恋愛は銘々稼ぎ1 Love finds its way.
徹夜明けの、お互い妙なテンションで保守チームとハイタッチを交わす。
「お疲れさまでした」
「お疲れ~っ」
「亘、よくやった」
「イエーイ」
「ご苦労! 頑張ったな」
「ゆっくり休んでくださ~い」
最後に手を振り見送ると、みんな毛布にくるまったまま笑顔で答えてくれた。
いったん部署に戻って、仮眠を取るそうだ。
おっと、そうだった。
クライアントへ提出用の仕様書およびマニュアル、ドキュメントもまとめないと。
「とちったモジュールなんですが、流して大丈夫ですか」
「ああ、あれね。良いよ。そこから流しな」
「ありがとうございます」
コンソール直だぞ、今度こそ頼むぞ。
「翻訳の方、その間に片付けちゃいな。できたら持って来て」
「先生は?」
「お前さんのジョブ見届けて、早川が来るまで待機だよ」
「急いで、大至急で翻訳仕上げます」
「うん。できたら持っておいで。ここから送れば早いぞ」
やった! さすが先生。
「行ってきます」
ラボに戻り、昨夜の続きに取り掛かる。
毛布を脱ぐと、急に寒気がしてきたぞ。
ううっ、寒っ。体が冷え切ってたんだ。
再び毛布にくるまる。
先生、大丈夫かな。
残りの小銭を集めて、先生へコーヒーを持っていった。
翻訳の方は、先輩が分かりやすく仕分けしてくれたおかげでサクサク作業が進む。
結局FD3枚に分け、保存することになった。
仕様書、マニュアル、そしてドキュメント。
時間を見たら、もうすぐ6時だった。
FDを3枚、握りしめてサーバ室へ向かう。
「お疲れ~。できたの?」
「はい。できました」
先生にFDを見せる。
「ジョブはそっちで確認して。終わってると思うよ」
「ありがとうございます!」
まずは一枚目をワークステーションに突っ込んで、中身をサーバに読み込ませる。
仕様書、マニュアル、テスト用のドキュメント。
ファイル名も、いかにもな英語の羅列ばっかりだ。
ログインして、相手先のサーバに接続。
こっちの共有ディレクトリから、英国側のサーバへアップロードする。
進捗バーがじわじわ伸びるのを見てる間、ファンの音だけがサーバ室に響いていた。
無事アップロードが終わり、ラボに戻りジョブの確認をする。
「お疲れ。モジュールも無事復旧したな」
先輩の声が背中からした。
入り口に先輩が立っていた。そこから画面が見えたようで安心したような顔をしてる。
「サーバ室へ行ってくる」
「先生が待機してますよ。体冷えてると思うから早く出してあげてください」
そう言うと、先輩は分かったと片手を上げ、あの人らしいなと言い、顔を引き締めた。
今日1日休みをもらい、僕は愛車にまたがって自宅へ戻る。
熱いシャワーを浴びて、ベッドにもぐり込んだ。
電話の呼び出し音で目が覚める。
窓の外を見ると、すっかり日が落ちていた。
「はい、日向です」
「ああ、俺、平川」
電話は先輩からだ。何か起きたのかと考えたら、完全に目が覚めた。
「よく眠れたか」
「はい? 今、電話で目が覚めました」
「今まで寝てたのか」
軽く笑われる。
「これから、シンデレラに顔を出すんだが来るか」
え? 今から……時計を見たら、午後9時だった。
「い、行きます!」
駅を通り南口へ抜け、まだまだにぎやかな繁華街を通り抜ける。
道、ここで合ってるよな。
ちょっと不安になりながら歩を進めると、あったよ!
ライトに照らされた、立派な格子戸が。
2階に上がると、ママが笑顔で迎えてくれた。
「あら、いらっしゃいませ日向さん」
「こんばんわ。先日は……」
と言いかけると、そっと肩を抱かれ耳元でささやかれる。
「お気になさらず。あれは、樹が悪いんですよ。あんなモノ、日向さんに出すから」
? と顔を上げるとママが言った。
「出したお酒、ロンリコって言う度数75%のお酒なんだから」
えっ。75%って。ほとんどアルコールじゃないか。火をつけたら燃えるじゃん!
樹のやろうっ。
「誰だって、ひっくり返ります」
そう言うと、ニコッと笑う。
それから、カウンターではなく奥の席へと案内された。
今日も上品な着物で、笑うとやっぱり目元が紅緒そっくりだな。
カウンター前を横切りながらそっちを見たら、誰も居ないようだ。
カウンターから右手には万年青が上に植えてあるパーティションがある。
その向こうは、団体用の長テーブルの席があり、座り心地のよさそうなソファが、両サイドに三つあしらわれている。
あ、今日は空席だ。
パーテーションに沿って、奥へ入る。
今度は、視線を避けるように変形のパーテーションで区切られて、別のブースが右手に作られていた。
そんなに広くはないが、レイアウトで上手に仕切られた空間は、狭さを感じない造りになっていた。
広々と配置された向かい合わせで2人ずつ、座れるソファの席が見えた。
多分、初めて来た時座った席だ。
その反対側は個室になっていた。
「あーっ、来た来た」
樹の声がする。
「わーちゃん、こっちこっち」
見ると、個室の入り口の奥、パーテーションのドラセナ越しに樹が立ち上がり、手招きしている。
よぉ、と手を上げると樹が嬉しそうに笑った。
その下あたりに、紅緒の頭と多分挙手した手が見える。
「日向さん、どうぞ」
ママに促され、席へ案内される。
ところが、僕はあいつがどんな顔してるのか、気になって顔を上げられない。
足元を見ながら席まで歩いてしまったよ。
「日向、今日はお疲れだったな」
平川先輩がこっち座れ、と自分の席の隣を手で叩く。
「こんばんは」
挨拶をして座ると、目の前に、身を乗り出した紅緒が満面の笑みで待っていた。
「おっす。わーちゃん」
えへへと照れ笑いを浮かべてる。
あはは、何がおっすだ。手刀を切るんじゃないって。
「おっす」




