自分も潰れそうになる
「あー、本当にうまいです」
「そんなに?」
ハルが勢いよくスプーンを口に運ぶので、タカが笑いながら言った。
「はい」
「ハルさん、それ食べてて今は何も感じない?」
「え?何がですか?」
「サエちゃんが作ったケーキのとき、サエちゃんの気持ちが入ったでしょ?ハルさんの中に」
「ああ……そういえば。このオムライスは大丈夫です」
「そうですか。なら、よかったです」
「ただ」
「えっ、何?」
「めちゃくちゃ美味しかったから、また食べたいって思いました」
「あっ……そう」
「逆に、これ作ってくれてる時、タカさんに気を遣わせてしまいましたかね」
「いや」
「ならよかったです」
「ごめん、嘘」
「え?」
「あまり変なことは考えないようにって、意識して作りました」
「ええっ!」
「あはは!冗談」
「ちょっ、タカさん!どっちですか」
「大丈夫ですよ。楽しく料理しましたから」
「ならいいですけど……なんだかこの機能もめんどくさいことにならなければいいなぁ」
タカは、目を細めてふふっと笑った。
「ハルさんなら、変な使い方しないでしょう?」
「え?」
「例え元の自分に戻っても、視ないほうがいいものは視ないだろうし、誰かの思考を読んでも、相手の心を優先するでしょう?」
「いや、その時になってみないと、とは思いますけど」
「ケーキも、こういう料理も……」
「え?」
「いや、ケーキも、こういう料理も、食べる人がいるって状態で作ると楽しいもんですね」
「そうですよね。あの、タカさん」
「ん?」
「タカさんは、誰かにこういう料理作ったりしないんですか?」
「あー、仕事くらいですかね」
「プライベートは?」
「ないですよ」
「えっ、あの……仲良い友達とか」
「いや、僕あまりいないんですよ。知り合いならいるけど」
「え、あ……そうですか」
「ハルさんは友達沢山いそうですよね」
「いや、人並みくらいだと思います」
「100人くらいいそうですよ」
「あはは!そんなに!?」
「はい」
「友達……うーん。でも親友はいないと思うんですよね。視えるとか、そういう話をしたことないし。友達に、自分をありのままさらけ出すっていうんですかね、そういうことしたことないから。よく分からないんです」
「まあ、友達の定義って僕もよく分かってないんですけどね。どこからが知り合いで、どこからが友達で、どこからが親友なのかって」
「ですよね。社会人になってから、だんだん仕事でいっぱいいっぱいになって。土日は、家でのんびるするか、当時付き合ってた人と会うか、に割いてました」
「へえ」
「それで、仕事が忙しくなると土日出勤とかやっちゃって。会う人は職場の人たちばかり。そうなるとまあ、友達に会いに行く気力もどんどん減っちゃって」
「仕事、大変だったんですね」
「まあ、はい。大人になると、友達は減っていきますよね」
「そうですね」
ハルがちらっとタカを見て言う。
「実は恋人関係も全然で」
「え?」
「はい、すみません、いきなりこういう話」
「あ、いえ。すごく愛されキャラな感じしますけどね、ハルさん」
「本当に僕のこと好きでいてくれた人っていたのかな、なんて思ったりします。いつもパターンは決まってるんです」
「パターン?」
「僕、優しさに弱くて。優しくされるのは嬉しいですけど。優しくされると、なんでも許しちゃうんです。優しさを盾にされると、大切なこと見失っちゃうんです」
「……」
「優しさの裏には、思惑っていうか、コントロールしたい気持ちが隠れてる場合もあるじゃないですか。たぶん、いままでの人たちは、僕を思った通りにコントロールできるから一緒にいてくれたのかなって」
「いや、それだけじゃないでしょ」
ハルは首を横に振った。
「ああいう時こそ、人の思考が読めたらいいのに!って思うんですけど」
「ああ、うん」
「優しさに裏がない人と出会いたいなって思うんですけど。むしろ、冷たそうに見えて実は優しい人のほうが僕には合ってるのかもしれません、なんて」
「優しさ、ね。そういえばお兄さんは、裏がありませんでしたよ。優しさのかたまりみたいな人で、本当に裏がなかった」
「そうなんですね」
「あ……でも、実はあったりするのかな?」
「え?」
「僕とお兄さん、高校から7、8年の仲だったけど、僕の知らないお兄さんの裏の顔もあるのかな」
「ああ……まあ、恋愛……とかだと、違った一面出るでしょうしね」
ははは、とタカが笑った。
「確かに。いつかはサエちゃんと結婚して、父親になって、おじいちゃんになって……。どんな老い方するんだろうなーって、思ってました」
「本当に、タカさんの世界には、兄で埋め尽くされていたんですね」
ハルは少し顔を傾け、タカの目をじっと見ながら言った。
「なかなか重いでしょ?」
「ええ?あは、まあ……ちょっと笑」
タカは、だよねー!と言って、声を出して笑った。
「そう。ハルさん、俺はね、すっごい重いんだよ」
「あははは!何度も言わないで下さいよ」
「重すぎて、自分も潰れそうになる」
タカはそう言って、お皿をシンクの中に運んだ。
「あ、タカさん皿はそのままで!僕が洗います」
夕食後、2人は2時間ほど談笑しながら練習と称してお互いの目の奥を見せあった。
そしてタカは、ハルの家に泊まらず終電で帰った。