母から聞いたのに
それから3日ほど経ってハルの風邪はすっかり治り、このタイミングで母に電話をすることにした。
風邪が治りきる前に電話することもできたが、なんとなく体調が全て元に戻ってから話したい、そう思っていた。
電話をかけて、すぐに母は出た。
「もしもし、あのさ」
ハルは母に今の状況と心情を話し、そして"あのこと"を聞いた。
「でさ、電話で悪いんだけど、話してほしいんだよね」
しばらくの沈黙のあと、母はハルの気持ちを理解し、当時のことを話しだした。
母は時より言葉をつまらせたが、ハルはその都度静かに相槌をうち聞いていた。
電話の時間は30分ほどで終わった。
ハルは電話を切って、ゆっくりと深呼吸をする。
その瞬間、ガタン、とスマホをテーブルの上に落とし、そのまま気を失ってしまった。
その後、数秒も経たないうちに、ハルのスマホが鳴る。
タカからの着信だ。
呼び出し音が何度も何度も鳴り響くが、気を失ったハルの耳には届かない。
それから2時間ほどが経ち、ハルが目を覚ました。
座った状態のまま、無造作に顔をテーブルに押し付けている状態だったので、体を起こした瞬間、首に痛みが走った。
スマホを見ると、タカからの着信が何件も入っており、メールも届いていた。
「急にすみません。いまからハルさんの家に行きます」
メールが届いた時間は2時間前。
まさかと思いエントランスへと走る。
重く分厚いドアを開けると、そこにタカが立っていた。
「えっ……」
「あ、ハルさん」
ハルの顔を見たタカが、ほっと安心したような表情で言った。
「えええ!なんで」
「すみません。嫌な予感がして」
「え、いつからここに!?」
「少し前です」
「すみません!電話あったのさっき気づいて。あとメールも」
「いやいや、全然大丈夫ですし、僕こそ急におしかけてすみません。コンビニ行ったりしてたんで、ずっとここにいたわけじゃないです」
「ええ!あ、あの、どうぞ。入って下さい」
「ありがとうございます。あ、ハルさん、僕たちこのパターン2回目ですね。あはは」
「あ、この前の風の時の……ですね。あはは。ほんとだ」
2人がハルの部屋に戻ってきた。
テーブルに座り、ハルがタカに聞く。
「タカさん、その、どうして連絡くれたんですか」
「ああ。本、読んでたんです」
「え?」
「ちょっと苦手な本、読んでたんです」
「はあ……」
「そしたら、視えて」
「えっ。視えた、っていうのは、目の奥の……ですか?」
「はい」
「……何が……え、あ、僕ですか?」
「はい」
「えっ」
「視えたといっても、くっきりと視えたわけじゃなくて、男性が倒れているような、ぼわーっとした感じで」
「あ……」
「何か、あったんですよね?ハルさん」
ハルは、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
「気になったし、行かなくちゃと思って。またおしかけてしまいました」
「あ、ありがとうございます!体は今はもう大丈夫なんですけど、何かおかしくて」
「人が倒れてるような、そんな映像でした。ハルさん、気を失った、とかですか?」
「たぶん……はい」
「何かあったんですか?」
「……」
「大丈夫ですか?」
「母と電話を……あ、そうだ!そうですよ、母と話したはず」
「ああ、この前のことの」
「はい。それで、その……」
ハルがタカの目を見たまま、言葉を詰まらせる。
「ハルさん?」
「……」
タカが心配そうな表情でハルを見つめる。
ハルの視線がタカの目からテーブルへと移動する。
「え……どうしよう」
「え、何?」
「……」
「ん?」
「思い出せません」
「思い出せないって、お母さんとの会話を?」
「はい」
タカがハルの目を見て言う。
「ハルさんが聞きたかったこと、聞いたんですか?」
「聞いた、と思うんです。長い時間、通話してたはず」
「その内容を思い出せないということですか?」
「はい。母の声は少しまだ、耳に残ってるんですけど。……タカさん」
「何?」
「なん……だか……」
「ん?」
「思い出せないってことがショックですし、それに、考えたくないというか……すみません……頭がパンク……しそうというか」
「えっ!ハルさん」
「また……気を……失いそ……うです」
「えっ、ちょっと」
「視界が……」
「ハルさん、あっ」
そう言ってハルはまたテーブルに顔を押し付け、気を失ってしまった。