本木にまさる末木なし5 The first is the best.
ベーを抱えて寝落ちしたのが気に障ったのか、ご機嫌が悪そうだ。
「わーちゃん、お代わり。レモン水にしたよ」
紅緒が戻ってきて、グラスを手渡すと隣にストンと腰を下ろす。
おい、その生足をどうにかしろよ。お前、頭ン中まだ小6男子かよ。
「ごめんね、倒れた拍子にお酒かかっちゃって、勝手にシャツ借りちゃった。お風呂場に畳んであったから」
そこじゃねーよ、バカか。その恰好で帰る気かよ。
しかもそれ、僕が今朝脱いだやつだよ。
こっちが赤面するから、マジ勘弁してくれって。
「じーちゃんが崇ちゃん呼んでくれたのよ。こっちに帰るはずだからって。わたし一人じゃ連れて帰れないでしょ」
「お前でかいしな。樹じゃ役に立たんし。まー爺は別件で出かけて、お鉢がオレに回ってきた」
あ、そういうことだったのか。
「すまん。紅緒も迷惑かけたな」
「いいよ。わたしもテンション上がって飛びついちゃったし、ごめんね」
と、肩で小突いてきた。
おいおい、下着見えるだろうが。
少しは恥じらいってものが無いのかよ、ったく。
「そろそろ樹が迎えに来るな」
時計に目をやり、崇直が言う。
助かった。早く来てくれ、樹。生足も限界だ。
「今日はありがとう。助かったよ、二人とも」
「えー、もう追い出すの? ひどーい」
「泊まっていくか?」
「いくいくー!」
やめろ崇直、何言い出すかと思えば、まったく。
そこにタイミングよくインターホンが鳴る。
ナイスだ樹。
「ほら、迎えが来たぞ」
さあ、帰れお前ら。
「忘れ物すんなよ〜」
紅緒がゴミ袋に着替えを詰めたのを引っさげて、僕に見せる。
「ゴミ袋一枚もらったよ」
いーよ、そんなもん。いくらでも持ってけ。
それより、早く帰れって。
「それ、置いてけ。クリーニング出すから」
「いーの、他も出すから平気」
ローヒールをつっかける紅緒を、崇直が支えてる。
平然としてるな。兄妹みたいなもんだもんな。
こっちは眼福過ぎて、目のやり場に困ってるんだが。
「わーちゃん、明日休みでしょ。トールちゃんが言ってた」
トールちゃんって、先輩か。
あ、先輩――置いてきたんだっけ。
すっかり忘れてた。
「先輩は?」
「まー爺に連れられて出てったよ。心配いらんって伝言頼まれてた」
「なんで知ってるんだよ」
だから、どうして先輩が崇直を知ってるんだよ。
「卒業まで樹とオレもあそこでバイトしてたんだ。蝶タイ結んで。兄弟仲良く、な」
と紅緒を見る。
「崇ちゃん、女性会員にすごく人気だったのよ。じいちゃんが『オレの孫イケメンだろ』って自慢して回ってた」
まー爺、元気だな…。
玄関先の専用エレベーターホールまで来たら、崇直が言った。
「ここでいい。じゃあな」
え、ここでって。
「下まで行くよ」
「ここで、いいって。じゃ、また」
「わーちゃん、また明日」
紅緒がドアが閉まるまでニコニコで手を振る。
見送る身にもなれよ。
崇直もあっさりしすぎだぞ。
崇直に泊まっていけって言えばよかったかな。
――ああ、しまった。
紅緒を部屋に上げちまったよ…。
第1章 Grasp all , Lose all.1 1995年 亘編 春 終
亘編終了です。
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