05.宇宙人は、検証する
公園の夜が、静かにほどける。
透子が眠りに落ちたのを確認してから、
ジュンキチは静かに立ち上がった。
空間の端が、わずかに歪む。
次の瞬間、そこは夜の公園へと切り替わり、
もう一つの“存在”が立っていた。
ジュンキチと同じく、人を再構成した姿。
だが再現度は低く、
整った顔立ちにもかかわらず、視線の焦点がどこにもない。
「処理は完了した」
事務的な声が告げる。
「殲滅派一体。
こちらで消去した」
ジュンキチは、振り向きもしなかった。
足元の空間が、静かに開く。
そこから、崩れた肉体が浮かび上がる。
――先ほど、こちらを狙ってきた存在だ。
ジュンキチは、指先を軽く弾いた。
肉体が再構成される。
形を成し、意識が戻る直前で――
砕け散る。
「功を、焦りすぎた」
淡々とした声。
再生。
破壊。
再生。
破壊。
ペンを回すような軽さで、
同じ行為が繰り返される。
処理を代行した中立派の知性体は、
何も言わず、それを見ていた。
「“透子さん”とは接触した」
ジュンキチは、破壊と再生を続けながら報告する。
「抑圧された欲求を開示した」
「この、指を絡めた」
「“側にいる”と提示した」
一拍。
「だが、まだ妄想の再現。模倣。ロールプレイ」
「自然と動かない。“愛”は、まだ定義できない」
肉体が、また砕ける。
「配偶者に理想を求めた結果」
「間接的とはいえ、死因の一部に加担していたと知り」
「彼女は、取り乱した」
再生された殲滅派が呻く前に、消える。
「数十億の個体の中の、たった一人に」
ジュンキチの手は、止まらない。
中立派が、低く問い返す。
「それで?」
ジュンキチは最後に殲滅派を再構成し、
今度は完全に停止させた。
――ペン回しは、そこで終わる。
「なら」
静かな声。
「その数十億の生存を、彼女一人に委ねた時」
「彼女は、どんな顔をするのか」
中立派の知性体が、わずかに間を置く。
「人類の維持を、個体に託す気か」
「“今は”」
ジュンキチは微笑んだ。
それは、透子に向けるものとは、
まったく違う笑みだった。
「俺は殲滅派じゃない」
「だが、維持派でもない」
「お前と同じ、中立だ」
殲滅派の痕跡が、完全に消える。
「峯島透子という一個体が、その状況を知った時」
「そして、峯島透子以外の生存個体が、その事実を知った時」
「その膨大な数は、彼女に選択を迫る“敵”になるだろう」
一拍。
「それでも――愛を語るのか」
ジュンキチは、透子の家の方角を眺めて
「もし、俺がその状況を後押ししたと知っても」
「それでも彼女が、俺に“愛”を貫くのなら」
視線を戻す。
「それは、"学習"に値する」
中立派の知性体が、低く告げる。
「騒ぎが大きくなれば、殲滅派は増える」
「減らせばいい」
ジュンキチは、手のひらを前にかざすと
次の瞬間、透子の部屋に戻っていた。
六畳一間のワンルーム。
消し忘れた照明が、柔らかく床を照らしている。
布団の上で、透子は眠る。
呼吸は浅く、
けれど規則正しく、
先ほどまでの涙の痕も、夢の中に溶けている。
ジュンキチは、しばらくその寝顔を見下ろしていた。
そっと、指先を伸ばす。
触れるか触れないかの距離で、
一瞬だけ迷ってから、
額にかかった髪に、かすかに触れた。
透子は、身じろぎひとつしない。
拒絶も、受容もない。
ただ、眠っている。
――この状態であれば、制御は作動しない。
その事実を、内部で記録しながら、
ジュンキチは小さく息を吐いた。
「これから、よろしくね」
囁くように、
けれど確かに、名を呼ぶ。
「“透子さん”」
返事はない。
ただ、穏やかな寝息だけが、
部屋の中に続いていた。




