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時間眼鏡と孤独な少女

私は旅をしていた。船を繰り海を越え、たどり着いたのは絶海の孤島。うっそうとした森には、人も動物も存在しなかった。まさに孤島と呼ぶにふさわしい。島の自然を楽しんでいると、森の奥に建物が建っていることに気が付いた。荒廃した民家が一軒だけぽつりと立っている。

私はドアをノックし、中に入ってみた。荒れ果てていて、人が生活している気配はない。あったのは椅子と机と、数冊の本と…妙な眼鏡。机の上にゴテゴテとした装置が付いた眼鏡が置いてある。丸いダイヤルのようなものが取り付けられていて、ずっとかけておくと頭が疲れそうだ。

眼鏡が置いてある机には、文字が刻んであった。「このめがねは、むかしのけしきがみえるんです。」

昔の景色…よくわからなかったが面白そうに感じた私は、試しにその眼鏡をかけてみた。どうすればいいのだろうと、カチカチ眼鏡についている装置をいじってみる。

付属のダイアルを大きくぐいんと回した。すると、突然、目の前に少女が現れた。笑顔で椅子にすわり、本を読んでいた。

驚き声をあげながら眼鏡を取ると、その少女も視界から消える。また眼鏡をかけると、その少女も現れる。

なるほど…昔の、景色。荒れ果てた家の中で、楽し気な少女がいる景色をみることができた。心なしか、部屋の様子も今より荒れはててはいない。これが眼鏡の力。私は眼鏡の力に興味を持ち、しばらくこの島の昔の景色を…彼女の生活を観察してみることにした。


彼女は毎日、一人ぼっちだった。こんな絶海の孤島に人はそうそういないだろうが…毎日をこの壊れかけた民家で過ごしていたようだ。

彼女の生活は毎日同じルーティンの繰り返しだった。

朝起きると、森に出かけるところから彼女の一日は始まる。今日の食事用の木の実を取りに行くのだ。この島は人や動物こそいないようだが、今も昔も自然は豊かだ。食べ物には困らなかったのだろう。私も彼女と一緒に木の実を取って食べる。

ご飯を済ませると彼女はそのまま、腹ごなしにおさんぽをする。さっき居た森をそのまま歩き回り、そのまま海辺まで出て島を一周するように砂浜をぐるっと回る。彼女の背を追ってついて回ってみたが、小さな島とはいえ結構な距離で、少し疲れてしまった。大した体力をしている。

その後、彼女はやることもなく、家に帰り本を読む。そうしているとだんだんぼんやりしてきて…そのまま眠りについてしまう。

彼女が読んでいる本は私がこの部屋に訪れたときもあった本だ。有名な冒険譚の小説。彼女よりももっと前に住んでいた人が置いていったものだろうか?この眼鏡で限界まで過去をさかのぼって見ても、少女が一人でいる時点までしか見られないようなので…真相はわからない。ひょっとすると彼女は…生まれてからずっとこんな生活をしているのかもしれない。


彼女はずっと一人きりだったが、毎日明るく笑顔で過ごしていた。退屈な日々を少しでも楽しく過ごせるように、日々を工夫していた。

例えば、森の中で木の枝や石ころを拾い上げ、集めていたこと。気になったものを拾ってみてはうんうんとうなり、やがて納得したように気に入ったものを持ち帰る。彼女の中で何かしらの基準があるのだろう。彼女のお眼鏡にかなったものは部屋に持ち帰られ、しばらく机の傍に飾られるのだ。彼女にとっての宝物なのだろう。

また砂浜を散歩しているときは、ぴょんぴょん跳ねながら踊っていることがあった。のびのびと腕をおおきく振って体を動かしている。そうしているとき、彼女は口を大きく開けて声を出している様子だった。歌いながら踊っているようだ。この眼鏡は映像しか見られないので、どんな歌かはわからない。ただ唇の形だけが、風に揺れているようだ。

