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あぶはちとらず  作者: 井氷鹿
第2章 Fall between two stools. 1 1995年 春 崇直編
29/61

入り日よければ明日天気5 Red sky at night, sailor's delight.

修正しました。

 あっさり刷り込みされおって、単純すぎるんだよ。

 あの日から続く、オレの涙ぐましい努力をどーしてくれんだ。

 直樹の大バカタレときたら、やっとこれからって時に。

 あーーっ思い出したら、くっそ腹が立ってきた。


 ちくしょう、夜が明けちまうじゃないか。

 今日は裁判記録読んで、起案の課題である判決文書かにゃならんのだよ。

 寝るぞ、寝る寝る。

 1時間でも、30分でもいい。寝るぞ……

 

 


 今週で司法研修所での座学が一旦終了し、オレたちは実務研修に入る。

 10人前後の班に分けられ、4分野、民事裁判、刑事裁判、検事、弁護士の4つに実務を分け各2ヶ月ごとにローテーションで回ることになるんだ。


 何の因果かオレの班は刑事裁判修習が最初に当たってしまった。

 しかも田中付きで。

 配属先は第1希望の本庁『東京地方裁判所』だ。

 希望者多数の大人気派遣先だったが、田中がキチッと引き当てたようで、そこは感謝だな。

 今週でここともお別れとなると、どこか名残惜しい気がしなくもない。 


「疲れてない笠神」

 寝不足なだけだ。原因の半分はお前だけどな。

 さて、研修室に来たは良いけど他の班の連中も大変そうだなぁ。


「酔っ払いって、どうしてこーも喧嘩っ早いかね。直ぐ殴る」

 思わず愚痴りたくなる。

 模擬とは言え、刑事の事件って傷害多くね。

 酔っ払いがぶつかって殴る。酔っ払いが店内で気に入らない客を殴る。

 学生同士で酔ったほうが絡んで殴る。

 

 どこまで進んだ、田中よ。

 オレは今までの起案がずばーーーっと浮かんできて、酔っぱらいがうっとおしくなってきたぞ。


「酩酊状態で路上で殴打とか? 一緒に飲んでて酔った方が絡むとか? こっちは絡まれたほうが傘で殴ってる」

「おー、出た逆パターン」

「こっちはお尻触られたOLが鞄で相手の顔を殴打。相手が怒って傷害で告訴だって。鼻の骨折ったらしいけど、このおっさん会社役員なのにねぇ。後先考えないって、ホントばか」


 ははは、それ言えてる。


「社内でやらかしてる。あ、女性の体を同意無しで触ったのはコミュニケーションですって。常習犯みたい。ほんとにもう」

 ため息混じりに但馬女子。

 模擬裁判記録とはいえ、実際起きた事件が元だけになんとも滑稽で脱力してしまうよね。


「鉄拳制裁されて当然、そう思いません笠神さん」

「そこは裁判官殿、名裁きでギャフンと言わせてくださいな」

 但馬女子は、キリッとした笑顔で答えてくれたよ。

 彼女は検事か判事か、なんかそっち系の匂がするんだよね。


 週が明け、あっという間に実務修習オリエンテーションの日を迎えてしまった。

 来週からオレたちは本庁『東京地方裁判所』に出頭だ。


「で、なんでおまいらがここに居るんだ?」

 荷物をまとめ、田中と司法研修所の門を出たら。

「よぉ、崇直。田中さんも」

 心臓に悪いじゃないか、このやろう。うっれしそうな顔しやがって。


「崇ちゃんお疲れ〜。ナオト先輩お誘いありがとうです」

 ナンダと、と田中を見たら。

「言ってなかったっけ。今日でしばらく行けないから予約しといたんだ、先生の店」


 あ、なるほどね。

 ここじゃなんだからと、門から脇に避ける。


「今日はお祝いってことで、じーちゃんから軍資金たんまりもらってきたよ」

 と紅緒が肩にかけたショルダーをぽんぽんと叩く。


「しっかり呑めますよ、先輩も」

「俺まで、いいの」

「いいのいいの。ママも久しぶりに遊びにおいでって言ってたよ」

 ああ、直樹の親友だったからな。よく来てたわ、そー言えば。


「ところで、オレまだ研修真っ最中なんだが」

「帰って来るじゃない、それがみんな嬉しいのよ。家から通うんでしょ」

 なるほど。母さんの弁当持参で出頭か。


「あ、いっちゃんは昼間はひろよちんと夜はバイトでパスだって」

 はいはい、樹のことはどーでもいいよ。ムカつくから。

 それより、なんかすごい視線集めてる気がするんだが。

 振り返ったら、門から出た司法修習生らがなぜかみんなこっちを振り返って団子状になってる。

 牛歩並の速度で、とろとろ歩いてはいるが。


「亘、あっちみて愛想笑いしとけ」

「はぁ?」

 といいつつ、こっちを見ているだろう相手に軽く頭を下げた。

 ま、今のお前はご機嫌だから、愛想笑いは要らないか。


「じゃ、そろそろ行くか」

 と紅緒の横に立ち、さり気なく腰に手を添える。

「笠神、ざわついてるぞあっち」


「崇ちゃん、手繋いで良い?」

 何でそうなる。と思うまもなく、紅緒がオレの手を握ってきた。

「じゃ、駅までみんなで歩いていこっか」


 あ、今日はオレと直樹の誕生日だ。


第2章 Fall between two stools.1 1995年 崇直編 春 終

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