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魔装物語  作者: 888
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ゼロから

「助かった」

 馬一匹で引けるような小柄な馬車。四人も乗れたら充分なのではないかとも思える空間の中に仁はいた。仁の他には三人。一人は綱を握る女、あとの二人は男で仁と同じように馬車の中に座り込んでいる。男が休んで女が働く構図はこの世界において当然のものなのだろうか。

 仁がどことも知れぬ草原から行動を開始して早数時間になる。太陽が沈む頃には街道らしき場所へ出たはいいものの、道先を照らす明かりもなければ街の明るさも皆無であった。途方に暮れつつも馬車と出会えたのはまさに救い以外のなにものでもなかった。


「いやぁ、今日はついてるぜ! 久々の収穫だな!」

 乗り合わせの一人、小太りの男が快活に笑顔を浮かべる。仁よりも年上のように思えるが、それを感じさせない活力が彼には流れているようである。

 馬車など乗ったこともなければ見たこともなかった仁は頭の整理がつかず一人黙り込み思索に耽っていたのだが、その陽気そうな男の話しかけやすい雰囲気につられて口を開いていた。

「あなた方は商売か何かを?」

「そうさ! 生き抜くためにゃあ売らなきゃならねぇのよ」

 にこやかな笑顔に気圧され仁は目を背ける。そこに隣に腰掛けているもう一人の男が言葉を投げかけてくる。

「というか、アンタあそこで何してたんだ?」

「そう! 俺もそれが聞きたかったんだ! あれじゃまさに飛んで火にブヘッ――」

 小太りの男に対面から蹴りをお見舞いすると、男はまたスラスラと喋り出した。

「それにその奇妙な格好見たことないが。アンタどこの者だよ? 何も持たずに旅ってわけでもないだろう」

 この世界に違和感を覚えている仁同様に、彼らにもまた仁は異様に映っているのだろう。男は訝しむような値踏みするよな視線を横目に送ってくる。

 仁にとってここで何をどこから、どう説明すべきか思い悩んだ。男たちの服装は多少みすぼらしく汚れてはいるものの、確実に現代における私服とは言いがたいものであった。全体的に簡素でメーカーなどの印字などは見られない。仁はここにいる人間と自分の中にあるものには根本的に異なっているものを感じた。それを確認するために一つの疑問を投げかける。

「ここは一体、どこなのかご存知で?」

 その質問は二人の男たちには想定外だったのか、きょとんと目を丸くしている。

「どこって……なにがだ?」

「ここはどこの国ですかね?」

 彼らの姿はどう見ても日本人とは思えないが、時間と空間は分離できるものではない。これが時間旅行で太古のヨーロッパにでも飛ばされたとも考えられるのだ。しかし仁の予想は裏切られることとなる。

「いや、ここは国じゃねえだろ? 俺たちはさっき国から出てきたばっかさ。まあ、イルドくらいしかここらには国はねえぞ」

 イルド。仁の聞きなれない単語が脳内を駆け巡る。そもそも世界史に通じていない仁に過去の国名に関する知識など求めようがないが、その浅い知識の中にはそのイルドという国名はなかった。時間旅行でないとすればもはや仁のいた世界とは全く異なる『異界』ということになる。

 仁はそれから彼らに何一つ具体的な説明をしなかった。彼らの知らないモノを説明できる自信がなかったからである。



 馬車に揺られること1、2時間。ようやく辿り着いたところは小さな村というよりもただ店や家屋が雑然と散らばった統率のとれていない場所であった。おまけに夜闇に呑まれて消えてしまいそうなほど寂れた印象を受ける。 

 時刻はわからないものの、村の様子を窺うに寝静まる頃に間違いはあるまい。そこで仁は手持ちに金銭が全くないことに気づいた。このままでは村に着いたのにも関わらず野宿をするハメになってしまう。

「さぁ、宿へ行くよ」

 今まで特に口を開かなかった御者台に座る女が行き先を告げる。

「あの、実は今手持ちが無いのですが」

「気になさんな。どのみち一部屋借りるんだ。アンタもそこで寝るといいさ。もともとその予定だったしね」

 この住人は親切に親切を掛けた良人なのだろうか。しかしこれで仁の不安はあっさりと解消された。

 この狭い村で宿までにはものの数分、木造の古びた三階建ての建物がそれだった。

 入り口付近でパッパと手続きを済ませると女からルームキーを渡され、せっせと二階へと上がった。部屋は四人にしてはさすがに狭く感じる広さであったが、仁には感謝こそあれ、文句など微塵もなかった。

 ベッドは2つしかなかったので当然二人は床で寝ることになり、金さえ払っていない仁にベッドを主張する傲慢さはなかったのだが、譲りに譲られ窓際のベッドに眠ることになったのである。彼に正常な思考能力が残っていたとしたならば、きっと気付いていたはずだ。しかし、見知らぬ世界に放られたばかりの彼のすり減った思考はただ睡眠を欲していた。眠りに落ちるのには5分ともかからなかった。




 朝日は昇り、朝独特の透き通る空気に輝く朝露の雫。窓際から指す太陽光に照らされ仁は爽やかな目覚めを迎える――はずだった。なにかがおかしかった。不快感はない。むしろ気持ちいいくらいの朝だ。

 否、気持よすぎる。清々しすぎるのだ。

 度の超えた快感というものは時に不安を煽る。


 自分に何が起こっているのか。


 気付くのに時間はいらなかった。


「服が……無い」

 

 仁は目覚めるとパンツ一丁だった。

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