新天地 柴又
「すごいこんな栄えてるところにも物件持ってるんですね、しかも家賃が安い」
「僕の扱う物件は譲り受けが多いからね。みんな夢ある若者に安く住まわせてあげたいのさ。」
アパートやマンションを持っている大家が亡くなると吉岡に連絡が寄せられる。生前世話になったから彼に預けたいと思う人間が多いのだ。
「このチョイスには理由が?」
「芸術や芸能が集まる場所をチョイスしてみたんだ。役者をやるなら一流に触れなければね。」
司はもうここに住むんだろうなという確信を抱いた物件があった。葛飾区柴又。某大ヒットシリーズ映画の撮影地ともなった場所だ。下町情緒あふれる観光客にも人気のエリアである。
「この柴又の物件を見てみたいのですが、内見行けますか?」
「なんかそんな気がしたよ。すぐ出発出来るように車と鍵を用意してる。」
ふたりはひといきを後にし、柴又のアパートへ向かった。
「ここは築30年の少し年季の入ったアパートで、リフォームは済んでる。綺麗だろう?」
「はい。いま住んでるところより広くて綺麗だ。気持ちはここに決まっていましたが、内見をしてみて確信しました。おれはここで国民的な役者を目指します。」
「気が早いな!もう少し考えたりしなくていいのかい?」
司は今すぐ環境を変えたいと思っていた。これから芸を磨いていくにはこの地が最も適していると直感がそう言っている。
「じゃあ手続きに必要な書類を渡すよ」
そこからは早かった。その日のうちに退去の連絡をし、違約金は払うことになったが2週間後に引越し出来ることになった。
「早かったねぇおめでとう!引越し祝いにお代はサービスするよ!」
自分の息子の就職が決まったかのように大喜びするカヨを横目に正三はすこし呆れた顔で微笑んでいた。
「じゃあお言葉に甘えて!ありがとうございます!」
司はこういうサービス精神にはとことん甘える。人の好意には誠意をもって応えろという幼い頃からの教育があったからだ。
店に通うことと、芸能で一旗揚げることで恩返しをしていこう。心にそう誓った。
引越し当日吉岡が友人を連れて迎えに来た。なんと引越しの手伝いまでしてくれるという。返す恩が多すぎるぞと不安になるがそれは決心へと繋がった。
新天地 柴又。ここから司の人生が分岐点を迎える。
隣人である蒼太との出会いだ。
「はじめまして。隣に住んでいる山本蒼太です。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。坂本司といいます。」