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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
第5章 Grasp all , Lose all. 3 1995年 夏 亘編2

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縁は異なもの味なもの5 Strange Ties and Sweet Bonds.

 昨日先輩が持ってきたドキュメントの束は、大型クリップでまとめられ、デスクの上に設計書、仕様書、マニュアル類と仕分けられている。

 

 しかも昨夜のうちに、追加翻訳の箇所まで付箋でマークしてくれていた。

 メモには英文チェックの依頼が走り書きされている。

 ――たぶん、念のためだ。


 英国(クライアント)向けの仕様書とマニュアルは、平易英語プレーンイングリッシュが基本。

 一文はできるだけ短く、簡潔に。

 これは、ネイティブではない技術者でも理解できるようにと配慮された結果だ。

 ところが、意外と日本人にはこれが難しいらしい。


 英語がある程度できると、比喩や専門用語を入れたがるうえ、文法まで凝ってしまう。

 しかも、日本人は受け身表現が大好きだ。

 これらはすべてNG表現とされ、翻訳チームから上がった原稿は、まず先輩がチェックすることになっている。


 FD(フロッピーディスク)をドライブに差し込み、昨夜の作業を確認する。

 先輩はこのプレーンイングリッシュの翻訳が驚くほどうまい。

 ネイティブですら、意外とこの“平易さ”は難しいのに、だ。

 紅緒が言っていた「やさしい日本語」に近いのかもしれない。


 内線の呼び出し音で、集中を断ち切られた。

 ……サーバ、復活したのかな?


「日向か。こっち来て作業手伝ってくれ」

「はいっ!」

 呼ばれちゃったよ。心臓がバクバクいってる。


「ひうがぁ~、前回のテストのやつ、実践するぞ!」

 受話器越しに山下助教授(せんせい)の怒鳴り声が響く。

「だから叫ばなくても来るから……」

 先輩の情けない声が聞こえてきた。

「……すぐ行きます!」


 僕は受話器を置き、ラボから飛び出した。


 サーバ室に入ると、体全体をひんやりとした空気が包み込む。

 明るい照明の中、サーバが納められたダークカラーのラックが整然と並んでいた。

 1列にだいたい7つのラック、それが1メートル間隔で奥に向かって整列している。

 広さはざっと、20畳敷きの部屋くらいか。

 そしてコレ、独特な機械臭とファンの音。

 

「日向、こっち」

 と先生の声の方を向くと、コンソールを背に嬉々として椅子を回して、こっちを見ていた。

 さすが、先生ったらしっかりパーカー着込んでるよ。

 それとは対照的に、先輩が何とも悩ましい顔つきで腕組みをしてその横に立っている。

 目線の先では、保守点検チームが、コンソールで作業をしていた。


「日向、例のサーバの物理的並列処理の実装許可が出たよ」

「え、あれ今からやるんですか」

 先輩に会釈をして先生の所へ行く。

 

「ジョブスケジューラを調整したら、まずテスト用ジョブを一台に流すよ」

「分かりました」

「それから動作を確認で問題なければ、複数サーバへジョブを振り分ける」

 そう言うと先輩の方を見る。

「了解っす」

「ひらかわ~、それでいいよな」


 先輩がああと応え、僕にこっち使えと空いてるコンソールの前に座らせた。

「直接コンソールでたのむわ。実際この方が早いしな」

 うわぁ、コンソールで直かよ。

 思わず両手をキーボードの上でグーパーしてしまう。


「じゃ、日向パイロット作成頼むよ」

 先生が僕の肩を叩いた。

「了解っす」

「んじゃ、俺はここはお呼びじゃないから、ラボで翻訳の続きやっとくよ」

 そう言って先輩はサーバ室から出て行った。

 

 が、しばらくしてコーヒーを持って戻ってくる。

「ここ、寒いからな。これ飲んで、温まって。山ちゃんも宜しく」

 先生にも同じくカップを渡し、じゃと今度は本当に出て行ってしまった。

 確かに、シャツ一枚だと長袖でも冷えてきたよ。


「スケジュール、ここに組んどくからな」

 コンソールで作業している人員へ、聞こえるように先生が声を張る。

 ホワイトボードに、簡易版のガントチャートを作成していた。

 壁のフックへそれを吊るす。


 なんだこれ?

 項目が、ひらかわ、亘、保よし、保ただし、保つとむ、保きよし、あたし。

 いや、名前ですよね、これ。 分かりやすくて良いけど。

 あたし?

「保よしって何ですか?」


「保守チームのあの人。義男さんのよし」

「はい、僕です」

 と右端の人が挙手をする。

「で、あっちが保ただしの正さん」

「正です」

「僕が勉です」

「あ、オレ潔っす」

 と作業中の保守チームの人が手を上げて、僕に教えてくれた。


 いつの間に手なずけたんですか。

 と先生を見たら、得意満面の笑み。

「みんないい子たちで助かる。じゃ、作業開始」

 そう言って、一本拍手を打った。

 手の音が凛と響き、皆の気が引き締まるのが分かった。

 

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