さわやかな風
夏、隣にお金持ちの息子が引っ越してきた。
名前は赤根 翼。
ピンポーン
夏休みの初日、朝早くからインターホンが鳴った。
私は初日くらいゆっくり休もうとこの時間はぐっすり寝ていた。
「優ちゃん、出てー。」
母から無理やり起こされる。
佐々野 優、今年で中学二年生に無事、進級。
「優ちゃん!」
眠気でふらふら歩く。
母から怒声を浴び、面倒くさいだのなんだのいいながらドアを開けた。
「隣に引っ越してきた赤根です。」
この人こそ、私の運命を大きく変える人なのだ。
「これ、つまらない物ですが。」
お決まりのセリフをこうも爽やかにさらっといわれると、意味のわからないトキメキが起こる。
「はぁ。ありがとうございます。」
受け取ると、嬉しそうに微笑む。
本物の天使には羽がないんだな。
そう確信した瞬間だったのかもしれない。
「佐々野・・・。」
あなたの名前は?とでも聞くように首をかしげる。
「佐々野 優です。」
「僕、赤根 翼です。」
このときは、Tシャツにジーパンというものすごくラフな格好だったせいか、同い年に見えた。
「では。」
そういって、赤根さんは一礼して去っていった。
「あら、優ちゃん。今日は何か学校行事あったっけ?」
昨日の夜に学校から一本の電話があった。
生徒会は至急、集まるように。なんて、担当の先生からいわれたら、行くしかない。
「生徒会でちょっと。行ってきまーす!」
朝、いつもより少し遅く起きてしまった。
そのせいで、走らなければいけないはめに・・・。
こんな暑い中、やっちゃったなー。
「あれ?優さん。今から、学校ですか?」
隣を涼しそうに自転車で走ってきた赤根さん。
優さんって・・・。
「はい。生徒会で呼ばれて。赤根さんこそ、こんな朝早くに何しに行くんですか?」
「僕は転入先の学校の校内探検をさせいただけると聞いたので。どこの制服ですか?」
赤根さんも制服。
しかも、見たことない制服。
高校生?
私はそう思った。
「○×中です。」
「あ、そうなんですか?じゃ、乗って行きます?」
赤根さんは走る私より少し先に自転車を止め、どうぞ、といった。
私の通う学校が赤根さんの転校先の学校の通り道なのだろうか。
それよりも、自転車二人乗りですか。
危なくないですか。
先生に見つかったら。
あ、でも、徒歩よりは遥に早い。
「すみません。あの、中学まで道、わかるんですか?」
「いいえ。教えてください。」
本当、大変なことまで爽やかにさらっといっちゃう赤根さんはすごい。
自転車は風が涼しくて、気持ちが上がる。
それにつられて、赤根さんとの会話も弾んだ。
赤根さんは私よりも1つ上らしい。
赤根さんは私の通う中学に転入するらしい。
偶然だ。
「着きました。ここです。」
赤根さんは右といったら左に曲がろうとするし、左といったら右に曲がろうとする。
なぜ、こうも、指示がうまく通らないのだろうか。
「へぇ。何か、歴史ありそうだねー。」
歴史、ありますよ。
私がいうと、あ、そうなの?ときょとんとした顔でいう。
赤根さんがいったんじゃないですか。
「おはようございます。」
生徒会室に入る。
赤根さんは校長室に行った。
「あ、佐々木ー。今日、転入生の案内係任せるわ。」
入って早々、先生から任命を受けた。
「えっと・・・・・は?」
ばらばらと各自、話している生徒会メンバー。
先生は私を指差してキメっとしていった。
「私、一人ですか?」
「もちろん。ほかの生徒会メンバーは打ち合わせがあって忙しいの。あんたはこの間やったでしょ。」
終業式の放課後、先生から呼び出されて打ち合わせしましたね。
私だけではなかったはずなのですが・・・・。
なぜ、私だけ、暇人扱いされるのでしょうか。
不公平だ。
「そーれーにー、今日、朝から転入生と一緒にご登校なさったんですって?」
その話になった瞬間、先生と生徒会メンバーがニヤニヤしだした。
その情報源はどこだ!
