俺もなんだよ
その日の晩、ハルのスマホが鳴った。
父からだった。
「はい」
「もしもし。いま大丈夫か?」
「うん」
大きなため息をついたのか、息を吐き出す音が聞こえた。
「何を知りたい?」
「……俺が、喋らなくなったときのこと。それとCDのこと」
「わかった」
父は再び大きな息を吐き出し、静かに答えた。
「子供のころの話はタカさんから聞いてる。タカさんは兄ちゃんからいろいろ聞かされてたみたい」
「そうか」
「でも、父さんの口から直接訊きたい」
「わかった。おまえが急に変わった時のことだよな」
「うん」
「あの時な、俺は母さんと大喧嘩して、感情にまかせておまえに対して酷いことを言った。他の家に養子に出すとか、親戚に預けようとか、施設に預けようとか」
「うん」
「お前を家族から追い出そうと……追い出したかったんだよ俺は。そういう、ひどい発言をした。それをお前は聞いてたんだと思う」
「父さんはどうしてそう思ったの?俺が普通の子じゃなかったから?」
「……違う。おまえが、調整できなかったからだよ」
「……え?」
「おまえ、変わらなかったんだよ」
「は?どういうこと?」
「おまえ、視えるしいろんなこと、感じとるだろ?」
「うん。そうだったみたいだけど」
「おまえの物心がつく前に、おまえにあの音楽を聴かせたんだよ。そのCDのだよ。でも……」
「えっ、ちょ、ちょっと待って。全然分からない。どういうこと?」
「あのCDに入ってる音、あれは……」
「……」
「おかしなこと言うがあれは……俺の家系の、薬みたいなもんなんだ」
ハルの呼吸が次第に荒くなり、瞬きも早くなっていった。
この人はさっきから何を言っているんだ、と頭がおいつかない状況だけが理解できた。
父の唾を飲み込む音が聞こえた。
「俺もなんだよ」
「……え」
「俺も、お前と同じ」
「俺もって……なにが?」
「おまえのその機能は、俺の遺伝なんだよ」
「遺伝……?」
「俺も、昔はおまえみたいに視えちゃいけないものが視えたんだよ。だから……」
「待って。まじで待って。……え?あ……いやいやいや、整理できない。え?じゃあなんで追い出そうとしたの?遺伝?なら……守るのが親なんじゃないの」
「俺が、耐えられなかったんだよ、あの頃の俺は、変わらないお前を受け入れられなかった」
「変わ……はぁ!?何が耐えられなかったの。何が受け入れられなかったの」
戸惑いと驚きと、ほんの少しの怒りがハルの声色に重なる。頭の中を整理するよりも、自分の感情が前に出てしまっていた。
「俺の父親もそうだった。俺の家系が、昔からみんな遺伝しちゃうんだよ。俺は止めることができた。お前も止まる……違うか、調整だな。お前もあの音を聞けば調整できるはずだった。でも変わらなかったんだよ」
「変わらないって……変わらないって、変わらないとどう……何がだめなの?」
「お前のその機能を停止できなかった。音はな、その機能を停止させて同時におまえの命を繋ぐ役割を担っていたんだ。俺はお前の最後を見たくなかった。それに……キヨヒロにも、見せたくなかったんだよ」
「俺の……最後……?」
「お前が悲惨な死に方をするのを、見せたくなかったんだよ」
ついに言ってしまったとでも言いたいのか、言えたことへの安堵感なのか、ハルの耳にまた父の吐息が聞こえた。
その音はハルの胸をゆっくりと貫いてそのまま奥深くに沈んでいくようだった。
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