兄の姿、視てみませんか?
「……え?」
「今までは、タカさんが僕に映像を見せてくれたじゃないですか。今度は逆に、僕が視えたもの……視てみませんか?」
ハルは、タカがきっと兄の姿を視たいだろうと思い、そう聞いてみた。
「兄の姿、視てみませんか?」
「え……あ、はい。いいんですか?」
「はい。タカさんと兄が初めて出会ったのは高校生だから、その数年前くらいですかね。少しあどけなさが残ってるかも」
「……」
「それに、タカさんがそれで喜んでくれたら、ほんの少しですけど恩返しができるかなって。僕はタカさんにしてもらってばっかりだから」
「いや、それは……」
「もちろん、これは僕のためでもあるんです。ほら、どんどん自分の機能を使っていけば、戻りやすいでしょうしね。これまでの僕が、そんな感じで回復していってるから」
「……」
「このCDをまた一緒に聞いてもらって、僕が目の奥で視ます。そこに兄が映ったら、それをタカさんに見せてみようと思います。確証はないけど、できる気がします」
タカは、口をほんの少し開けたままハルの目を見つめた。
そんなことをさせていいのか、そんな思いが、タカの顔に表れていた。
「タカさんが、嫌……でなければですけど」
「えっ、あ、嫌じゃないです、全然」
「よかった。じゃあ手だけ、また借りてもいいですか?」
「はい」
ハルがタカの両手に触る。
相変わらずタカの手は、とても冷たかった。
「待ってハルさん。CDは僕が押します」
「あ、ありがとうございます」
タカがCDプレーヤーの中を確認し、再生ボタンの上に指を乗せた。
そしてタカの耳、ハルの耳にイヤホンをセットする。
静かな部屋に、カチっと音が響き、2人の耳に音が流れた。
タカの手を握るハルの力が、どんどん強くなっていく。
ハルの様子をじっと見つめるタカ。
「大丈夫だ……ちゃんと聞けてます」
静かにハルが言った。
今までにないほどの緊張感が2人を包み込んでいた。
そして数十秒ほどが経ち、ハルがふっと顔をあげる。
「いた」
ハルの目線は壁の一点に固定されていた。
「タカさん、いましたよ、兄」
タカはハッとして、すぐにハルから視線をずらし、ベッドのシーツへと視線を固定した。
するとタカの目の奥に、ハルの兄らしき男の子が映った。
少しオレンジがかった空間の中に、ぽつんと男の子が正座をしている。時より前かがみになり、こちらに手を差し伸ばしている映像だった。
「タカさん、視えますか?」
「……」
タカは何も答えなかった。
けれどハルはタカが視えていることを確信していた。ハルの目の奥がひんやりと冷たくなったからだ。
CDプレーヤーから流れる音楽が止まるまで、タカは黙ったままだった。