「遅れそうになったので、乗せてもらったんです。まさか、転入生だとは思わなかったので。」
「んじゃ、よろしくー。」
話を聞き終えた先生は私と荷物を廊下に出す。
そして、ドアをぴしゃんと閉める。
何で、こんなに早く、赤根さんと登校したってバレてるのーーーー!?
私はとぼとぼ、校長室に行く。
今更ながら、生徒会室に戻ろうとは思わなかった。
校長室に行けば赤根さんいるし、どうせ、赤根さんの案内係だし。
「失礼します。」
校長先生は目を輝かせていった。
「君!赤根くんのお隣さんなんだって!?」
校長先生は興奮気味。
決して若くもないし、はっきりいっておじいさん。
私の祖父あたりと同年代のように見える。
「隣です。」
何、赤根さんが喋ったの?
私は赤根さんを問題を大きくするなとばかりに睨み付ける。
赤根さんはごめんごめんとすまなさそうな表情を見せる。
「君たちが知り合いなら話は早い!案内を頼んだよ、佐々木くん!」
校長先生は満面の笑みでそういうと、早くとドアの方に目をやった。
私は渋々出て行く。
「失礼しました。」
「僕はあの生活が嫌で一人暮らしを決意したんだ。」
赤根さんはお金持ちの息子。
赤根グループの次男として生まれ、不満なんて一つもないような生活をしてきたらしい。
いいとこの幼稚園に行き、いいとこの小学校に入学。
一般の子たちと遊びたくても遊んでもらえない。
遊んでもらったとしても、あいつは金持ちの息子だから気に触るような態度はしないほうがいい。
ある種の差別だと赤根さんはいう。
息苦しい。
こんな生活は嫌だ。
そういって、普通の住宅地に引っ越してきたらしい。
一人で。
「ご両親は心配なさらないんですか。一人暮らしだなんて。あ、あれが校内名物の金箔校長先生です。」
校内案内をしながら聞く。
「心配されたよ、過保護なくらいに。その意見を無視して出てきたんだから。」
「家出ですね。」
そういうと、赤根さんはうっとりとした顔になった。
そういうの、いわれてみたかった。
なんて、夢見る乙女じゃあるまいし。
「ここで最後です。」
図書室。
今日は特別に開けてもらっている。
本はすばらしい。
赤根さんはそういいながら本棚の隅から隅まで見ようとしている。
「私的にはこの本がおすすめです。」
誰が、こんな高いところに置いたのだろう。
背伸びして、やっと届く高さだ。
「とれた。・・・・おっ?おっととととととととととあれ?」
バランスを崩す。
そのまま横に片足だけで進んでく。
このまま両足をつこうとすると、間違いなく倒れる。
一か八か。
私は両足をつこうとする。
失敗。
あの体勢から立て直すのはやはり無理があったらしい。
「わっ!」
そのまま倒れていく。
倒れていくと感じるのは怖い。
「わっ・・・・・ってあれ?」
痛くない。
痛いどころか柔らかい。
ふと顔を上げてみる。
目の前に赤根さんがいた。
体勢的には、私が押し倒しているような感じになっている。
おぉ・・・・恥ずかしい。
「あ、すみません。」
私は恥ずかしさを隠そうと立ち上がろうとする。
「え・・・・?」
背中に手がまわり、あっという間に抱き寄せられた。
「好き。」
その甘い声の囁きとともに耳に何かが触れる。
体が熱くなる。
急いで、私は立ち上がりいう。
「な、な、何したんですか私の耳に!!」
赤根さんはおいしょっと起き上がる。
そして悪戯な笑みをこぼす。
「舐めただけ。キスのがよかった?」
その姿はまるで、面白いおもちゃを見つけた悪魔のようだった。
END