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魔装物語  作者: 888
7/8

嵐の中心

ルッセリア 大通り


 月光を受けて鈍色に光る外壁に包まれる要塞じみた都市にして王国――ルッセリア。内部の構造物も光の反射率の高い鉱石めいた資材で形成されており、厳かな印象を与えるには十分だ。

 しかしその一種荘厳を思わせる外観も、そこに生きる者たちの活気によって幾分柔らかみを取り戻す。夜の大通りはそこに面した酒場といった店舗の明かりに照らされていた。がやがやと雑多な話し声もまじり、その様はまさに繁華街のそれに近い。

 酌み交わされる強烈なアルコール臭に酒杯のかち合う硬質音は序曲。

 少し離れた店の奥からは落ち着きのある曲調の演奏が店内に流れる。国周辺に咲く風鈴花を利用した楽器を用いる音楽家たちの奏曲は長い夜を刹那に閉じ込める不思議なほどに落ち着いた調であった。

 会話に花を咲かせたい奴も落ち着いて夜を楽しみたい奴もこの大通り一つが叶えられないものはない。そんな、民衆の満足が窓から溢れる通りを一人の男が歩く。

 淡い光を帯びた石畳を鳴らす足音は硬く、そして鋭い。

 黒一色の衣に揺らめく炎。

 飲み込むような夜空の黒などではない、それは過剰なまでの自己主張を体現した放出する黒であった。燃えるような逆立つ炎髪。明らかに常人の域を超えたオーラ。そして、それを促す背中の黒き得物はこの地では見られない奇異な形状をしている。その禍々しさは不敵な笑みとなってこの街を蹂躙しにかかる。

 男の足を止めたのはちょうど、風鈴花の音色を放つ大人びた酒場。男は目を閉じ、寸刻の間沈黙に身を委ねるも早一転、僅かに切れ目を開いた口もとから漏れた笑声に拍車をかけてクツクツとただ笑った。

「足りねェ……足りねェよ」

 嘲笑混じりに放たれる呟きはもちろん誰に聞かれることもなく大気にかき消される。

 男の鋭い眼光はすでに解き放たれていた。猛々しく、かつ研ぎ澄まされているソレは獲物を狙う狩人の狂気と比べても決して劣らない。

 そして、その狂気ならぬ凶器と化した男は己の存在を誇示するかのように堂々と酒場へと踏み込む。

 マスターはその男の姿を訝しむが、それを完全に無視するように仁王立ちで対峙した男は叫ぶようにして宣言した。


「今この瞬間! お前らに世界を教えてやる! いっぺん死んでみるくらいの衝撃でもってなァ!」


 それが彼らにとって悪魔、否、邪神による死の宣告であったことは間違いない。そして、それを感取できた者は不幸にもいなかった。確かに彼らはこの後、世界を知ることになるのだろう。

 まったく、望んでいない形によって。


 そして――地獄の嵐がやってくる。




「今日はもう歩き疲れたし、そろそろ休もうぜ」

 くたびれた足をぶらつかせながら、意気消沈している千歳仁。陽は沈み柔らかな宵闇が空を染める頃、彼らはルッセリアへと到着していた。

 どうやら入国審査などのような厳密な取り締まりはないらしい。石門をくぐった後、すぐに騎士たちは姿を消していた。仁としては鎧を纏った屈強な戦士などがすぐ隣にいたのでは心も落ち着かなかったので特にそれを咎めはしない。むしろありがたい心遣いだとさえ感じたのであった。

 一方ノアの方では何やら納得いかないような様子でムスッとだんまりを決め込んでいる。

「おい、どうしたんだよ? 主賓扱いされなくてご立腹ですかお嬢様。どう見ても俺たちは貧相な旅人だろ? ここまで送り届けてもらっただけでも随分親切な騎士様たちだったと思うが」

「むしろその親切さがおかしいというか……。なんであんなとこにまで騎士が出張ってきてるのかしら。国外への派遣みたいなものでもなかったし、わざわざ巡回をするような場所でもないはずなのに」

