表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄が届けてくれたのは  作者: くすのき伶
77/82

何も感じない

「ハルさん、CDのことで進展があったので、また会えませんか?」


「分かりました。僕はいつでも大丈夫です!」


メールでやりとりをした1週間後、2人は会うことになった。


タカはハルの家にと思ったが、今度は僕が行きますとハルが言うので、タカの家で会うことになった。



当日。


タカの家のインターホンが鳴った。


「タカさん、こんばんは。お疲れ様です。あの、いろいろ買ってきちゃいました」


そう言ってハルはスーパーのレジ袋で塞がった両手を持ち上げた。


「あはは!そんなに何を買ってきたんですか」


「お酒とか、つまみとか、いろいろです!」


屈託のない笑顔を見せるハル。



タカは袋を1つ持ち、ハルと一緒にキッチンへと向かった。


袋から酒などを出しながらタカが言う。


「ハルさん、最近はどうですか。代わりないですか」


「はい。とくには」


「そうですか」


タカは微笑んで、ビールを冷蔵庫に入れた。


「あ、そうだ。もう夜だし、いま飲みます?」


時刻は18時をまわっていた。


「はい!実はそのつもりで、あはは。つまみもバッチリ買ってきました」


「宅飲みですね。久しぶりだなあ」



「タカさんの家のお酒、いつも何を飲んでいるんですか?」


「ああ、あっちにあります」


タカはそう言って、ソファの横の棚を指差した。


「わあ。どれも……強そうな」


「これはジン、ウィスキー、ウォッカ、ブランデー、あと……これはレモンのお酒。それで……」


スーパーでは見かけないような、変わったデザインの瓶が何本も並べられていた。それら一つひとつのお酒の銘柄を、タカは丁寧に説明した。


優しい口調で淡々と話すタカの横顔を、ハルはちらちらと見て聞いていた。


「知らない名前のお酒ばかりです。いろんな種類があるんですね。ありがとうございます」


「いえ、仕事で覚えてしまって。ははは、とりあえずじゃあ飲みますか」


缶ビールのプシュッと炭酸が抜ける音のあとに、2人はお疲れ様です、と言って乾杯した。


軽く世間話をしてからタカが言った。


「ハルさん、CDについてなんですけど」


「はい」


「サエちゃんにちょっと聞いてみたんです。それで、いくつか気になることを教えてもらったんですよ。それをハルさんに伝えたいのと、それと一緒に確認してもらいたくて」


「えっ、あ、はい!」


「たまにはお酒を飲みながらこういう話をするのも、いいですよね」


ハルは大きく首を縦に振った。




タカは、サエから聞いた話を全てハルに伝えた。




「そうだったんですね……兄はずっとこれを……」


「はい」


「でも、この音楽って安心する……ものなのかな」


「そこなんですよ。安心する音色ではないですよね」


「はい」


タカが自分のスマホを取り出し、イヤホンをつけた。


「それでね、サエちゃんに教えてもらった箇所を一緒に聴いてもらいたくて。このスマホでハルさんが送ってくれたメールの音楽、いまから流してもいいですか?」


「えっ、あ、はい」


ハルの顔が一瞬ひきつったのを見逃さなかったタカが、手を差し出す。


「えっ、あ、すみません。ちょっとまだ身構えてしまって」


「いえ」


タカはハルの手を握りながら再生ボタンを押した。


2人の耳に音楽が流れた。


「大丈夫ですか?」


「はい」


しばらくして、タカが言う。


「あ、ここ」


「え?」


「ここ、なんだか気持ち悪くないですか?」


「え?」


「巻き戻しますね」


「はい」


「ほら、今の」


「ああ……」


「なんとなく不穏な音、ですよね」


「確かに。あまり意識してなかったですけど、言われてみればそうですね」


「また再生しますね。このあとも音が変な部分あるんです」


そう言ってタカは気になる音全てをハルに伝えた。


「えー……ますます心地よいと思えない音楽ですね」


「これをハルさんはお兄さんに聴かせてもらっていて、お兄さんもまた、聴いていた」


「……」


「これを伝えたくて、ハルさんに連絡しました。それに……」


それに?と聞きたそうなハルを横目に、続けてタカが言う。


「また特訓もしたいですしね」


「え!?あ……はい!」


「ハルさん、沢山つまみを買ってきてくれましたけど、今うちの冷蔵庫、結構食材あるんです。何か食べたいものあれば作りますよ」


「ええっ!いやいやそんな」


「せっかく来てもらいましたし」


「え、あ……じゃあ……」


「あっハルさん」


そう言ってタカが自分の目のあたりを指差した。


「あっそうか!わかりました。また、タカさんに目の奥で見せます」


タカは、ニコっと笑って頷いた。


ハルがタカの手を握る。


しかし数秒後、ハルの瞬きが速くなり、表情が曇る。


すぐに異変に気づいたタカが言う。


「ハルさん……目の奥、ひんやりします?」


ハルは唾をごくりと飲みこんだ。


「あの……いえ……しません」


タカが、今度は目をつぶって顔をテーブルに近づけた。集中して目の奥でハルを視ようとする。


しばらくして、ふうっと深いため息をついた。


「すみません、ハルさん」


「え……?」


「何も感じないし何も視えませんでした」


「あの……僕もなんだか違和感……というか。いつもなら目の奥がひんやりとして、タカさんと繋がっている感覚になるのに今日は、全く」


「そんな感じですよね。僕もさっきから少し、違和感があって」


「あっ、きっとお酒!お酒ですよ。僕が感じとれなくなっているんです」


タカが首を横に振って、あははと笑った。


「いや、大丈夫ですよハルさん。フォローしてくれなくて大丈夫。あはは。お酒は関係ないと思います。だってほら、初めて飲みに行ったとき、ハルさん音を認識してたじゃないですか」


「あ……あのときの」


「はい。僕らの機能はお酒の影響を受けない。僕、今日ポンコツな日なのかも。あはは」


そう言ってタカはまた笑い、ハルの手からすっと離した。


「え、あ、あの……」


「こんなこともあるんですね。ハルさん、本当に無理に優しい言葉を並べなくて大丈夫ですから」


「はあ……」


「すみません、僕から言っておいて。特訓はまた今度にしましょうか」


「あ、はい」


「あ、そうだハルさん。あそこのお酒、どれか飲んでみますか?」


「えっ!はい!ぜひ」


タカがそう言ってグラスに氷を入れた。


「どれにしますかね」


「じゃあ、タカさんのおすすめを」


タカはレモンのお酒を手にとった。


水とフレーバーのシロップのようなものを入れて、はいどうぞ、とハルにグラスを渡した。


ハルはそのお酒を一口飲み、甘酸っぱいレモンの味とほろ苦さが舌に残るのを感じた。水で割っているせいか思ったほどアルコールを感じなかった。


ハルは小刻みに顔を縦に動かし、美味しいです、とでも言いたそうに目を丸くしてタカを見た。


タカはハルに渡したお酒とは別のものを自分のグラスに注ぎ、そしてハルを見て微笑んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