其の伍
簡単な整備しかされていない山道を懐中電灯の光だけを頼りに進むのは、それだけで危険を伴うものである。そのうえ夜だというだけで妖しいその道のり、現実に引き戻すのは皮肉なことに、脅かす用に仕掛けられたお化けのおもちゃであった。道すがら、か細い物音に耳を傾け、地を這う風に鼻を広げる、その行軍が求めるのは、鐘でも狐でも妖でもない。妖しい世界の根源を求め進む少女らの前には、怪異譚などきっかけに過ぎなかった。
「ご―――ん」
確かに鐘の音が聞こえた。近くの古井戸の方角からだ。無意識に口をつぐみ、ハンドシグナルで互いに確認し合う。目標を変え再び行軍を開始しようというその瞬間、三人の視線の先に青白い物体が蠢く。二体、三体と古井戸から出てきた「それ」は、古井戸の周りをまるで縄張りを主張するように這っている。しかしその中に、見慣れた少女、リナの背中があった。明後日の方向を向き、ふらつきながらも確実に古井戸の方向へ歩いていく。顔を見合わせた三人に、確認の必要は無い。瞬間、意思を共有して同時に妖狐の群れに走り出した。妖狐は向かってくる三人に反応を示すも、その洗練された連携に縄張りの守衛はもはや機能しない。しかし所詮あやかし、野生動物とは違う、そう感じた此岸の民に理を説くのは仏か妖か、三人の視界を青白い光が覆いつくす。
「ご―――ん」
再び鳴った鐘の音に、視界は闇を取り戻す。しかし消えたのは青白い靄だけではなかった。先ほどまで跋扈していた妖狐はきれいに消え去っている。しかし、肝心の少女の姿も見えない。妖狐によって妖しく光を放っていたこの場所もやはり闇を取り戻し、少女の姿も隠してしまったのだろうか。慌てて懐中電灯を取り出そうとしていると、視界の端に再び光を感じた。妖狐だ。しかし先ほどとは違い、古井戸の淵に一匹だけ佇んでいる。それは小さく鳴き声を上げ、夜の闇へ消えていった。