「でも俺らを国まで送ってくれるってことは普通に治安維持とかなんじゃないか? 観光産業の廃れを回避するための送迎サービス、みたいな」

 どこであろうと治安の悪い地域には誰も立ち入りたがらない。自国民以外を対象とした商売を行う上では必須とすべき顧慮点ではあろう。

「観光?」

 しかし、ノアには観光という概念が特にないようであった。言われてみればそうであるが、魔物が闊歩する世界で呑気に観光に浸れる人間などそうはいないのだろう。ほとんどの者は皆、某の目的を持って旅をしているのだ。

「あー……いや、なんでもない。まぁ、考えてもわからないことを考えても仕方ないだろ。それに考えるならどこか落ち着けるところで考えないか? わざわざ国内で野宿とか出来れば遠慮したい」

 脱力しきった勢いのない息を夜空に吐き出す。見上げると月は盃に、星は溢れんばかりの光酒となって闇を満たしていた。仁が今まで見知った天蓋とは幾万メートルも隔たりを感じさせるどこまでも高い空がそこにあった。ふと、意識を吸い込まれそうになり、ぼーっとしていると服の袖を引っ張られることでようやく地に意識を落とし込めた。

「何してんの? 宿、行くんでしょ?」

 

 外界との境界を占める門から大通りまでしばらく二人は歩く。近づけば近づくほどに喧騒のような騒がしさが石畳を這って耳元へとやってくる。

 それは栄えた街の証ではなく、少々趣の異なるものであった。喧騒に対抗するようにもうひとつの爆音が耳を劈く。その音はどこか機械的で、およそ人の発する声とはとてもじゃないが思えない。

「おい、これ歓声じゃないだろ。こんな街だと大掛かりな喧嘩の一つも珍しくないのかね」

 そんな戯言を言ってのけたのだが、その後目に飛んできたものに言葉を失うことになる。

 仁の目に飛び込んできたのは何らかの建造物、石で造られたそれは特にこの街においてありふれたものであり、特に珍しくはない。しかし問題はその場所にある。

 完全に飛んでいた。

 宙を舞う建造物。上昇を続けるそれは遠く彼方へと飛んでいったのである。

「…………今なんかすごい物が空を飛んでた気がするんだが」

 ノアの目には一体どう映ったのであろうか。仁はノアを横目に窺うも、ノアは仁とは異なり上空ではなく地に沿って視線を向けていた。

「気のせいではないみたいね」

 そう言って指す先、距離は遠いがなんとか視認できる、不自然に出来上がった小さな空き地。すし詰めにされた建造群の中で出来上がった謎の空洞。

 周囲には気を失い倒れた住民が散見される。騒いでるのは主にそこから少し離れた目撃者で、直接の被害者と思しき者達は夜の静寂に身を横たえていた。

「魔物……じゃないよな」

 懐からコンタクトレンズを入れた瓶を出して確認するも、特に変化は見られない。

「あれだけの外壁に騎士団もいる。この国に魔物が入る隙はないわ。でも何か嫌な予感がする。チトセはそのレンズを着けておいて、どのみち魔力絡みに違いはないでしょうから」

 ノアはどうやら諸悪の根源を正しに行こうというつもりらしい。ノアには困っている人を見ると助けずにはいられないとか、危険を承知の上で悪に立ち向かうとか、その手の過剰な正義感に囚われる傾向にある。

 初めて会った日と同様に先行するノアに溜息をつきながらも仁も戦いに備え、瓶から二枚のレンズを摘み取るのであった。

「あいつこの世界で勇者にでも就いてるのかね――ん?」

 この新奇な現象を前に仁はどこか既視感ならぬ何かを感じ取った。それはこの世界で出会うことのないはずのもの。

 それは――。



 大通りを進めば進むほど爆音は増し、そしてそれは音としてではなく空気の振動そのものとなって肌を打つ。いつしかその振動は風と化し、ノアがその空き地へと着く頃には完全に嵐となっていた。暴風域に入ると今までの爆音が嘘のように掻き消えたかのように錯覚させられる。

 眼も開けていられぬ暴風に見舞われながらもノアはなんとか薄目ながらに元凶を見極めた。

 嵐の中心――渦巻く風ではっきりと捉えることは難しいが、色としては黒。そして、風の奥に覗く揺らめく焔。

「な、なんなのアレ……! 魔物なの……?」

 掠め取る程度にしか情報を手に入れることができず、ノアの脳内ではこの眼の前の光景が果たして魔物によるものか、そもそも生き物ではない現象そのものであるのかさえまともに判断できずにいた。

