方言男子
漫画が好きで何が悪い。
漫画の中に出てくる王子様に出会えると信じて何が悪い。
「あーさーみー。」
加藤 麻美。
高校二年生。
私のベッドの周りには、寝る前に呼んだ漫画が散らばっている。
漫画に囲まれて寝て、漫画に囲まれて起きる。
こうしていると、夢の中に素敵な王子様が出てきそうで・・・。
やめられない。
「姉ちゃん、早くしないと遅れるけどいいの?」
弟からそういわれ、時計を見る。
うわぁ。
この時間に、こんなのんきに支度できた自分が勇者だと思えてきた。
「いってきまーす!!」
走った。
走って走って。
息切れが半端なかった。
教室に着いたのとほぼ同時にチャイムがなる。
ぎりぎりセーフ。
「麻美、今日、転校生来るんだって。」
後ろの席の子がいう。
「しかも、イケメンらしいよ。」
「転校生でイケメン?何、その定番なパターン。」
鞄を机の脇にかけ、漫画を取り出す。
「ここにきても漫画かよー。」
友達からは呆れられている。
いいの。
私は私の好きなことして楽しんでんだから。
窓の外をぼーっと眺める。
雲がまだらに浮かんでる。
写真に残しておきたくなるほどの美しさだった。
「えー。今日は転校生を紹介したいと思う。」
担任の先生は転校生を呼ぶ。
入ってきたのは、確かに美形な男子生徒だった。
王子様・・・。
一瞬、そんなことを思った私は急いでそれをかき消す。
先生は彼に自己紹介をするようにという。
「結城 遥です。よろしくお願いします。」
あるあるな自己紹介をして、彼は私の隣の席に座るようにいわれた。
「結城です。よろしく。」
隣に座るや、律儀に挨拶をした。
「加藤です。」
体育のとき、先生側の都合上、男女一緒の場所でやることになった。
大人の都合とは、実に勝手なものだ。
男子はバスケ、女子はバレー。
私はサボるため・・・・、いや、一試合のみ出て、大活躍をした。
人数に決まりがあり、二人だけ、あまる。
そのあまりものが私と朝あった友達。
二人で練習をするわけでもなく、壁にもたれ掛かり話す。
もちろん、漫画の話だ。
「今日の転校生がすごかったね。えっと、ゆ・・・ゆ・・・」
「結城くん?」
私は名前を思い出せそうで思い出せない友達に教えた。
「そっか!麻美は隣だもんね。」
羨ましいなーというばかりに輝いた目で見る。
あんな格好じゃ、麻美だって好きになるんじゃない?という。
「いや。私は結城くんを好きになることはない。」
私はじっとバスケで走り回る結城くんを見ていう。
「何で。」
「だって、音痴だし。」
そう。
さっきの音楽で驚異の音痴をみんなに披露していた。
私は寝ていたにもかかわらず、その音に目を覚ました。
とってもいい夢が一瞬にして悪夢に変わったのだから。
「許せん。」
ぽつりとつぶやく。
そういったのと同時にすぅっと目の前の風景が薄れていくのを感じた。
闇の奥底に引きずりこまれていくような。
最後に聞こえたのは、友達が私の名前を呼ぶ声だった。
目が覚めたときには、そこは体育館ではなかった。
「目、さめた?」
ふと横を見ると、結城くんがいた。
「何でいるの。」
「保険係だから。」
そうだった。
保険係(病人を保健室に連れて行ったり、健康観察をしたり)だった・・・。
女の子のほうは今日、休みだし。
運悪い。
「ほんまあり得へん。」
後ろを向いて、小さな声でいった。
「結城くんって方言出るんだ。」
私の一言でびくっとした結城くん。
硬直した。
「今の、他の奴に・・・絶対にいうな。」
そういうと彼は静かに出て行った。
ほほぉう。
面白いことを聞いたな。
私はそう思うと、そっとベッドから降りて教室に向かった。
「麻美!」
教室に入るなり、女子に囲まれた。
え?は?何?
何、私、モテ期に突入か?
いや、でも、モテるなら相手は女子じゃなくて、男子がいいな。
「麻美、ちょっとおいで。」
腕をつかまれ、廊下に出される。
うわーこわっ。
女子の目が鬼になってますがな。
「結城くんに運ばれるとか、何者!?」
「何者って・・・・?」
「しかも、お姫様抱っこ!」
姫様だっこ・・・!?
お、おら、お嫁に行けねーだぁぁぁぁぁぁぁ!!
