第2話 執行
久しぶりの投稿です
深夜2時、俺は琥珀を連れて目撃情報が多発している右内川付近に来ていた。
深夜2時ともなると現代のこの街でも大分暗くなり何かが出そうな気がする。
事実丑三つ時ともなると人目を嫌う妖怪の多くは活発になるものが多い。
現にここに来るまでに何匹か妖怪とすれ違った。
川辺にはたしかに出そうな感じだが姿は見えない。
素直に待つことにするか。
「やあこんばんは、いい夜だね。」
突然背後から声をかけられ俺と琥珀は身構えるが声の主が誰かわかるとすぐにその緊張は解けた。
「なんだお前か・・・ 辰巳の旦那、久しぶりだな。」
「に、兄様! そんなに軽くていいのですか?」
「そうか? これでも全力で妥協している方だと思うんだがな。」
「兄様の妥協の方向は微妙に違うと思いますよ… ほんと、申し訳ありません。」
「ハハハ・・・ やっぱり彼の息子なだけあるね。」
気弱そうな青年は力なく笑った。
こんな奴が世間一般で言われる神様なんだから世の中ってのはめんどくさい
竜神…それがコイツの正体だ。
この右内川を守る竜神 (通称)右内辰巳
齢千年以上とも言われる格の高い彼も人間と共存しつつ生きる道を選んだ。
いまの人間の姿はそのためのかりそめの姿。
もちろん竜神としての姿もあるらしいが…俺は一度も見たことがない。
「さて、こんな夜更けに何の用?」
「ちょっと仕事でな、牛鬼ってやつを探してるんだが…」
「牛鬼?…ああ、あいつか。すごい目障りなんだよね、退治してくれるの?」
「退治というよりは確保な、一応仕事的には」
「状態を問わず確保だっけ?まあできる限り手早くやってよね。僕は適当にくつろいでるからさ。」
そう言うと辰巳は闇に溶けるように姿を消した。
たく、何しに出てきたんだか。
「そんじゃ探そうか… って琥珀!?」
いつの間にか琥珀がいない
あいつひとりで牛鬼を探しに行ったのか?
仕方ねえな…探しに行くか…
そう思った時のことだった。
「見ツケタゾ」
とっさにその場を飛び退くと俺が立っていた大地が大きくえぐれた。
「避ケルトハ… 貴様、只者デハナイナ?」
「そりゃどうも、褒めても何も出ねえぜ。」
目の前にいるのは牛の頭に蜘蛛の体の妖怪。
大きさは3~4mぐらいだろうか。
こいつが妖怪「牛鬼」
今回の確保目標である。
しかし琥珀がいねえ時に出会っちまうとは…
思わず舌打ちをした。
「さて、一応決まりなんでやらせてもらうが…」
懐から取り出した逮捕令状を突き出す。
「殺人諸々の罪であんたを逮捕させてもらうぜ。」
「タイホ?貴様ハ何ヲ言ッテイル? コノ俺ヲ人間ガ逮捕スル?トンダ笑イ話ダナ。」
「そう言うと思ったよ… んじゃもうひとつのコースでやらせてもらうぜ。」
もうここまではいつものパターンとでも言おうか。
「悪いがこっからは特例だ。あんたを【状態を問わず確保】させてもらう。」
「…ツマリドウイウコトダ?」
「頭がわりいなお前… じゃあこれ以上言葉はいらねえな」
俺の右手に握られた氷の刀に一閃された牛鬼の足が一本弾け飛んだ
…兄様とはぐれたのは完全に失敗でした。
少しでも兄様の役に立とうと焦った故の軽率な行為…
後で兄様に叱られておくのを覚悟しときましょう。
そう思っていると近くから轟音が響き渡ってきました。
もしや兄様は既に…?
慌てて音がした方へ向かうとそこは凄まじいことになっていました。
兄様と対峙している妖怪の足は数本もげ体には氷のナイフが何本も突き刺さっていました。
刺さっているところからはドス黒い血が流れダメージがあることがわかります。
そして兄様の方も…
「…どうだ? そろそろおとなしく捕まる気になったか?」
「マダダ… 俺ガ負ケルワケガナイ!」
牛鬼が勢い任せに脚をなぎ払うと兄様は氷の盾でそれを受け止め…そのまま吹き飛ばされ地面に転がりました。
今になって兄様が危惧していたことがわかりました。
兄様は確かに強く凶暴な妖怪相手でも引けを取らない実力があります。
しかし妖怪相手だと攻撃・防御に使う妖力が足りなくなりがちになるそうです。
なぜ私が傷つくことを恐れているはずの兄様が私の手伝いを認めむしろ歓迎しているように見えたのか。
それを思うと自分の軽率さが恥ずかしいです。
「貴様ァ… 殺シテ…ヤル!」
そのあとはもう無意識でした。
牛鬼が兄様の首をはねようとしたその瞬間、渾身の雷撃を牛鬼に叩き込む。
…そのつもりでしたがイマイチ距離が遠かったせいで向こうへのダメージはほとんどなかったみたいです。
「貴様ノ仲間カ? ダガ所詮力不足…」
「いや、上等だ琥珀」
気づいたときには既に全て終わっていました。
兄様の片腕に握られた氷の刀。
それによる鋭い一閃、そして飛び散るドス黒い血。
やがてその場に残ったのは静寂、牛鬼の首と首のないからだ、そして血を噴出しながら倒れる兄様だけになりました。
「兄様… お体の方は大丈夫ですか?」
「心配するな、いつものことだ」
上半身を包帯でぐるぐる巻きにされながら琥珀の問いにそっけなく答える。
「…いつも思うのですが兄様、なぜこんな危険な仕事を続けようと思うのですか? 命は大事じゃないんですか…?」
「じゃあお前はどうなんだよ。俺と同じことやってるじゃねえか」
「私は自分の意志で手伝っているだけです!私には手伝わないという選択肢もあります兄様にだって仕事を選ぶ権利ぐらいはあるはずです!」
「…そりゃ命は大事さ、まだ死ぬつもりなんて微塵もねえよ」
「それならなおさらなんで…」
「理由は単純明快、一言で言うなら『俺らがやらなきゃ誰がやる?』」
「そ、それは…」
「この街には俺とお前の力が必要なんだよ。妖怪から何も知らない人間を守り続けるには力のある人間が必要なんだよ。妖怪だけに頼るわけにも行かねえ。人間側にも力がねえとバランスが保てないかもしれねえからな。」
「……」
「なあに、そう悲観するな。基本的には普通の仕事と同じと考えりゃいい。事故でも起きねえ限り死なねえよ」
「…その言葉、信じてもいいですね?」
「信じさせる気がねえならこんな臭いことは言わねえよ。」
「わかりました、それなら… 兄様が死なぬよう、私がずっとお供させて頂いてもよろしいですか?」
「…そこまで言われちゃしょうがないな、好きにしろ」
「ありがとうございます、それじゃ兄様まずはそのケガが治るまでお付き合いさせてもらいます。それと何か必要なものがあるなら買いに行きますよ?家事とかも私がやりますし…」
「ほんとお前は良妻型だよ。なんでそれを役立てるのが兄貴の俺だけなんだろうな…」
「え、何か言いました?」
「別に、何でもねえよ」
こうして日常は繰り返される。
死と隣り合わせなのは分かっていても不思議と死ぬ気はしないものだ。