灰吹から蛇が出る6 Out of the blue comes green.
少し、加筆修正しました。
お時間あれば再読くださいませ。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると店員の声がして、すぐ脇のレジカウンターからギャルソンが出迎えてくれた。
白シャツに黒のベスト、それに黒のギャルソンエプロン。
こりゃまたオシャンでカッコいいねぇ。
あれ、この店スタッフ全員男性だ。
「予約はしてませんが」
「はい、田中様。大丈夫ですよ。ご案内しますので少々お待ちください」
「良かったぁ。ありがとう」
常連なんだ。へぇー。
入口から奥の厨房が見える。
対面式のキッチンで、料理する姿がそのまま見える作りになっていた。
センターテーブルに食材その他がてんこ盛りだ。
シェフには効率よく配置されてんのかな。
カウンターに向かって奥側の壁がある角にコンロかな、正面は調理台か。
反対側のエンドに料理を渡す窓があった。
まだ宵の口というのに八割方席が埋まってる。
人気店なんだなぁ。
「いつも一人で来るから、カウンターが指定席なんだよ」
あれま、柄にもなく田中が嬉しそうだ。
コイツはいつも誰かとつるんでるって思ってたのに。
カウンター側のテーブルを案内された。
奥に紅緒、その左に亘、俺、田中の順で席に着く。
全員がテーブルに付いたところで、シェフらしい男性が厨房からこっちに向かって笑いかけてきた。
黒のコックコートにトリコロールのネッカチーフを首に巻いてる。
明るめの茶髪に、まぁ営業スマイルの素晴らしいこと。
「おじゃましてまーす」
軽く手を振り、田中が挨拶をする。
シェフがこっちに向かって微笑んだ。
軽く頭を下げると、仕事に戻っていった。
昼間すき焼きをたらふく食ったはずなんだが、店に漂う美味そうな匂いで急に腹が減ってきたぞ。
田中が手を上げ、ギャルソンを呼ぶ。
ギャルソンおすすめの料理の中から、みんなの好みを聞いてメニューを選んでくれてるようだ。
飲み物はハウスワインがおすすめだとさ。
予算は一人二千円だぞ、田中。
目配せすると、任せい、と自信満々に親指を立てた。
「ホタテと柑橘のマリネ、フェンネルの香り。ひよこ豆とソーセージのサラダでございます」
「ガルバンゾーだ。べー、崇直、この豆美味しいんだよ」
さすが帰国子女。よく分からん食材に詳しいな。
すかさず田中がサラダを取り分ける。
「フムスなんて絶品だよね」
フムス? おまえら異国の料理に詳しいなぁ。
「わーい。このお豆、ホントぴーちゃんににてるよね」
紅緒、ナイフとフォークを握って待つな。
「いただきまーす」
前菜を食べ終えた頃を見計らって、次が来た。
おっ、何だ。
子羊のローストに豚ロースの煮込み、ブイヤベースか。
予算は一人二千円以内だぞ、大事なことだからな田中。
「そんな心配しなさんなって。予算内には治まってるから」
「フランス料理なのに?」
「そうだよ、べーちゃん。ビストロだからね。そうそう、ここの子羊は絶品だから、ちょっと待って」
そう言って、皿に取り分ける。やっぱり慣れてるな、田中。
おまえバイトしてたろ。
「ありがとー、ナオト先輩」
だから、おまえはフォークとナイフを手に握って嬉々として待つなって!
「はい、君たちの」
「おお、ありがとう田中」
「ありがとうございます」
「そんなに、かしこばらなくても、俺らタメじゃん」
何照れ笑いしてんだよ、ホレ食え。きっと美味いぞ、亘。
「いただきまーす!」
美味いものは、人を黙らせるって本当だな。
箸じゃなく、フォークが止まらん。
あれ、シェフがいない。
あ、テーブル回って挨拶してるんだ。
へぇー、話も巧いんだねぇ。女性客が相好崩してる。
おっと、こっちに来たよ。
「今夜はご来店ありがとうございます。お味はいかがですか」
レディーファーストね。はいはい。
「美味しかったです。特にブイヤベース、アサリがいい出汁出てて、身も大きくて」
紅緒ちゃん、貝好きだったよねそう言えば。
定番のムール貝を使わず、アサリっていうのいい感じに外してるよな。
「ありがとうございます。アサリは昨日から砂抜きしてしっかり臭みも取りました。お口に合って良かったです」
ああ、その笑顔に女性客はヤられるのか。なんとも屈託のない笑顔で。
どっかの莫迦に見せてやりたい(ガチで見てますよ)。
あ、次オレ?
「全部美味しかったです」
ああ、クールに決めようと思ったのにいつものクセで。
「川崎さん、この笑顔のステキな彼が同期の笠神」
なんだよその紹介は、田中、こら。
「この店のシェフをしてます、川崎晃義です」
笑顔で名前を告げ、軽くお辞儀をする。
「笠神直樹です。豚ロース最高でした。柔らかくて、濃厚でいてコクがあって、そしてキレもあって」
「それは、ありがとうございます」
なんだ、オレには笑顔じゃないのか。なんかドヤ顔に見えるんだが。
「で、こちらの女性は俺の後輩庵野紅緒、そして奥の彼が二人の友人日向くんだ」
「日向亘といいます。アニョーは、やはりフランス産の」
おいおい、どこ突っ込んでんだよ。
「ええ、ブレス産のお肉を使っています」
は? ブレスって、鶏肉は食ってねーぞ。それくらいはオレだって分かる。
「ブレスって鶏肉だよね」
「よくご存知で。笠神さん。でも、アニョーも良質で有名なんですよ」
はいっ? だからアニョーってなんなの。ナンでドヤるの。