僕と彼女が少し近しくなったある日の事
今日は僕と彼女の距離が少しだけ近くなったときの話をしようと思う。
ただ、先に一つだけ言わなくてはならない。
この話は、僕と彼女の恋の話をつづっただけのものではない。
僕と彼女には恋は目覚めるのか目覚めないのか、それを今ここで言ってしまうとある種のネタばれになってしまうので言わないが。
いや、この話の終わりは誰もが予想できるものだ。
あっけなく、終わってしまう事だろう。
前置きが長くなってしまったが、僕が最初に言いたかったことは、この話もあくまでも前置きでしかないという事だ。
七月七日というか、七夕の日。
この日、僕は七夕パーティーなんてこじゃれたものを開く事もなく深夜帯に地元の商店街を歩いていた。
そういえば、七夕の時にパーティーをなぜ開くのだろうか?
彦星と雛星の感動の再開を祝うのならば、ただ祝杯の言葉を一言でも二言でも唱えればいいではないか。
それをパーティーなんてものを開かれた暁には彦星も雛星も激怒するのではないだろうか。
ああ、そうか、だから僕は今日のパーティーを断ったのか・・・。
いや、ちがう、ちがう。
勝手に自分の考えを述べて建前を造ろうとするな。
どうせ、めんどくさかっただけだろうが。適当な言葉を並べるな。
ふと顔を道の片方に向けてみると、路地裏への道が見えた。
この町はとても平和で不良なんかほとんどいない。そのかわりに隣町では不良が大量発生しているが。
まあ、たまにはこんな時間に路地裏をうろついてみるのも悪くない。
そして、ニヤッとしながら薄暗い路地裏へ進んだ。
だが、路地裏に入ったはいいもののさっき語ったように不良なんてほとんどいないこの町で何かに出くわすということもなく、三十分ぐらいが経過した。
―――つまんねー・・・―――
景色などもない薄暗い路地裏はなにか出来事がないとただただ静かな密閉空間というだけで、あきあきしてくる。
もう今日は帰ろうか。そんなことを考え、出口を探しに歩を進めた瞬間、
血と油の匂いが鼻についた。
路地裏に入ってから退屈だったせいで、刺激を求めていた俺はその匂いが漂ってくる方向へと歩き出した。
もちろん興味本位でだ。あいにくだが、死にそうになっている人間を助けようなんて思うほど僕は人間ができていない。自分に危険がせまった場合は全ての人を見捨てて、自分だけが助かる道を模索するだろう。
その方向にすすんでいくにしたがって、血と油の匂いはだんだんと強くなっていく。
すっぱいものがこみ上げてくる。手にはいつでも警察に110できるように握り締めた携帯がある。
しかし、それなのに面倒くさがりの俺は面倒くさいなんて全く思わずにその方向に向かって進んだ。
―――ああ、ヤバイにやにやが止まらない。―――
いけないことだとは思いつつも、誰かが僕の『何か』を『どうにか』してくれるかもしれないと思うとにやにやが止まらなかった。
誰なんだろう。僕をどうにかしてくれる人は一体だれなんだろう。
そう思い僕は、その匂いが漂ってくる方向に歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く
、歩く、歩く、歩く――――――。
そこにいたのは、女の子に女の子に女の子に女の子だった。
その、女の子達は五人いた。
いや、
正確には一人というべきなのだろうか?なぜならその一人以外の女の子は全員『死んで』いるのだから。
吐き気はだんだんと強くなってきて、思わず口に手を当てる。
夏のせいだろうか?死体から臭う血と油のにおいがすさまじいほどの異臭を放っている。
四人の女の子達は頭部だけがきれいに切断されている。
その切り口は、路地裏にある蛍光灯の弱い光に照らされててらてらと光っている。
そして、四人の女の子の頭部は・・・というとそこにいる女の子が持っていた。
そこにいる彼女は僕のことを見つめて、
「はぁ・・・」
実に憂鬱そうに息を吐いた。
ため息をついた。ではない。
彼女の顔にある表情は落胆というものではなくマイナスの要素を含んでいなかった。
しかし、だからこそ。だからこそだ。
それは残虐性を増していた。
只、笑っていた、嗤っていた。
笑顔
爆笑
苦笑
失笑
冷笑
照れ笑い
微笑
愛想笑い
空笑
嘲笑
憫笑
それらを内包しているような笑い方だった。
そして、
「あはは」
含み笑い
薄ら笑い
せせら笑い
作り笑い
苦笑い
思い出し笑い
独り笑い
高笑い
馬鹿笑い
追従笑い
貰い笑い
誘い笑い
短くもはっきりと笑う彼女の声もいろんなものを内包しているようだった。
そして、彼女はようやく僕に口を開いてくれた。
「君はどう思う?」
「は?どう思うって?」
いや、聞き返さなくても分かっている。多分、彼女は人を殺していた自分のことをどう思うかと聞いているのだ。
僕の予想は当っていたようで、彼女は答える必要がないと思ったのだろう。何も言わなかった。
「それは、怖いよ。怖いし、恐いよ。人殺しをした人間が目の前にいるんだから。・・・当然だろう」
「なら、なぜ・・・
君は笑い顔を崩さないの?」
彼女に指摘されて、ようやく気がついた。自分の口角がもちあがっていることに。
「それは・・・・・・」
なぜだろう?なにかをどうにかしてくれるかなんてこと、もうどこかに吹っ飛んでいる。
あえて、あえて、挙げるなら。
彼女の不思議で、不気味で、きれいなその笑い顔につられてしまったのかもしれない。
「私の正体を知った人は、みんな恐怖におびえるのよ。その表情を見るのも楽しいけど・・・。
ああ、理由なんて聞かないで。聞きたくないし聞かなくても無駄だから。あ、この場合の理由っていうのは殺人をなぜしたかって言う意味だからね」
「僕をどうするんだ?」
僕を殺すのか?
「いや、別に殺したりしないよ。ただ呪いをかけるだけ」
「呪い?」
そう簡単な呪い。と彼女は僕に囁いた。
いつのまにか、僕と彼女の距離は目と鼻の先にまで近づいていた。
なんで、僕を殺さないんだ?そう、聞いてみた。
「え、なんでって。君女の子でしょ?私、目撃者が女の子だったらいつも殺さないのよね」
そう実は僕は女の子である。
こんなしゃべり方だけど僕は女の子である。
そんなわけあるかい。
どんな叙述的トリックだ。無茶苦茶すぎるだろう。
特別顔が中性的だというわけでもないのに、強引すぎるわ。
タグを見ろ。タグを。少年って書いてるだろうが。
「まあ、それは上段として」
「突き?」
「冗談として・・・よ?さっさと帰りたいから。ちゃっちゃと済ませましょう」
そんなことを呟いた彼女は。
僕の顔面を思いっきり蹴り抜いたのだった。
薄れる意識の中で、僕は。
彼女の事を考えていた。好きな彼女。席では隣通しになった事のない彼女。
今まで、世間話以上の話をした彼女。
目の前の彼女。教室にいる彼女。
殺人をするときの彼女。皆の中心にいる彼女。
そんな彼女のことを考えながら、
僕の意識は暗転した。