前みたいに、会ってくれますか
ハルが自宅に帰ってきた。
帰りのコンビニで買った缶ビールを冷蔵庫に入れ、そのまま浴室へと向かう。
サエが言いかけたことも気になるが、あのタイミングでのタカからの電話も気になって仕方がなかった。
サエから語られた兄とタカの話。
聞いていて嬉しい反面、ますますタカへの想いが強くなってしまっていた。
シャワーのお湯に打たれながらそんなことを考えながらお湯を止め、おもむろに水の蛇口をひねる。
水の冷たさが頭から全身に伝わり、気持ちもすーっと落ち着いた。
両手を壁にぴたりとつけ、しばらくの間、ただただ冷たさを感じた。
冷蔵庫からビールを取り出し、ごくごくと飲み続けると、いつもより早く頭がぼんやりとしてきた。
ふーっと一息ついてソファに深く座り、またタカのことを考える。
ハルは、タカに抱きしめられて以来、元の自分に戻る、という目的が薄れていることに気づいた。
そもそもタカがハルを支えているのも、兄の遺言のようなもので、ハルが元の自分に戻るのを支えることが、タカの役目でもある。
タカがハルに近い距離にいるのも、優しいのも、兄・キヨヒロの想いを汲んでのこと。
タカへの感情と不安な気持ちがハルの頭の中を埋め尽くし、ますます気が滅入ってくる。
「何やってんだろ俺、どうしよう」
ぽつりとそう呟き、ハルはそのままソファで寝てしまった。
翌朝。
「痛っ……」
首の痛みで目が覚めた。ソファの手すりに頭が当たっており、首がおかしな角度になっていたようだった。
「いってー……」
首を手でさすりながらコーヒーを淹れる。
スマホを見てみるが、タカから連絡はきていなかった。
何も考えず、そのままタカに電話をかけた。
「はい」
「あ、ハルです。いま……大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「おはようございます」
「おはようございます」
「タカさん、あの、僕いまさっき起きて。それで電話してます」
「え?あっ、そうなんですか。あはは。寝起きにわざわざ。どうしました?」
起きてすぐに聞くタカの声に、ハルはおもわず口元が緩んだ。
「すみません。おかしいですよね。お話ししたくなって」
「何かありました?」
「すみません……ってことを言いたくて」
「えっ、なんで急に謝るんですか」
「いや、僕、暴走してたかもしれません……って思って。勝手に……サエさんと連絡先を交換したりして」
「いやいや、それは謝ることじゃないですよ。僕に許可もいりませんよ」
「そう……ですか」
「気にしないでください。きっとサエちゃんに聞きたいことあったんでしょう?」
「え、あ、まあ……そうなんですけど」
「それで今日はどうしたんですか?起きて早々に。また何か体に異変があったとか?あれから耳の調子はどうですか」
「それは大丈夫です。実はあれから、僕の中でもあまり進展はなくて。……というか、何もしてなくて」
「そうですか。ハルさんの体に問題がなくてよかったです」
「あ、はい。あの、それとタカさん。この前サエさんと2人でお会いしました」
「ああ、知ってます。僕がサエちゃんに電話したときですよね」
「はい。すごいタイムリーでびっくりしました。あのときタカさんの話もしてたので」
「えっ。それは……気になりますね、あはは」
「兄との出会いとか、いろいろ話してくださって、その流れで」
「へえ。お兄さんとサエちゃんの馴れ初め話かな。聞いてて新鮮だったでしょ」
「はい、まあ。で、その、サエさんが僕にケーキを作ってくれると言ってくれました」
「あ、そうそう!ハルさんにケーキ作ってあげたらきっと喜ぶと思いますよって、僕勝手に言っちゃいました。あはは」
「あ、ありがとうございます。僕嬉しくて。作ってくださいとお伝えしました」
「ならよかったです。サエちゃんのケーキすごく美味しいですよ」
「それで、3人で食べようって」
「ああ、食べましょう。僕も最近食べてなかったですし」
「あの、タカさん」
「え?はい」
「前みたいに、僕と会ってくれますか」
「えっ、もちろんですよ」
「僕も、いろいろと頑張ります」
「ハルさん」
「はい」
「そんな萎縮しないで下さい。ごめんね、僕がそうさせちゃったんだよね」
「あ、いや、僕が暴走しただけで」
「いやいや」
「……」
「お互い、少し感情的になりすぎてたのかもしれません」
「……」
「僕も取り乱した感じになってしまい、反省しました。あんなことしてしまって本当すみません。また前みたいに、お手伝いさせてください」
「いや、酷いことを言ったのは僕ですから。タカさんの……タカさんたちの過去を踏み躙る発言をして」
「いえ。大丈夫ですよ。もうあんなことにはなりませんから」
「……」
あんなことにはならない……その言葉が、ハルとタカの距離を遠ざけているかのように、ハルは感じた。




