落花流水の情1 The love that flows with the current.
「何かあったのか」
崇直の肩を掴む手に力が入ってしまう。
「ねーよ」
肩を揺すられ組んでた腕を、乱暴に解かれた。
「そこは安心しろ」
ふん、と顎を上げ先を歩きだす。
数歩歩いて、確かめるように後ろを振り返る。
あっと思って、僕も後ろを見た。
紅緒が楽しげに大笑いしながら、田中と何か話をしてた。
「適当な男と一緒に飲み歩くようになって、まー爺がキレてさ」
へ?
何だよそれ、何もねー訳じゃねーじゃん。
「それで、|シンデレラでアルバイトさせることになったんだ」
「あ」
「おまえさぁ直樹が死んだ後、紅緒と距離取ってたから知らなかっただろ」
「……っ」
息を吞んだつもりが、なぜか冷たい塊が腹に落ちていく。
肝が冷えるって、これかもしれない。
はは、僕ってホント何してたんだろう。
自分の馬鹿さ加減が、どう繕ったって補いようがないや。
呆れてものが言えないって、僕の事だわ。
崇直の言う通りだ。
そーだよ。
紅緒が進学後、どうしてたのか。
どうして、文転したのかも。
知ろうともしなかったよ。
いつも、遠くから見てるだけだった。
「わーちゃん」
急に名前を呼ばれ、僕の心臓が飛び跳ねる。
マジで心臓に悪いわ、あぁびっくりした。
僕を呼びながら、紅緒が駆けてきた。
「……何、どうした」
意を決して振り返ったら、紅緒が真上を指さして聞いてきた。
「あれって、北斗七星だよね」
はい?
何だよ、そんな事か。まだ心臓が高鳴ってるよ、君って奴は。
相変わらず、何考えてるか全く予想も付かないな。
そこが面白くて、目が離せないんだけどね。
自然と顔が緩むな。
紅緒も微笑んで、「あれあれ」と空を指してる。
「そうだな。ほら、あれが北斗七星だから」
目線を合わせるため紅緒の横に立ち頬を近づけたら、紅緒の頬が触れてきた。
「……北斗七星のひしゃくの口、分かる」
「うん」
そう言いながら、どんどん体を寄せてくる。
長い事放っておいた僕を、君は昔と変わらず相手をしてくれるんだね。
「先頭の星とその次の星の長さを指で測って、先頭の星から五倍すると……」
「えっと、指で合わせて……」
「星があるでしょ、分かる?」
「あ、あれ?」
「あれが、北極星だ」
「えーっ、あんなに小さかったっけ」
頬がくっついた状態で、こっちを向くから。
「3等星だからね、暗いよ……」
僕は星を見てるしかないじゃないか。
ったく、もう。
「そっか。白鳥座とか、乙姫と彦星分かる?」
また頬をくっつけて、空を見る。
ありがとう。でも、もう限界だ。
「ああ……」
僕は腰を伸ばし、天を仰いだ。
「ベガ(織姫)はもう登ってるんだろうが」
紅緒が触れるほどそばにいるよ。
「ここからじゃ、位置が悪くて見えないな」
全天を見たくて、視点を決めたまま体を回した。
紅緒がそれに合わせて付いてくる。
ちょっと下を見たら、真似して天を見ているようだ。
「白鳥座とアルタイルはまだ下の方だよ」
「都内に戻ったら見えないか」
そう言いながら、視線を僕に戻す。
「空もここほど広くないからね」
家に来れば、いつでも望遠鏡を出して一緒に見れるんだよ。
何だって、君が望めば僕は叶えるために……
「分かった。ありがとう、わーちゃん」
お礼を言ったら、あっさり田中の元へと戻っていく。
なんだよ、それ。
「ナオトせんぱーい。北極星分かったよ」
崇直がこっちを見た。
「夏の大三角形が気になったみたいだ」
「は? なんで今頃」
と呆れたように笑いながら、後ろの二人を見る。
「さぁ、空を見て思い出したんじゃね?」
崇直も歩きながら、空を見上げる。
「でかいな、北斗七星」
「空って広いんだよ。あの飛行機が飛んでるんだから」
「だな」




