片思いの彼女に告白しようと思ったら告白されてしまったシリーズ
片思いの彼女に告白しようと思ったら告白されてしまった
井司博若。通称「意志薄弱」。この春私立の天照学園高等部に入学した引っ込み思案の男子である。彼は入学式の日に見かけた女子に一目惚れしてしまった。彼女の名は高嶺野華。その名の通り、美人で成績優秀、スポーツ万能、明るくて人望もあり、クラス委員に選出されている。博若がどう頑張っても華と付き合う事などできないとわかってはいたが、彼女を諦める事ができないでいた。幸か不幸か、同じクラスになったからだ。
華の事が知りたい博若は、彼女の事をいろいろと聞いて回った。その結果、華には恋人のような特定の存在がいない事がわかった。
(あれほどの美人にどうして彼氏がいないのだろう?)
同級生の男子達の話では、完璧過ぎる華に男子達が告白できないので、彼がいないという事だった。
(だったら僕が立候補する!)
心の中ではそう決断した博若だが、実際に華を見かけると、小動物のように震えてしまい、告白どころか、近づく事すらできない。
(周りに誰もいないところでなら、何とかなるかも知れない)
博若は放課後、クラス委員の会議がある華を会議が終わるまで待つ事にした。
(ラストチャンスだ)
今週で一学期は終わる。華の家は博若の家から遠いので、この期を逃したら後はないと思っていた。
(夏休みは誘惑が多い、他校の男子に騙されてしまう前に)
おかしな妄想を始める博若である。
「は!」
そんな妄想を繰り広げ、他校の男子から華を救い出したところで、会議室のドアが開き、生徒達がドヤドヤと出て来る音で我に返った。
「あ」
博若が気づくより早く、華が博若に気づき、微笑んだ。それだけで身体中の血液が脳に集まり、爆発してしまいそうになる博若であった。
「井司君、どうしたの?」
吐息がかかるくらいそばに来て話しかける華。博若は卒倒しそうだ。
「もしかしてだけど、私を待っていてくれたの?」
華は何故か頬を朱に染めて上目遣いで博若を見た。
「え?」
あまりにも意外な言葉に博若は唖然とした。華は俯いて、
「もしそうだったら嬉しいな。私、井司君の事、ずっと思っていたから」
衝撃的な言葉だった。博若は口をパクパクさせて、只華を見ている。
「帰ろっか」
そんな博若の心の内を気づいていないのか、華は彼の手を握ると、廊下を駆け出した。二人に集中する羨望と嫉妬の視線。華は気にしていないのか、無反応で、意識が飛んでしまっている博若はその視線を感じる事すらできないでいた。
校庭を出た辺りで、ようやく博若は事態を把握できるようになった。華が自分の右手を握り、嬉しそうに歩いている。まだ妄想の中にいるのかと思ったが、どうやら現実らしい。
「え、えっと……」
華に何かを言おうとするが、口の中の水分が挙って退室してしまったので、舌が思うように動かせない。
「私の家に来て、井司君。ね?」
小首を傾げて可愛い女の子にそう言われれば、大概の男子は喜んでついて行くだろう。
「あ、うん……」
まだ半分夢ではないかと思っている博若は、歯の裏にくっついた舌を何とか引き剥がして、それだけ言うのが精一杯だった。
(うげ……)
路線バスで華の家の前に到着して、博若は呻き声を上げそうになった。華の家は博若の家族が暮らしている団地一棟分くらいあったのだ。
(高嶺野さんの家、お金持ちだったんだ……)
今更ながら、何という無謀な片思いをしていたのだろうと博若は思った。ふと門の脇を見ると、
「高嶺野邸正門前」
バス停にそう書かれていた。更に驚く博若である。
「さ、井司君」
華が微笑みかけ、博若の手を引く。されるがままに博若は広大な邸の庭園を進んだ。
(宮殿だ。もう個人の家じゃないよ、ここ)
全てが桁違いの華の家。どんどん卑屈になっていく博若だった。
(ふああ……)
見上げるような大きな観音開きの扉をメイド達が開き、頭を下げている。博若は間抜けな顔をしてロビーに入り、そこから緩やかなカーブを描く螺旋階段を上がって華の部屋へと通された。
(ここが高嶺野さんの部屋?)
華の部屋だけで、博若の家族が住んでいる全ての部屋を足したより広かった。
「ね、見て見て。これ」
華が幾何学模様のような図柄の壁を指差して言った。
「え?」
博若は顔を近づけて目を凝らした。そして、腰を抜かした。それは何千、何万という数の写真を繋ぎ合わせたものだった。模様に見えたのは、博若の顔だったのだ。幾何学模様に見えたのは、全体をもう一度よく見ると笑っている博若の顔になっていた。全身の汗腺が途端に活動を開始した。
「ね、わかったでしょ? 私、井司君の事、大好きなの。この壁全部、井司君の写真なのよ」
あれほど可愛く見えた華の笑顔が今は狂気の宿ったおぞましいものにしか見えない。
(ここまで好かれたのだから、喜ぶべきなのだろうか?)
意志薄弱な博若はまだ迷っていた。
ということでした。