「ボールぶつかって!しかも、そのボール・・・あぁぁもう!!」
いってることがごちゃごちゃざます。
「でも、麻美だから許すんだからね?」
そういうと、女子の皆様方は呆れ顔で教室に戻った。
わっつ?
友達曰く、結城くんが受け止められなかったボールが私に直撃。
受け止められなかったからだ、と責任を感じた結城くんは私を保健室まで運んだ。
お姫様抱っこで。
「つまり、あんたがどんくさいことを知ってるから許してくれたのよ。女子の皆様は。」
これを嬉しそうに話す友達は私が連れられていく時、のんきに手を振っていた。
裏切り者め!
「そういわれると、バカにされてる気がする・・・・・。」
「バカにしてるもん。」
( ̄□ ̄;)!!
その言葉で、私は広く浅く傷つきました。
「加藤さん。さっきのこと、誰にもいってないよね。」
落ち着いて席に着いたとき、隣の結城くんからいわれた。
「言うわけないじゃん。あんな面白い秘密は私の心の奥底にしまうんです。」
「何か、それもやだな。」
呆れ顔でいう。
私って人を呆れ顔にする天才かもしれない。
きっと、このときの私の顔はにやけ顔だったと思う。
今日も逃げられた。
誰にって、友達に。
私の体育事件をのんきに語ったあのお方。
「私は、ゆっくり読書をしながら、昼食をとりたいからついて来んな。」
だって。
冷たいなーまったく。
学年一の才女は何を考えているかさっぱりですねー。
そんなことを顔に出しながら屋上まできた。
一人で食べるっつったら屋上でしょ。
屋上のドアを開けると、気持ちの良い風が吹く。
いいですなー、屋上。
フェンスにもたれ掛かりながら、お弁当を開ける。
「今日も、アスパラ入ってる・・・・。」
アスパラ、嫌い。
アスパラ、おいしくないし。
理由は昔やらかした自らの失敗。
これが、自業自得というやつか・・・。
「誰か、アスパラ食べてくんないかなー。」
一人でぽつりとつぶやく。
あー寂しい。
「俺が食うてやろか?」
「なっ!」
目の前に現れたのは、結城くん。
「一人で弁当とか・・・。あ!もしかして、お前友達おらへんの?」
可哀想やなー。
結城くんは哀れな生き物を見るような目で私を見る。
「いーまーすー!」
私は睨み付ける。
結城くんは相変わらずの王子様スマイルでじっと見る。
こんなきらきらした笑顔見せられたら、食べずらい。
「何よ。」
結城くんは口をかぱっと開けて私を見る。
「アスパラ、くれへんの?」
あげない、とそっぽを向く。
「まぁ、くれんくても嫌いなもん残して母ちゃんに怒られるだけやろ。助けてやろうと思ったんにな。」
うっ。
「何や、図星かいな。」
こいつは要注意人物と今、見なした。
「じゃあ、あげる。」
そんな風にいわれたら、ちょっとムカつく。
お弁当を差し出した。
結城くんは口をあける。
何、と聞くとあーんしてくれるんちゃうの?
当たり前のようにいった。
「はぁ!?」
あーんとか誰にもやったことないし!
あ、弟にはあるか。
でも、家族だけだし。
ふざけてんの!?
「はよぉ、くれ。」
ぐいっと顔を近づけて目をつぶる。
私は少々、頬を赤らめながら彼の口の中にアスパラを入れた。
ほんま、うまいのぉー、何て嬉しそうに食べる。
王子様から、美人な猫みたいに見えてきた。
「好き。」
ふいに彼の口から出た言葉。
「は!?」
「お前の弁当のアスパラの味。俺、めっちゃ好きやわー。」
あ、あぁ、アスパラね。
一瞬、どきっとしたじゃん。
・・・って、何で?
何で、どきっとするの?
「何や、お前のこと好きっちゅーたと思ったんか?」
私は戸惑いながらも素直にうなずいた。
次の瞬間、私の唇に何かやわらかいものが触れた。
はっと、気づくと、結城くんがこういった。
「もちろん、お前のことも好きやで。」
結城くんとのファーストキスの味は私の嫌いなアスパラの味。
私の頭の中は真っ白になった。
私のファーストキスが。
お前のことも好きって友達として?
キスも、誰にでもすることなの?
私の中に様々な感情が混ざる。
体中が燃え上がるように熱い。
結城くんは私に背を向けて、屋上から出て行く。
「返事は、今度、聞きに行くからな。覚悟しときー。」
そういって。
END