十
十
「はい。ご主人様を尋ねて参りますのでございます」
「婦人の」
「はい」
「私くらいな背格好」
「えっ、ご存じでいらっしゃいますか」
「そしてこのあいだ、爺やから白い兎を貰った方」
「まあ!」
「そんなら七日の晩から行方がわからなくおなりだろう」
と、同じ打ち明けるにしても、ここまではないだろうと思えるほど、開けっぴろげな話しぶりであった。
巳代は限りなく力を得たという思いで、
「ちょうど早朝六時のお屋敷に、六百里とやらの遠方の都からお出で遊ばした大事なお客がございました。その日の夜には、宵闇に花火が上がりました」
「お雪さんとおっしゃったね。令室は、座敷も庭もうるさくて人いきれがするからとおっしゃって、崖の木の間からこっそりと抜けだして、この流れの末だねえ、裏手の後朝川の岸が、幸いにも闇に包まれているから、人に見つからないように隠れておいでだった」
巳代はもはや不思議なことに馴れはじめていたから、この人の口からそんなことばを聞くことさえ、それほど不審には思えなかった。
「どうしてご存じでございますか」
「山番の爺やが話してくれたもの。今度のことははじめから爺やが係わりあっているから、みんな知ってるよ」
「おお、その雪売りのお爺さんは、このあたりにいらっしゃるのではございませんか」
「今日は、また市へ行きましたよ」
「そうでございますか。それでは、もし貴女がお聞き遊ばしてご存じでございますなら、どうぞ令室のことをお聞かせ遊ばしてくださいませ。あの、その日は朝も早くから、お屋敷じゅうがごたごたいたしまして、使用人も多い家ではございますけれど、殿様がお客様をおもてなしせよと、四阿屋からも、庭からも、お茶室からも、雪、雪、と令室をお呼び立てなさっておりました。それに加えて、極暑の折でございましょう。令室はびっしょり汗をおかきになって、お召し物も絞るように濡れて、三度もお着替えになりましたほどでございます。日が暮れましてから湯にお入り遊ばしまして、サッと流してお浴衣を羽織られて、そこまでは手が回りませんでしたから、灯りもお点けできなかったお部屋の縁に立って、ようやく汗を収め遊ばしていらしゃいますと、師団長とやら、旅団長とやら、万歳とやら、なんとやら、わあわあと客が騒いで、あの声を聞くとのぼせ上がってしまうと、耳をお塞ぎなさっていらっしゃいますところを、また続けざまに殿様がお呼び立てじゃございませんか。
私もお客たちにからかわれますから、令室のお世話をすると言い訳をして、脇に隠れて休んでおりました。令室は、巳代、私はもう嫌だよ、とおっしゃって、ご機嫌を悪くなさっておられます。
ご主人の陰口を申すようですみませんが、殿様はお屋敷のご養子でございますせいなのか、なにごともわざとらしく、大げさになさいます。そうでもしなければ、ご容色も、お心だても、それはもう、奥さまとは比べものになりません。お妾を一人といわず、二人も三人もご寵愛なさいますうえに、ときどきはお屋敷へお連れ込みになって、お客様扱いなさるのです。上席にお二方を並べて、奥さまは下手に下がってご挨拶をなさいます。私のほうが口惜しがって、蔭で泣きますものですから、そんなときはお気を遣われて巳代ともお呼びにならず、ご自分でお茶を注いで、妾たちのお給仕をなさいますのでございます。そうして見せることで殿様は、家付きの女であろうとも主人ともなればこれほどの権力を持つのだと、奉公人にまで見得をお張りになる。そんなご主人をお持ちになられました、ご両親のない奥さまのことが、私はお可哀相でなりません」
巳代は袂で目をぬぐって、
「そんなことさえ、どこまでも、嫌な顔一つなさいません。それがまた気に入らず、雪はなぜ嫉妬をしないと、良く思われてはいない私におっしゃったことさえございます。そんなことをしては一人で怒って、主人が妾といちゃつくのを見て人間らしい反応もしないのは、俺を下に見て、馬鹿にし切って、道ばたの犬猫あつかいにしておるからだ。養子ごときになにができると、すでに密夫でもこしらえているのだろう、おのれ、いまに見ていろ、とこんな調子の上に、その大勢のお取り巻きがまた、奥さまに意地悪をする者ばかり。
どうにもならないのでございます。ご自分が浮気をしておいて、嫉妬をしないのは軽蔑しているからだ、可愛いとは思わないからだ、ほかに男があるのだと、そんなことを言われましたら、どうすればいいのでしょう」
そこまで黙って聞いていた麗人は、冷ややかな笑みを含んで、
「厄介な男だこと」




