心の声を聴く人
教室のざわめきの中で、奈緒は一人、誰かの「声」に意識を向けていた。隣の席の子が小さくため息をついたこと、前の席の男子が喉を鳴らしていること、窓の外で先生が誰かに注意している言葉の調子――そういった「声」が、奈緒の頭の中で勝手に広がっていく。
(あの子、さっきより声がかすれてる。…泣いてたのかな)
人の声が気になる。話の内容よりも、その声の揺れや沈み、張りや曇りに敏感だった。けれど一方で、誰かと向き合って会話をしているとき、自分がちゃんと「聞けていない」ことに気づくこともある。うなずくけれど、心がついていかない。目の前の言葉が、どこか遠くのもののように感じるときがある。
そんな自分が、少しだけ嫌いだった。
放課後、図書室の隅で本を読んでいると、不意に「声」が聞こえた。
「……ねえ、奈緒って、今、何考えてるの?」
それは声がするはずのない場所、頭の中――いや、胸の奥のほうだった。
(私……今、自分のことでいっぱいいっぱいだ)
「うん。いいよ、それで。自分の声を聞いてあげて」
奈緒はふと笑った。人の声ばかり気にしていたけれど、本当は自分の心の声をずっと聴き続けてきたんだ。人の声に敏感なのも、自分が「声」というものを通して、感情を感じようとしていたから。
「それって、悪いことじゃないんだね」
静かに本を閉じると、奈緒は立ち上がった。次に誰かと話すとき、自分の心の声を聞きながら、その人の声にも耳を傾けてみよう。そうすれば、きっともう少しだけ近づける。
「話を聞く」って、きっと、声と心を両方感じることなんだ。