ノスタルジックな中学の校舎で、俺は妻に伝えたいのだ。
夫婦で息子の部活説明会に行った時に感じた事を、短編にしました。
実際の出来事じゃなくて創作ですよ、念のため……。
息子が中学に進学した。
地方都市のナンバースクールの末番。明るく元気で、文武両道な生徒の育成をモットーにしているらしい。
土曜の昼前。俺と妻は、息子が入った自然科学部の保護者説明会で、初めて校舎に足を踏み入れた。
全てがミニチュアサイズに感じた小学校と違って、中学校は少しだけ背伸びした雰囲気が漂う。
校庭から聞こえる運動部の掛け声と、時々思い出したように鳴り響く、気の抜けた金管楽器の音。
まるであの頃の放課後に迷い込んだみたいだった。
解放された理科室では、年間の活動スケジュールと予算の用途についての説明が、苦手だった数学の授業みたいに味気なく続く。
あくびが出そうな俺と違って、真剣な顔で耳を傾る妻は、もらった資料に細かく要点をメモしている。
妻は真面目ちゃんだ。
きっと、学生時代も真面目だったのだろう。
一つ年上の妻とは、友達の紹介で知り合い、今に至る。映画を観て涙を流したり、漫画を読んでケラケラ笑ったり――色んな妻の姿を知っているのに、真面目にペンを走らせる妻の姿を、俺は初めて見た。
説明会が終わり、家路に着く父兄の流れから外れて、俺は階段の踊り場で立ち止まった。
壁に貼られた『卓球部、部員募集!』の貼り紙に、当時卓球部だった俺は妙なノスタルジーを覚えたからだ。
「どうしたの?」
階段を降りかけていた妻は、俺が立ち止まった事に気が付いて、引き返す。
「いや、中学校のこの雰囲気、懐かしいなって」
「ん」妻も貼り紙に視線を移し、そに隣の『学年便り』を軽く目で追って「そうだね」呟く。
妻はどんな中学生だったのだろうか?
今みたいに真面目な顔で、黒板の文字を追っていたのだろうか?
それとも、まだ幼さの残る眼差しで、昼前の空に浮かぶうろこ雲を眺めていたのだろうか?
もしあの頃、俺と妻が同じ場所で、同じ時間を過ごしていたのなら――どれだけ沢山の思い出が生まれたのだろうか?
友人カップルに誘われて行った魚民の座敷席で、緊張気味に笑う妻と出会えたからこそ、俺達は今、こうして並んでいられる。
それは十分理解してるし、あの出会いに運命を感じない日はない。
でも、静かな校舎の懐かしい空気が、俺の思い出を包み込み、ありもしない郷愁へと狂わせていく。
「あの、あゆみ先輩……」
俺は柄にもなく、真剣な顔で妻を見つめ――
「好きです。俺と付き合ってください」
それは文脈を蹴っ飛ばし、そのまま土足で踏み付けたような、バカバカしい言葉に響くだろう。
でも、もし今と異なる過去が存在し得るのなら、俺はきっと、静かな校舎の隅っこで、同じ言葉を伝えたに違いない。
「は?」
妻は心底困惑した顔で、怪訝そうに俺を見る。
俺は負けじと胸を張る。
この気持ちには、一片の曇りもない。
「バカ言ってないで、早く帰ろ?」溜め息を吐くと、妻は階段を駆け降りていく。「早く帰って、祐一にお昼作んないと――」
「あ、俺、洗濯物干しとくよ」
「任せた」
振り向かずに、親指を立てる妻。
二人並んで校門を出る。
部活帰りのジャージ達に紛れつつ、俺は妻の手を取ろうとして――
そして、完膚なきまでに拒否されたのだった。
お読みいただきありがとうございま(*´Д`*)
懐かしい感情に突き動かされて書きました!