 懐に差した日本刀を即座に引いて構えるも、どこへ切り込めばいいかすらわからない。焦燥によって煽りを受けた未熟な思考が誤った選択へと彼女を駆り立てる。

「くっ……とにかく、動くしかない……! ハァッ……!」

 勢い込んだはいいもののすぐさま彼女の足は疾風の横薙ぎに取られ、同時に生じる突風によって突き飛ばされる。その勢威は強く小柄な彼女を向きあった酒場の石壁に激突させられるには十分すぎるほどであった。

「あっ……!」

 浮かされた身体に踏ん張りは利かず、為す術もなく吹き飛ばされていく銀髪の少女。

 

 しかしそれ以上の衝撃が彼女を襲うことはなかった。

 いつの間にか後ろに控えていた仁がノアの小さな体躯を受け止める。

「あんた……毎回毎回あたしがやられるの待ってるんじゃないでしょうね」

 ジト目で尋ねるノア。

「ノアが勝手に先走るからだろ」

 暴風域など意にも介さぬ涼しげな顔を浮かべる仁には余裕すら窺える。

「……で? どうするわけ? あんなのあんたの魔眼(仮)でもどうしようもないでしょ」

 赤眼と化した仁の視界は魔力の流れを見切る。しかし、言ってしまえばそれだけである。干渉する力でもない限りこの嵐をどうにかできるわけがなかった。

「まぁ……どうにもできないし――どうもしないよ」


 ――――。


「――は?」

「いや、だから何もしないって」

「何言ってるの! このままじゃ被害が大きくなる一方よ! 食い止めなきゃ……!」

 ノアにとってもわかる。これは特殊な魔装を持つ仁であっても手も足も出ない状況だ。だからといってそれでスッパリと諦められる状況ではない。少なからず力を持っているのだ。その力を持つものにはそれ相応の責任、義務が伴うものであるというのがノアの持論だ。ノアの手にあるのは一本の刀剣だけであるが、その意思を持って今までを生き抜いてきた。いくらでも面倒事はあったが、見て見ぬふりなどしてこなかった。そしてそれこそが彼女の持ちうる最大にして最高の誇りであったことは言うまでもない。

「止める必要はないな」

 仁の今までただ魂の抜けたような虚ろな瞳が冷酷に染まっているかのように彼女は見た。

 ギリリと歯を噛み締め仁の腕から身を振りほどく。

「お、おい――」

「離して! あんたがやらなくたってあたしはやる。いいえ、やらなきゃ」

 風に揺さぶられながらも一歩ずつ前へ。仁の右手が肩を掴む。

「だからやめとけって」

「なんで!? 被害者がそこにいるのよ! 見過ごすことなんて出来ないんだから!」

「同じ被害者になりたくなかったら待っとけ」

「被害者を増やさないためにやるの。あたし一人で他の大勢が助かるならそれでいい!」

「少なくとも今のこの嵐じゃ被害者はもう出ない」

 言い放つその言動にノアは瞬刻、言葉を失った。

「な、なんでそんなことが言えるわけ? あんた逃げたいあまりに適当なこと言ってるんじゃないの?」

「なんとなくなんだが……この現象の原因には察しがついてる」

 原因を突き止めている。その発言にノアも反応せずにはいられないが、それでも険悪な態度を崩しはしない。

「な、何? その眼で何か見えるの? でも、原因がわかってるなら尚更、手を考えて対策を取るべきよ!」

「べつにこれといって特別なモノが見えたわけじゃない。それに何をする必要もない。ここであと少し聞いてればいい」

「聞く?」

 この嵐の中で何を聞こうというのか。ノアには理解不能だった。暴風の吹き荒ぶ轟音しか聞こえない。

「とにかく、おそらく三十秒もすれば事件は解決だ」




 最高の気分を味わった後の余韻に酔っていた最中だった。今までとは違う高揚感に包まれていたことは確かだ。環境が違えばこうも違うものかと痛感させられる。

「おい、あんた」

 声を掛けられようやく現実へと回帰する。

 そうだ、人前であった。今日のステージの感激を伝えるファンだろうか。

「おぉっと、サインなら後にしてくれな! アンコールなら――」

「自分が何したか――わかってます?」

 ん、言っていることがよくわからない。なるほど、文化的にアウトとかそういう話か?

