入り日よければ明日天気Ⅲ Red sky at night, sailor's delight.
「叔母ちゃんたちは」
答は予想してた。でも、オレは聞かざる終えなかったんだ。
祈るような気持ちでバックミラーに映る父を凝視した。
「ダメだった」
父は前を見たまま、かろうじて聞こえる声で教えてくれた。
病院へ着くと先に来ていた輝じいと看護師が夜間入口で待っていて、父と母と何か話していた。
そのまま両親はどこかへ連れて行かれ、オレらは輝じいとエレベーターに乗った。
紅緒の両親が亡くなったと言われてから、オレの思考は停止していたと思う。直樹も樹も同じ思いだったと思う。
あれから誰も口を利いていない。
手術室のある3階でエレベーターを降りた。そこから続く廊下の先に、両開きの手術室へのドアがあった。ドアの前の長椅子に座っていた紅緒のばあちゃんがオレらに気づくと立ち上がり、輝じいにすがりついて泣き出した。
それを見てオレの頭に『ダメだった』という父の言葉がよぎる。
だから絶望的な顔をしていたんだと思う。
同じ様に表情を失くした直樹と樹に向かいばあちゃんが言った。
「手術はうまくいったって。とりあえず峠は越したって」
それを聞いてホッとしたところへ、手術室のドアが開いた。
脇に避けたオレらの前を、ストレッチャーに乗せられた紅緒が通り過ぎていく。
看護師に誘導され、オレらは紅緒とは違うエレベーターでICUへ案内された。
小さな紅緒の頭は包帯でぐるぐる巻にされていた。
いたるところから管が伸び、機械に繋がれたような状態で、薄い掛布から覗く肩も腕も白い包帯で巻かれていた。
口から一際太い管が出ていて、これが紅緒だと言われても、にわかに信じられなかった。
オレの母とゆりおばちゃんは、周りから姉妹と間違われる程仲が良かった。
ゆりおばちゃんはおっとりした母と違い、よく通る声の持ち主で、話しが上手く豪快に笑う人だった。
二人の付き合いはうちの神社でのバイト以来だから、父より長い付き合いになる。
友人だからって理由だけじゃなく、母は紅緒の入院当初から退院したら親代わりになると決めていたらしい。
紅緒の家は不動産会社を経営している。
家の神社の管理を始め都市開発からビル管理、料亭付きの会員制クラブまで、よく分からんが、手広くやっている。
紅緒のばあちゃんが社長をしていて、夫のまー爺は昼間はぶらぶらしていて、夜は飲み歩いている様な爺ちゃんだったから、当時は何をしているのかさっぱり分からなかった。
だから、必殺遊び人と自称してるただのジジイ程度にしか思ってなかったんだよな。
紅緒の両親はその会社の役員で、帰宅も揃って遅かった。
そのため週の大半を一緒に過ごしている兄弟同然のオレらだったから、一緒に暮らすことは寧ろ大歓迎だった。
ゆりおばちゃんにはキヌちゃんという妹がいた。
件の料亭付きの会員制クラブシンデレラのママで、割烹『灰かぶり』の女将さんだ。
料亭の大将は彼女の旦那さんで、利明さんという。
お見舞いにもよく来ていた二人だが、事情が事情なので紅緒を引き取りたくてもそれはできなかったのだ。
母が一にも二にもなく母親役をかって出たのは、急逝した友人の為に何か役に立ちたかったんだと思う。
突然友人を失った悲しみは、どうやっても埋めようはないんだろうけど。