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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
Grisp all , Lose all. Ⅰ 1995年 春 亘編
9/45

本木にまさる末木なしⅢ The first is the best.

 革張りのソファ、柔らかな間接照明、どこを見ても高そうだなぁ。

 

 向かいに座り直すと、女の子が膝をついてメニューを広げてくれた。


「何になさいますか?」


 ……値段がないよ、これ。


「好きなの頼めよ」


「好きなのって……」


「俺はウイスキーダブルで」


 迷ってるうちに、こいつはロックでと勝手に頼まれた。  


「会員のゲストはドリンクフリーなのよ」


 カラカラと音を立てて樹がワゴンを押してきた。


「これ、まー爺のね」


 マッカランのボトルを取り出し、慣れた手つきでグラスに注ぐ。


「わーちゃんはこっちね。平川さんもどーぞ。チェイサーに麦茶持ってきたよ」


 麦茶? ウイスキーに?


「いっちゃん気が利くなぁ」


 先輩はそう言ってウイスキーに口をつけ、麦茶を一口のんだ。


「はい。ワーちゃんもどうぞ」


 そう言って、僕にも麦茶を出してくれる。


 グラスを持つと、何だこの香ばしい麦の香。


「うまっ」


「職人焙煎の本物の麦茶だぞ。やかんで煮出すとこうなる」


 確かに、コーヒーみたいな色だ。


 麦茶談義してると、カウンターの辺りが急に賑やかになってきた。


 「おっと、まー爺だな。平川さん、ごめんね。ちょっと行ってくる」


 げ、もう来たのかよ。逃げ場が無いじゃん。


 トイレに逃げようとしたら、樹がまー爺を連れて戻ってきた。

 早いよ。


 「平川ちゃん、ごめんごめん。急いで食ってきた。紅緒はまだデザートだ」


 良かった、まだ来ないんだ。今のうちに帰ろっと。


 先輩が立ち上がったので、僕も便乗して立ち上がる。


 「あれ、亘くんじゃないか。何だ、平川ちゃんが言ってたの君だったのか」


 まー爺が近づいてくる。バレてしまったよ。


 「まーちゃん、日向を?」


 「平川ちゃん、わしはホスト側だ。上座なんてやだよ」


 ほれほれ、と先輩の隣に押し出されてしまった。


 「さて、改めて」


 まー爺が名刺を渡してきた。

 笠神ビル。肩書きを見て目が丸くなった。


 遊び人のはずなのに。


 「どうだ、驚いたろ。これが必殺遊び人の名刺だ」


 「初めていただきました」


 僕も名刺を差し出す。


 「ほー、インターンか。付き人みたいなもんだな」


 「そうです、そうです」


 樹がロックを作ってまー爺の前のコースターに置く。


「必殺遊び人は、昼間っからマジ遊んでたよね。夜は夜で出歩いてて」


「そのお陰で、お前らいっぱい遊びに連れて行ってやっただろう」 


 確かに、子供引き連れていろいろ連れて行ってもらったなぁ。

 今だにお世話になってます。


 そうだった、うかうかしてたらあいつが来るよ。


 「まー爺、すみません、僕そろそろ――」


 立ちかけた瞬間、声が飛んできた。


 「居たーーーーっ!」


 「あ」


 紅緒が立っている。指をさして怒った顔で。


 歩いてきて、足早になって、飛びついてきた。


 屈んだ僕に勢いよく抱きついてきた。


 抱きとめた僕にとって、もうこれは抱擁でいいなじゃね。


 腕に感じる体温。

 紅緒の香り。


 ――こんなに華奢だったっけ。


 ――こんなに泣き虫だったっけ。


 「わーちゃん、何してたんだよ……」


 頭が真っ白になった。

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