「音楽はグローバル! 世界共通の感動ッ! そんなんじゃあ――って、あァ!? なんじゃこりゃ!」

 瞼を上げてみるとそこには凄惨極まりない光景が広がっていた。体温がぐっと下がってくる。なぜか肌が寒々しい。

 入った酒場が跡形もなく消え去っていた。まるでハリケーンにでも襲われたかのようだ。自己陶酔している間に一体何があったのだ。

 通りに佇む少年から遠巻きに声が飛んでくる。

「誠に残念なことに世界が共通してなかったんですよ、お兄さん」




 端的な結果で言うならば、仁の言葉通り街中に突如現れた嵐は消え去った。そしてその元凶であると思われる青年もまたそこにいた。

 燃えるような赤炎の頭髪を除けば全体的にシルエットは黒。

 革ジャンに黒のパンツ。それだけならばスッキリとしたものだが、チェーンが何重にも掛かっていたり、首にかけた髑髏のペンダントトップを付けたネックレス。明らかに装飾過多だ。

「お兄さん、ロッカーって奴? というか、日本人?」

 ギター抱える青年のあまりにもテンプレートな風貌に質問せずにはいられなかったようだ。そもそも仁は今の現代にロッカーで通じるのかも知らなかったが、何分接点の無い存在だ。

「んんぅ? ああ、俺、日本人! お前も? そして何が、起きた!? 衝撃的なイベントがあったのかァ!?」

どうやらその青年は日本人のようだが仁にとってその青年に対する印象は異世界人と大差はなかった。

「どこから説明すればいいものか」

 説明に窮していると、いままでに黙っていたノアが割り込んだ。ビシッと青年を指さすと豪胆にも声を荒げる。

「あんたのせいなのよ! これだけ騒ぎを起こしておいて知らんぷりはないでしょ!? 何があったのよ?! 何をしたのよ?!」

 ノアは何かしらの事件性を感じたのだろう。本来のこの世界における出来事として考えるならばそれで妥当であったのだが、今回はその例から漏れる異常事態であることにまだ気付いていなかった。

 青年はギターをケースにしまい込み、背負うとこちらに歩いてくる。

「俺はただ、しけたバーに衝撃的なマイソウルを叩きつけたってだけよ!」

 多少混乱はしているものの地の陽気さを失わないその態度はベクトルこそ違えど異世界にやってきた頃の仁に共通する普遍性でもあった。

 一歩歩く毎に靡く髪は月光を受けて人間松明と呼んでいいくらいの鮮やかさを放っている。そこらに人が倒れているというのにその姿に一切目が行くことがない。明らかに変人奇人である。

「さっきしまった変な武器……魔装よね? 明らかに奇怪な物体だった。なんなの、一体」

 確かにこの世界においてエレキギターなどお目にかかる機会など存在しないだろう。

「嬢ちゃぁん。今時、エレキ知らないのォ?! こんな片田舎じゃしゃーないか? いや、ここどこよ?」

 互いは平行線に疑問が膨らむばかりで一向に話が進まない。

「とにかく、どこか落ち着ける所で話をしたいものですけど……そうもいかないですね」

 ハッと気付いたようにノアがあたりを見回す。

「オイオイオイオイィ! なんだあれ?! 騎士?! なんだよスゲーな!」

 ハイなテンションになっているのは空気の読めないハードロッカー一人。

 当然ここまでの騒ぎを起こせばこの国にいる魔装騎士がやってこないはずがなかった。すでに通りは全面包囲されているようで燐光を放つ鎧の群れが壁と化している。

 犯人ではない仁とノアにとっては助け舟、ということだろうか。その割にはどうにも敵意をひしひしと身に感じる二人であった。

 騎士隊長と思しき最前に立つ男が怒声をかます。

「貴様らは完全に包囲されている! 一歩も動くな!」

 包囲網は刻一刻と狭まってくる。

 ノアは首だけを仁の方に回し、仁もノアと目を合わせる。

「おい今……」

「ええ……」


「あの騎士……貴様『ら』って言ったよな」


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