しばらくぴょんぴょん跳ねていた少女は、やがて疲れたのか砂浜に大の字になって横たわる。はぁはぁと息を荒くしながら、笑顔で静かに空の上を見つめていた。


そんな日々が続いたある日、彼女は砂浜であるものを見つける。

ゴテゴテした装置が付いた眼鏡…過去が見える眼鏡だ。びしょ濡れになっている…海から流されてきたのだろうか。

彼女はそれを拾いあげ、顔にかけてはうんうんうなっていたが…やがてその機能に気が付いたらしい。顔がぱぁっと明るくなる。退屈な毎日を過ごしていた彼女に、こんな面白いおもちゃが手に入ったのなら、嬉しくてしかたないだろう。

彼女は眼鏡を片手に島を駆け回った。色々な場所でダイヤルを回し、見たことのない景色を見ようとした。しかし、すぐに彼女は曇った表情になる。しばらく遊んだあと、彼女は眼鏡をはずして使うことはなかった。

なぜ使うのをやめてしまったのか、私にはわからなかった。だが、少しして気が付いた。どれだけ過去をさかのぼって景色を見ても、彼女の瞳に映る景色に変化がないのだろう。この島は彼女一人以外、誰もいないから変化がない…あるとしたら、彼女が一人で過ごしている姿だけ。レンズがあってもなくても変わらないのだ。


彼女はその後もしばらく、いつものような生活を送っていた。この島に刻まれた過去と同じような生活を送る。笑顔で楽しそうなその姿が、とても痛々しく見えた。

そんなある日のこと。少女は眼鏡を見ながら考え込むような顔をした。そして、何かに気が付いたように、ぱぁっとはじけるような笑顔になった。眼鏡を片手に、どたどたと砂浜まで走っていく。

いつもの砂浜にたどり着くと、彼女は眼鏡を付ける。にぃっと歯を見せて笑って後ろを振り向いた。足で、砂浜に何かを書き出す。何を書いているのか、私は砂の模様を見た。

よく見ると、それは文字のようだった。ゆっくりとゆっくりと、一文を書き出す。

『これ だれか みえてる?』

それは、明らかに誰かに対する問いかけだった。彼女はつんつんと眼鏡を触り、にぱっと笑う。

そうしてまた、新しい文字を刻み始めた。書き終わると、少し照れくさそうにとんとんと足踏みして、足元を示した。

『わたし ともだちが ほしいの』

少女ははにかみながら、真っすぐと前を見つめていた。彼女の視線と私の視線が交わったような気がした。そうか。彼女は将来この島を訪れて、この眼鏡を使う誰か…私に対して、言葉を伝えているんだ。

彼女はまた足もとに文字を刻む。

『わたしのこと ともだちに して』

そう刻んだ後、彼女は声をあげるように大きく口を開け、手を振って踊りだした。

そこで、ようやく私は気が付いた。よく砂浜でこんな風に舞っていたのは…海の向こうの誰かに対して必死に呼びかけようとしていたのだ。自分はここにいるよと。誰かに見つけてほしくって踊っていたんだ。

彼女はずっと寂しかった。誰かに会いたくって、会いたくって。そのためにずっと生きていたんだ。

私は、彼女と一緒になって踊った。この眼鏡は過去しか見えない。彼女にこの景色が見えているわけじゃない。それでも、一緒になって踊りたくなってしまった。

彼女と私は何時間も必死になって踊った。彼女は、今まで見た中で一番、楽しそうないきいきとした笑顔をしていたと思う。

やがて彼女は砂浜に思いっきり倒れた。私も同じように大の字になって砂浜に寝転がる。こうしていると彼女の息遣いが伝わってくるような気がした。波の音に混じって、かすかに笑い声が重なった気もした。

私はゆっくりと眼鏡を外す。眼鏡を通さずとも、同じ青空が目に映っていた。


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