平和な未来のために、というかこの世界で生きていくために学校へ通って社会の知識を得ることは必要不可欠な条件だと思う。前世の記憶があるだけに、どうしてもそちらの常識で物事を判断しちまうし、考え方も偏ってしまう。こっちの世界の常識を早いとこ吸収しなきゃなんねえ。そもそも狼に人間社会のことを聞くこと自体可笑しな話な訳だし。
ヒエにどうやって説明しようかと思ったが、めんどくさくなって全部ぶちまけた。死んで、生き返って、男になったんだぜみたいな。
ヒエの反応は、そうか、と実に素っ気ないもんだった。
だから俺もそうだと素っ気なく返してやった。別に拗ねてなんかねえ。
意外にも学校へ通うことの許可はすんなりおりた。意外過ぎて鳥肌立った。お金は心配すんなと言われ、手続きの方も全部ヒエがやってくれるそうだ。
狼なのになんでそんなこと知ってやがんだと聞けば、いつか言ってくると思ってたから、お前のために前々から調べておいたと言われた。
なんだこいつクソかっけえ。
鳥肌立ててすみませんでした。
「ムト、2つだけ約束しろ」
「あ?」
ヒエと一緒に昼食を食べながらのやり取り。ちなみにご飯は俺が作った。元いい歳した女子ですもん。それなりに作れますって。
「なに、約束って」
「学校は十二歳になってからにしろ。でなきゃ認めねえ」
「・・分かった」
「あと、友なんぞ作るんじゃねえぞ」
「は?」
いや普通逆だろ、友達百人作ってこいだろ。
「俺以外の奴とじゃれてみろ、ぶっ殺してやる」
しまったこいつヤンデレだった!つか、じゃれるってなに。
「・・・するわけねえだろ、俺はお前のために生きてるんだから。俺の命は、ヒエのものだよ」
呆れたように言えば、ヒエは満足げに鼻を鳴らして薄く笑った。
この時俺は、疑問に思うべきだったんだ。
他の奴と喋るだけで不機嫌になるヒエが、離れたら殺すと宣言したあの、ヒエが、簡単に俺が学校へ通うことを許したのだから。
***
昼食を食べ終えて屋敷をぶらついていた俺は、見るからに古い木箱を発見した。
なんぞこれはと開けてみれば、ポロン、ポロ、ポロロ〜ンと、高音のメロディーが流れ出した。
「オルゴールだ」
蓋を閉じる。
開ける。
ポロロ〜ン。
「オルゴールだ」
ってなにしてんだ、俺。
この世界では、オルゴールは非常に価値あるものだとされていて、宝石なんかよりもずっと高価で貴重な扱いを受けている。
理由は、オルゴール職人が壊滅的に少ないことに関係している。
作り方が特殊過ぎる故、作れるやつが少ないらしい。
てきとーな箱を用意して、その中に職人の魔力を流し込む。道具は一切使わない。どこか特殊なんだと言いたくなる。めちゃくちゃ簡単じゃねえか、と。
けど、実は魔力を流し込む段階の時に、頭ン中で正確に音楽を流してなきゃいけない。それこそ一音のズレもなく。
しかも耳で聞いたやつでなきゃ反映されないという訳わからん条件つきときた。楽譜をただ覚えるだけじゃ駄目ってことだ。耳から入ってさえくれば、それが人の声でも構わないらしい。マジで訳わからん。
入れたい曲を、完全に覚えるまで聞き、頭で最初から最後まで流しながらその間ずっと魔力を入れ物に注ぎ続けて、オルゴールが出来上がる。因みに聞こえてくる音はオルゴール特有のあれだ。間違っても人の声でのポロン〜なんてすっとぼけた音じゃない。
これは、並外れた記憶力と集中力、魔力のコントロールがなければ成せない技だ。
だから作れるやつが少ない、結果オルゴールの価値も上がったと言うわけで。それにオルゴールは貴族の間じゃ絶大な人気を誇っているらしい。
それを知った時の衝撃。
やっぱ常識が元の世界と全然ちげえと思ったね。
にしても、このオルゴール、どうしよう。
曲を聞いてると所々音がずれてやがる。作ったヤツがド下手だったんだろーな。こういうのは価値が低い。より美しい音を奏でるものほど高価みたいな感じだし。
そこで俺は、偶然にも思い出した。
転生してから、妙に記憶力がいいのと、ヒエと訓練して魔法の腕がそれなりになっていることに。
「まさに天職」
なんで今まで気がつかなかったんだ。
よし、俺もオルゴール、作ろう。
決まれば即行動だ。
俺は足早にヒエの部屋へ向かうと、扉を勢いよく開いた。
「ヒエ!俺、オルゴール職人になる!」
「突拍子だな」
優雅に足を組ながら読書してたヒエは、特に動揺することもなく、パタンと本を閉じてソファの背もたれに寄りかかった。俺の突然の言動には慣れっこってか。
器用に片眉をあげ、俺を見てくる。ただそこに座っていると言うだけなのに、なんで背景にキラキラが見えるんだ。イケメンパワーか、そうなのか。
ヒエの雰囲気は他者を飲み込むほど圧倒的で、思わずひれ伏してしまいそうになる。
獰猛×王者+美=ヒエという公式が思いつくくらい、ヒエはとにかく凄い。怒った時とか、殺気が溢れ出した時なんてもう、恐怖でしかない。生命の危機だ。
「だからさ、ちょっと歌ってくんね?」
「ああ?」
そんなヒエにふざけた頼みをする俺も案外すげーのかもしれない。
ワクワク。ヒエを見つめる。
眉間に皺寄せられても怖くねえし。舌打ちされても怖くねえし。なんか威圧感増したけど別に怖くねえし!
さあ、諦めて俺に歌を献上しろその美声で!!
「遠吠えでいいのか?」
し ま っ た こ い つ 狼 だ っ た !
基準、可笑しい。狼の間じゃ遠吠えって歌なの?あれ歌なの?メロディーもクソもねえのに?ただ吠えるだけなのに?
「・・どーしてそこに行き着いた?」
訊ねれば、キョトンと小首を傾げながら俺を見つめてくる。大型犬か。ちくしょう、可愛いじゃねえか。カッコいいのに可愛いってなにそのハイスペック。寄越せ、俺にも寄越せ。
「人間の歌なんざ俺が知るわけねエだろ」
「だからって、遠吠えはないでしょ」
ギャグかと思った。
「そこに蓄音機があンだろ、それ使え」
「ん?」
ヒエが指差す方向には、古ぼけた蓄音機が確かにあった。が、使われてる形跡はない。まったく、ない。
これ動くの?埃やばくね?
「・・・掃除、してからだな」
動かなかったら街で新しいのを買おう。
遠吠えはヒエには悪いけど、却下だ。