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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
第3章 Grasp all , Lose all. 2 1995年 夏 亘編
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逢いたいが情、見たいが病6 Love longs , and longing aches.

 久々に美味しいフランス料理をいただいて、大満足だな。

 みんなも幸せそうな顔して、紅緒なんか照れながらシェフと握手までして、

「手が温かい」

 と左手まで添えてたからな。

 

 それに崇直の杞憂をよそに、予算内であの料理は最高だよ。

 田中、やるなぁ。


「さて、オレらもそろそろ帰るが」


 おいこら、何言ってるんだよ崇直。

 司法研修所に連れて行ってくれるんじゃなかったのかよ。


「お前らマジで付いてくる気?」


「うん。行くよ」


 と紅緒が当たり前じゃんとでも言いたげに答えた。


「え、司法研修所に来るの? 中入れないよ」


 田中が驚いたように言う。


「だって先輩、最高裁の機関なんでしょ、そこ。それだけでも興味湧くじゃん」


 あんな研修所を見てもと不思議がる田中に、紅緒は普通の人はそんな機関があることさえ知らないんだよと言っていた。

 そんな敷地内に入れるってだけですごいじゃない、と言ったが崇直も多分田中もそんな特別意識はないみたいだった。

 

 さて、その研修所だが崇直の話だと、去年庁舎が出来たばかりだという。

 施設としても新しいようだ。

 ますます興味が湧くよね。


 和光駅に着き、バスに揺られ、目的地「司法研修所前」で下車する。

 同じバスに何人か崇直たちの同期も乗っていたようで、つかず離れずな距離で一緒に歩いて門まで向かった。


「へー、学校とも違うし、独特なピリッとした感じがするね」


 紅緒が感心しながら正門のゲートを見ていた。

 必要ないときは閉まっているらしい。

 崇直たちはその脇にある小さい入り口から入るようだった。

 

 崇直が背中のリュックのポケットから紐付きのIDカードを出して首からぶら下げる。

 田中も同じように透明なホルダーに入れられたIDカードを首にかけていた。


 それを見た紅緒が見せてと、カードを手に取る。


「崇ちゃん、目の焦点が合ってなーい」


 どれどれ。


「これって、寝起きの顔じゃね?」


 うっさいなと、取り上げられた。


「見るもの見たらさっさと帰れ」


「ええぇ、笠神の写真って寝起きだったんだ」


 と田中がIDカードに手を伸ばしたら、すかさず(はた)かれていた。


「だから、うるさいって田中」


 図星だったんだ、まぁ頭が爆発してないだけ良かったか。


「紅緒、その奥の庁舎が去年落成したやつだってさ」


「崇ちゃん、あの建物に入って勉強するの」


「ああ、研修室があるからね。主に新庁舎で座学は受けてるよ」


 そう言って紅緒の視線に合わせるように屈むと指さしてなにか話しだした。

 僕も便乗で崇直の隣に立つ。

 そしたら田中が横から庁舎の説明をしてくれた。


「満足したか」


 聞かれて紅緒がうんとうなずく。


「じゃ、オレら行くから。またな」


「ありがとう、崇ちゃん。ナオト先輩も」


「べーちゃんまたね。日向も」


「ありがとう、田中」


「帰りは……」


「あたしら歩いて帰るから、お散歩コースにちょうど良さそうだし、ね」


 紅緒がそう言うと、崇直は軽くうなずいて片手を上げた。


 それから二人は脇の入り口で首から下げたカードを守衛に見せ、中に消えていった。


「行っちゃったね」


「うん。僕が入ってた学校の寮よりチェックが厳密だな」


「わーちゃんの学校って寮があったんだ」


「全寮制だったからね」


 そう言うと紅緒はへー、と頷き僕を見上げた。


 うわ。

 紅緒、お前何散歩とか言ってんだよ。

 二人きりだぞ。

 バスで良いじゃんよ。


 バツが悪くなり、視線を外して門前のゆるい下り坂に歩を進めた。


「わーちゃん」


 不意に呼びかけられ、僕は一瞬飛び上がったじゃないか。


「なに」


 ゆっくり振り返る。

 すぐ後ろに紅緒が立って僕を見上げていた。

  

「和光駅まで歩くか、ちょっと足伸ばして成増まで行くかどっちにする」


 え、おまえそのまま僕がしゃがめばキスする距離だぞ。

 いいのか。

 するぞ。


 屈みかけたその時、紅緒がすっと僕の手を取った。


「冒険ついでだから、成増まで歩こう、ね。わーちゃん」


 だから引っ張るなよ。

 それじゃ引率される子供だから。

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