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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
第1章 Grasp all , Lose all. 1 1995年 春 亘編
9/62

本木にまさる末木なし3 The first is the best.

 座り心地の良い革張りのソファ、間接照明の柔らかな灯り。

 心地よいBGMは、ショパンのワルツ、あ、子犬のワルツか。

 

 まぁ、何処をどう見ても高そうだ。

 ローテーブルを挟んだ向かいの席に座り直したら、先程の女の子が床に膝を付いてメニューを広げてみせてくれた。 

「何になさいますか」

 

 うおおぉ、メニューに値段がない! 

「好きなの頼んでいいよ」 

「好きなのって」 

「あ、ウイスキーダブルで」 

 そう女の子に言うと、こいつはロックでと勝手にオーダーされた。 

「会員のゲストは基本ドリンクはフリーなのよ」 

 

 カラカラと音がして樹が何やら乗ったワゴンを押して来る。 

「これ、まー爺のね」 

 といってワゴンからマッカランのボトルを取りテーブルに置く。

 続いて慣れた手つきでグラスにアイスを入れ、山崎の12年ものでロックを作ってくれた。

 

「わーちゃんはこっちね。平川さんはいどーぞ。チェイサーは麦茶持ってきました」 

 むぎちゃ? ウイスキーのチェイサーに麦茶。麦に麦ってか。

 

「いっちゃん気が利くなぁ。ありがとう」 

「かんぱーい」 

 と陽気に先輩が言う。

 ウイスキーを二口ばかり喉に流しこみ、チェイサーの麦茶をコレまたうまそうに飲む。

 

「わーちゃんも、これ美味しいからどーぞ」 

 そんじょそこらの麦茶じゃないんだよと、樹が入れてくれた麦茶のグラスを先輩が僕の前に置いた。

 

 グラスを持つと煎りたての麦の香りが漂ってきた。

 なんだコレ、香ばしくて。 

「うまっ」 

「職人さんが焙煎した本物の麦茶だぞ。それをちゃんとやかんで煮出したら、こうなる」 

 確かに。珈琲と見紛う濃さだ。

 3人で麦茶談義してたら、カウンターの方が何やら賑やかになってきた。

 


「おっといけない。たぶんまー爺だ。平川さん、行ってきます」 

 げっ。

 

 トイレに逃げようとしたら、出迎えに行った樹がまー爺を連れてきた。

 はえーよ、樹。


「平川ちゃん、ごめんごめん。急いで食ってきた。まだ紅緒はデザート食ってるが」 

 そう言いながらこちらに歩いてくる。

 良かった、まだ来ないんだ。

 

 来る前に挨拶して帰ろっと。

 先輩が立ち上がったので僕もコレ幸いと立ち上がる。

 

「あれ、亘くんじゃないか。何だ、平川ちゃんが言ってた人って君だったのか」 

 と僕の方へ歩いてきた。

 

「まーちゃん、日向をご存知だったんですね」 

 先輩が自分の席をまー爺に譲ろうとする。

「平川ちゃん、わしはホスト側だよ。やだよ、上座なんざ」 

 と笑いながら、僕を先輩の隣に押しやり安心したように僕を見上げた。

  

「さて、じゃ改めて」 

 とまー爺が名刺を僕に名刺を渡してきた。

 笠神ビルの名刺をもらう。

 その肩書きに驚いた。

 いっつも神社周辺に居て、よく遊びに連れて行ってもらってたけど。

 

「どうだ、驚いただろう。これが必殺遊び人の名刺だ」 

「遊び人の名刺、初めていただきました」

 捧げつつで名刺を頂くと、まー爺はえっへんと、おちゃめに胸を張り僕を見上げる。 

「わしが名刺を渡すまでになったんだねぇ。大きくなったねぇ」

 

 僕は苦笑いを浮かべた。

 ええ、見てくれだけは大きくなりました。

 僕も会社からもらった名刺をまー爺に渡す。 

「ほー、インターンねぇ。見習いみたいなもんか」 

「そうです。平川先輩の付き人ですよ」

 

 ほれ、座ってと言われ僕らはソファに腰掛けた。

 笠神不動産って紅緒のばーちゃんの会社だよな。

 まー爺が役員って大丈夫か。

 

「必殺遊び人って」 

 不思議そうに先輩が僕とまー爺を見る。 

「だってわしの仕事って昼間暇じゃない。だから」

 

「実際遊んでたじゃん、ね」 

 そう言いながら樹がマッカランのロックを作り、まー爺に渡す。 

「そのお陰で、おまえら色んな所へ連れて行ってやっただろうが」 

 確かに、長期休みや週末なんかよく連れ出してくれたっけ。

 子供ぞろぞろ引き連れて、面倒見のいい人だよな、今だにお世話になってます。

 おっといけない。帰るんだった。

 

「まー爺、会って直ぐで悪いけど、僕そろそろ……」 

 そう言って席を立ちかけたら聞き覚えのある声が響いてきた。

 

「居たーーーーっ」 

「あ」

 

 紅緒がわずか数メートル先に立って、こっちを指さしている。

 何だかとても怒ってるようだ。 

 ツカツカと歩いてくるが、それが次第に足早になり。

 うっそ。

  

 勢いよく僕に抱きついてきた。

 屈んだままの僕に紅緒が抱きついてきた。

 受け止めた僕にとってもうこれは、抱きとめるというより抱擁に近いんじゃね?

 

 こんなに華奢だったっけ。

 

 こんなに頭、小さかったっけ。

 

 こなに泣き虫だったっけ。


 紅緒の懐かしい香りが、鼻腔を満たす。

 

「わーちゃん。何してたんだよう」 

 ここで僕の意識はぶっ飛んだ。 

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