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ノスタルジックな中学の校舎で、俺は妻に伝えたいのだ。

作者: 幕田卓馬
掲載日:2026/05/09

夫婦で息子の部活説明会に行った時に感じた事を、短編にしました。

実際の出来事じゃなくて創作ですよ、念のため……。

 息子が中学に進学した。

 地方都市のナンバースクールの末番。明るく元気で、文武両道な生徒の育成をモットーにしているらしい。


 土曜の昼前。俺と妻は、息子が入った自然科学部の保護者説明会で、初めて校舎に足を踏み入れた。

 

 全てがミニチュアサイズに感じた小学校と違って、中学校は少しだけ背伸びした雰囲気が漂う。

 校庭から聞こえる運動部の掛け声と、時々思い出したように鳴り響く、気の抜けた金管楽器の音。

 まるであの頃の放課後に迷い込んだみたいだった。


 解放された理科室では、年間の活動スケジュールと予算の用途についての説明が、苦手だった数学の授業みたいに味気なく続く。

 あくびが出そうな俺と違って、真剣な顔で耳を傾る妻は、もらった資料に細かく要点をメモしている。


 妻は真面目ちゃんだ。

 きっと、学生時代も真面目だったのだろう。


 一つ年上の妻とは、友達の紹介で知り合い、今に至る。映画を観て涙を流したり、漫画を読んでケラケラ笑ったり――色んな妻の姿を知っているのに、真面目にペンを走らせる妻の姿を、俺は初めて見た。


 説明会が終わり、家路に着く父兄の流れから外れて、俺は階段の踊り場で立ち止まった。

 壁に貼られた『卓球部、部員募集!』の貼り紙に、当時卓球部だった俺は妙なノスタルジーを覚えたからだ。


「どうしたの?」


 階段を降りかけていた妻は、俺が立ち止まった事に気が付いて、引き返す。


「いや、中学校のこの雰囲気、懐かしいなって」


「ん」妻も貼り紙に視線を移し、そに隣の『学年便り』を軽く目で追って「そうだね」呟く。


 妻はどんな中学生だったのだろうか?

 

 今みたいに真面目な顔で、黒板の文字を追っていたのだろうか?

 それとも、まだ幼さの残る眼差しで、昼前の空に浮かぶうろこ雲を眺めていたのだろうか?


 もしあの頃、俺と妻が同じ場所で、同じ時間を過ごしていたのなら――どれだけ沢山の思い出が生まれたのだろうか?


 友人カップルに誘われて行った魚民の座敷席で、緊張気味に笑う妻と出会えたからこそ、俺達は今、こうして並んでいられる。

 それは十分理解してるし、あの出会いに運命を感じない日はない。

 

 でも、静かな校舎の懐かしい空気が、俺の思い出を包み込み、ありもしない郷愁へと狂わせていく。


「あの、あゆみ先輩……」


 俺は柄にもなく、真剣な顔で妻を見つめ――


「好きです。俺と付き合ってください」


 それは文脈を蹴っ飛ばし、そのまま土足で踏み付けたような、バカバカしい言葉に響くだろう。

 

 でも、もし今と異なる過去が存在し得るのなら、俺はきっと、静かな校舎の隅っこで、同じ言葉を伝えたに違いない。


「は?」


 妻は心底困惑した顔で、怪訝そうに俺を見る。


 俺は負けじと胸を張る。

 この気持ちには、一片の曇りもない。


「バカ言ってないで、早く帰ろ?」溜め息を吐くと、妻は階段を駆け降りていく。「早く帰って、祐一にお昼作んないと――」


「あ、俺、洗濯物干しとくよ」


「任せた」


 振り向かずに、親指を立てる妻。


 二人並んで校門を出る。

 部活帰りのジャージ達に紛れつつ、俺は妻の手を取ろうとして――

 そして、完膚なきまでに拒否されたのだった。

 

お読みいただきありがとうございま(*´Д`*)

懐かしい感情に突き動かされて書きました!

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― 新着の感想 ―
なんという現実的で生々しい話なのでしょう……! そこでノってあげた所で誰かに目撃されていたらとても恥ずかしいとは思いますけどね……。 面白かったです!
えーと、多分、これが「幸せ」ってもんじゃないのでしょうか。
オチに創作みを感じないのは気のせい?笑 たまにあの頃のアオハルを思い出して……なんてノスタルジーな気持ちが湧いていて……ちくりとふわりと甘酸っぱさ感じるロマンチスト風な気持ち……読むとほほうとおもい…
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