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兄が届けてくれたのは  作者: くすのき伶
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思い出したくない

しばらく経って、ハルの涙が止まった。


そしてタカが言う。


「僕は、視えるだけで人の感情が入り込むことはないです。でも、ハルさんが今すごく動揺しているその感覚は、なんとなく分かる気がします」


ハルが無言のまま、タカの目を見る。


「視たいものを狙って視るよりも、視えてしまうことの方が多いから。たまに意外なものが視えると、驚いてしまいます。心構えができないから」


「意外な、もの」


「はい」


「それを視たとき、怖い感覚になりますか?」


「うーん。怖いは、あまりないです。それよりも、びっくりする感じかな」


「勝手に涙が出ることは?」


「それも、ないです」


「……」


「ハルさんのその涙。体がまだ慣れていないから、なんじゃないかな。ハルさんがここまでくるのに、まだそんな期間が経っていないですし」


「ああ……そうかもしれません。風邪引いたのも、その影響もありそうです」


「はい。でも前にも言ったけど、戻りたくないから、だから体が抵抗している。その可能性もありますよね」


「……僕の気持ちは、戻りたいんですけど、涙ってそういうことなんですかね」


「分かりません。涙は嬉しい時にも溢れるものだけど、ハルさんを見てるとなんとなく思うんです。実は心の奥底では抵抗してて、戻りたくなくて、抗う意味で涙が出ている可能性もあるんじゃないかなって。それに、あのCDだって」


「あっ、そうか」


「はい。押せなかったでしょ?それって、体が抵抗してたんじゃないかな。耳も」


「確かに」


「なんとなく、ですけど。確証はないです。ただ、自分の本当の気持ちって気付けないことあるから」


「自分の気持ちが、自分で分からないってことですか?」


「分からない場合もあるし、分かってても自分で蓋をしてしまったり。大切なことなのにね」


「……」


「すみません、また変なこと言いましたね」


「あ、いえ、全然」



タカが数秒間、天井を見つめたあと、ハルの目をじっと見て言う。


「ハルさん。戻りたくない、んじゃなくて、思い出したくない、ってことなのかも」


「え、僕の……あ、子供の頃の記憶ですか?」


「というより、お父さんに言われた言葉」


「父の、ああ」


「元の自分に戻っていくということは、いずれそのときのことも思い出す。それを僕は心配してたんですけど、優先すべきなのは、お父さんに言われた言葉、なんじゃないですかね」


「ああー……」


「だって、お父さんの言葉を聞いた以降全く話せなくなって機能も失われたのだから。その言葉を思い出せば、その時の記憶も付随して蘇って、ハルさんの機能が戻るきっかけになるかもしれません」


「そうか……。その可能性は確かにありますよね。それ、母にもう一度聞いてみます」


「確か前にお母さんに聞いた時は、言えないって言われたんですよね」


「はい。でももう一度ちゃんと話してみます。あの時は、親として僕を傷つけさせないために言わないって感じでしたから。なので、今回は今の状況や僕の気持ちをちゃんと伝えようと思います。そうすれば、母も言ってくれるかも」


「そうですか。ただ、仮にハルさんの気持ちが平気でも、体にどう変化が出てくるかわかりません。手の痺れどころじゃ済まないかもしれせん」


タカが心配そうな表情でハルを見る。


「タカさん、本当いつも心配してくれて申し訳ないです。大丈夫ですよ。辛いことは言われ慣れてますし、説得力ないですけど打たれ強いんですよ。あはは。体への影響は……まあ、確かに予測できないし、わかんないですけど」


「……」


「何かあったら、連絡します」


「……うん、分かりました」


「はい」



少しの沈黙が続き、タカがアップルパイへ視線を向ける。


「このアップルパイ、どうしますか?」


「えっあ、全部いただきます。あ、そうだ!タカさんも持っていってください。確か小さいタッパーみたいなのあるから。前に母が沢山くれて」


そう言ってハルが棚の奥から白い蓋のタッパーを持ってきて、パイを切ろうとする。


「タカさんどのくらい食べま……」


アップルパイの皿に手を触れようとした瞬間、タカがハルの手を掴み、ほんの少し首を横に振った。


「僕が切りますよ」


「え……あ、はい」


タカがパイを取り分け、タッパーに入れた。


「じゃあ、このくらい貰っていきますね」


「はい」


「ハルさん、大丈夫ですか?」


「はい」


「よかった」


「ありがとうございます」


タカがちらっとスマホの時計を見る。


「いえ、じゃあ僕はこのへんで」


「あの……」


「ん?」


「もう遅いし、泊まっていきませんか?変な意味じゃなくて。部屋は別々で」


「ああ……」


「……」


「辞めておきます。お母さんに聞く日がわかったら、教えて下さい」


「……はい。分かりました」


「じゃ」


ガチャンとドアが閉まり、タカの足音が静かに消えていった。


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