眠る王子
菊竹 健太郎。
彼は私ー野々村 穂乃ーの席に座る、眠り王子。
「きーくーたーけくん」
休み時間になると、彼の机の周りは女子の塊になる。
私の席ももちろん、犠牲になるわけで。
少々、へこみながら校内にある自動販売機でアイスティーを購入。
自動販売機から教室までの往復で、大体、休み時間は終わる。
私の休み時間は、何て寂しいものなのか。
友達は役員の仕事や、部活の用事で基本、いない。
帰宅部の私は暇しかない。
暇すぎて逆に忙しい。
そんな適当な言い訳を勝手に作ったりしている。
教室前の廊下で、女子がばらばらと自分のクラスに戻るのが見えた。
ぴったり。
我ながらすごいと思う。
「今日もいいタイミング。」
ポツリとつぶやく。
さっき買ったアイスティーは、そんな私へのご褒美だ。
ご褒美なんかあげるから、菊竹くんの隣になって、少しずつ体重が増えているのだ。
「僕にも一口ちょうだい。甘いものなくて乾きそう。」
机に突っ伏しているはずの菊竹くんはこっちをじーっと見ながらいった。
「甘いものなら、そこに、いっぱい転がってるじゃん。」
私は菊竹くんの机にこんもりと載っているチョコやアメ、グミなどを見ていう。
「これ、僕の好きなものじゃないもん。」
それがほしいの。
菊竹くんは私が飲む間もずーっと見る。
「わかった。あげる。はい。」
くれるの?と一瞬にして顔がぱぁっと明るくなった。
私の中で菊竹のイメージががらんと変わった。
ただの突っかかりにくい人。
これがさっきまでのイメージ。
この人は、突っかかりにくい人ではなくて、本当は単純に出来ている人なのかもしれない。
みんながいう健ちゃんスマイル。
それは、今、私が見ているこのエンジェルスマイルのことだろうか。
彼のイメージが変わってからというもの、少しずつだが、打ち解け始めた。
話すようにもなったし、漫画の話で盛り上がることも多くなった。
しかし、近づけば近づくほど、気づくものがあった。
それは、彼が近くて遠い存在だということだ。
まぶしいほどの光を放つ星。
近くに見えてつかもうとするが、つかめない。
遠すぎる。
今の彼はそんな感じ。
いつも周りにかわいい子が集う菊竹くんと私ではもはや、生きる次元が違うのかもれない。
「野々村さーん?どうかしたのー?」
彼がとてつもなく甘えん坊だとうことが判明した。
お前は園児か!といいたくなるほどの甘えっぷりだ。
「ん?何でもない。少し考え事してただけ。」
私は菊竹くんの心配を振り切るように笑顔で答えた。
もちろん、隣では菊竹くんがまた、眠りの世界へ引き戻されている。
うとうとしながらも、寝るまいと目を大きくしてみたり。
見てたら可笑しくなってくる。
「・・・・ふふふ。」
小声で笑う。
なんせ、只今、絶賛鬼教師授業中なのだから。
「何が可笑しいのー?」
半開きの目をしょぼしょぼさせて聞く。
何をしてもかわいい人はかわいいんんだなと再確認。
「いっつも寝てばっかりいるよね。」
「寝るのが僕の仕事・・・みたいな感じだからねー。」
だんだん、ぽわぽわしてきた菊竹くんは左右にゆらゆらしだした。
その行動が可笑しくてたまらない。
必死で笑いをこらえる。
しかし、その静かな笑いが先生に聞こえていたらしく、怒られた。
ついでに、菊竹くんと二人で廊下に立たされた。
廊下に出されたのをいいことに、菊竹くんは廊下の窓から脱出を計った。
廊下の窓から外までの高さは普通に行き来できるくらいの高さである。
一階に教室があるのはいいことだ。
菊竹くんの後に続いて、校舎の裏にある草むらに来ていた。
こんなところ、あったんだ・・・と関心した。
「ここ、僕のオススメの日向ぼっこスポットなんだー。へへへ。」
草むらにごろんと横たわる菊竹くん。
私も座る。
風が心地よくて自然の涼しげな香りがする。
気持ちいい。
「わっ!」
私の太ももに頭を乗っけてくる菊竹くん。
「膝枕ぁ~。」
ぽやんぽやんとした言い方で寝る姿はなんとも言いがたい愛くるしい姿だった。
「僕、こんなお嫁さんいたら、毎日幸せだろうなーって思うなぁ。」
「お嫁さん・・・ね。私もこういう人があいてだったら、毎日、癒されるだろうなーって思う。」
・・・・うわ。
うわあー。
何、今、菊竹くんにつられて恥ずかしいこといっちゃってんの、私!
恥ずかしい、恥ずかしい。
今のはなかったことに・・・。
「あのね、僕、考えたんだ。野々村さん、僕のお嫁さんになってくれない?」
お嫁さん?
奥さん?
眠たくて、等々、寝言までいうようになったか。
「お嫁さんって、普通はお付き合いからはじめるんだよ。ここはちゃんと覚えといたほうがいいよ。」
いくら寝言といえど、付き合う前から結婚とかありえないから。
ちゃんと、正しいことを教えとかなくてはいけないからな。
「じゃあさー。付き合って。」
「それは、寝言ですか?」
私は一度、菊竹くんのほっぺをつねる。
「いひゃいよー!」
私は手を離す。
「何で、痛いことすんのさー。」
「寝言なら起こしてあげたほうがいいかなー、と。」
「寝言じゃないー!本気!」
本気?
何で私と。
「僕、野々村さん・・・・穂乃ちゃんが好き。」
照れるな~。
ん?
いや、待てよ自分。
照れる照れないの問題じゃなくて。
「本気で?」
「本気って言ったじゃんかぁ。」
頬をさすりながらいう。
「え・・・えっと・・・ん?あれ・・・?えー?」
私はパニックに陥った。
「付き合う。私と君が。」
こくりこくりとうなずく菊竹くん。
「付き合って?」
甘えた声で菊竹くんはいう。
そんな声でいわれたら、Yesしか答えがないじゃん。
「わ、わかった。」
「本当!?」
わーいわーいとはしゃぎだす菊竹くんを前に、私は今、夢の中にいるのかどうなのか。
不思議な感覚にあった。
菊竹くんは好きだけど・・・・。
好きだけど・・・?
この好きはどの好き?
私が思う菊竹くんへの気持ち。
ちゃんとした好きが見つかるといいな・・・・。
END