落花情あれども流水意なし3 The love to no avail.
店に着いたら樹が待っていた。
「崇ちゃん、来てくれたんだ。良かったぁ」
こっちこっちと手招きし、奥の個室へ連れて行く。
中に入ると長椅子で御大が伸びていた。しかも紅緒の膝枕付きだ。
「崇ちゃん、おひさ」
「おう」
二三発殴っても許されるよな、このバカ。
おっと、平川さんだ。
「お久しぶりです。ご迷惑かけました」
「よぉ、崇直。研修はどうだい」
はは、気になりますか。
「ぼちぼちですよ。座学と舐めてたから今ひどい目にあってます」
あはは、と平川さんが笑う。
「そうかぁ。難関の司法試験合格したって簡単にはなれないんだねぇ弁護士って」
そーなんですよ。知らない人が多いが来年には二回試験という最終テストまで受けなきゃならんのですよ。
「2年の研修って医者並みっすよ」
「だなー」
「思ったより早かったな。じゃ、後頼むわ。わしぁ平川ちゃんと顔出すところがあって行かんにゃならん」
「へいへい。酔っ払いはお任せあれ」
平川さん、相変わらずカッコイイなぁ。どこのテーラーのスーツなんだろう。仕立てって、高いんだろうなぁ。
「樹、車呼んで。2……」
「爺ちゃんたちのはもう呼んでる」
なんだ、ちゃんと仕事してんじゃん。
さて、問題は大きな赤ちゃんか。
「平川ちゃん、お車来ましたよ」
とママが顔を出した。
「あら、崇ちゃん早かったのね。たまには顔出してよ」
やっぱり姉妹だなぁ。亡くなった紅緒のおばちゃんに似てんだよなぁ。目元なんかクリソツじゃん。
おばちゃんも生きてたらママみたいな感じになってたのかな。
「会費払える身分になったら」
何言ってんのとケツを叩かれた。
「そんなの直ぐでしょ、あんたなら」
はは、よく言うわ。貴方ここの年会費おいくらかよく知ってるでしょうが。
「いっちゃん、さとみがお車呼んだから」
「お、助かる。さすがさとみさん」
「そんじゃ、よろしく。日向には心配ご無用って伝えといて」
「崇ちゃん、ありがとうな。紅緒、亘くんによろしく」
本当は急いでたんだろうな、まー爺。
「へーい。まー爺もがんばって」
「おう。じーちゃんがんばる」
まー爺ったら、嬉しそうにまぁ。孫は可愛いって言うからな、そりゃそうか。
「べーちゃん、日向明日休みだから」
「わかったー。トールちゃん、あんまり飲むんじゃないよ」
「ありがトン、そう言ってくれるのはべーちゃんだけだ」
と投げキッスをする。
あんたくらいだよ、それが様になるのは。
ところが暴投だったようで、紅緒が上に手を伸ばしてオットとか言ってキャッチする真似をし即投げ返した。
相変わらず、平川さんとは仲良しなんだ。
いってらーと3人で手を降って見送り、亘を見て現実に戻る。
「わーちゃん、さっきから起こすんだけどさ、起きないんだよね」
言いながら紅緒が鼻を引っ張ったり、耳をいじったり、口を横に広げたりして遊んでる。
なんだよそれ、楽しそうだなぁ。
亘は亘で平和な顔して、良く寝てら。
「何か今日のわーちゃん、変だったんだよ。来るなりウエルカムドリンク一気に呑んでさ、席でロック作って出したら、それも呑んじゃった。ダブルだよ」
樹が問わず語りで、亘が来てからの話を懇切丁寧にしてくれた。
何だか落ち着きがなくて、帰りたがっているように見えてたらしい。
そりゃそうでしょう。すっかり忘れられたようだが、今夜はオレが亘と飲む約束してたんだよ。
宅飲みでね。
こっちも予定外の飲み会が入ったから、遅くなるとは伝えていたが。
まさか、先に潰れるとは。
それも紅緒に抱きつかれてなんて、こいつ絶対阿呆だ。
平川さんがまー爺に紹介したからってなぁ。
「今更まー爺見て緊張もないだろうに。やっぱり頭湧いてやがる」
紅緒がここに居るの知らないで来たんだろ、どうせ。
「亘の脇、腕入れて引き起こせ」
樹と紅緒が亘を二人がかりで抱き起こしたところで、しゃがんだオレの背中に亘をもたれさせた。
「うわっ、重てぇ」
寝ると重くなるってこういうことか。
体がぐにゃぐにゃで、支えないとそのまま滑り落としそうになる。
「このまま下まで行くよ。車もそろそろ来る頃だろうし」
身長で言うとどっこいだが、体重はこいつのほうが重いんだよな。
八十はないだろうが、七十は超えてる。
コイツ背負って立てるかな。
紅緒が前に立って亘の腕をオレの肩にかけた。
力の抜けた亘の頭が傾いて、鼻先が首筋に当たり寝息が直接首をくすぐった。
一瞬背中がゾクリとする。
脚に腕を回し、さて立つか。
「おお、崇ちゃん、体幹すごい。さすが元シューティングガード、体なまってないねぇ」
「ま、ね」
よろけずに立てたぞ。毎朝走ってて良かったぁ。
「じゃ、僕崇ちゃんの荷物持ってくる。べーとわーちゃんのも持って行くから先に一緒に降りてて」
「ありがとー、いっちゃん」
格子戸をくぐったタイミングでハイヤーが来た。
後部座席にオレ、亘、紅緒の順で乗り込んだ。亘は一向に起きる気配がない。
樹がオレの荷物をトランクに載せ、紅緒が窓越しに亘のボディーバッグと自分のを受け取る。
「僕は自転車だから、帰ったら車で迎えに行くよ」
「ああ、頼んだ」
「いっちゃん、気をつけてね」
樹が片手を上げ、サーッと車の前を横切って走って行く。
ライトに照らされた樹のシルエットが道と塀に引き伸ばされ、流れた。