タカ君は、そういう人いたのかなって
「なんかケーキの話してると食べたくなるね」
「そ、そうですよね!サエさん何か頼みます?アップルパイとか、ミルフィーユとか美味しそうですよ、ほらここ」
ハルがメニューの写真を指刺して言う。
「あほんとだ!アップルパイあるんだ~美味しそうだね。これ頼もうかな~ハル君は?」
「じゃあ僕も同じのを」
サエがニコッと微笑んで、アップルパイを2つ注文した。
「ヒロはよくわかんないことで時々はしゃぐ人で、私たち、よくつられて笑ってた」
「タカさんとの初対面のときも、兄はそんな感じだったんですね」
「そう。楽しい初対面だったよ。タカ君の印象は良かったのはもちろんだけど、ヒロの一番仲良い友達じゃない?だからヒロみたいな感覚の人なのかな~とは思ってたんだよね」
「へえ。兄からタカさんのことは聞いてたんですか?」
「うん。仲良い親友がいるのは聞いてたよ。よく名前が出るし、すごく信頼してるんだなってのがこっちにも伝わってきてた」
「そうなんですね」
「19の歳で会って23までの4年間、私たち本っっっ当にたくさん遊んでたんだ」
ハルはサエの話を聞きながら時より微笑み、相槌をうつ。
「楽しい時間だったんですね」
「うん。すごく楽しかった。ただ、3人……じゃない?タカ君は、その、彼女とか作らないのかなってのは実は思ってたんだ」
「……」
「ダブルデートとかも楽しそうだな~って、思ったりしてたんだけど」
「タカさんが恋人を連れてきたことはなかったんですか?」
「一度もなかったなあ。タカ君に彼女を紹介されたことなかった。タカ君すごくかっこいいし優しいし絶対モテるはずなのに、彼女の話が出ることもなければ、ヒロもそういうことでタカ君をからかったりしたことはなかったな」
「そうなんですね」
「うん。若い頃ってさ、恋愛話となると、みんなからかいあうでしょ?最近どうなんよ~ってニヤニヤしながら聞いたりしてさ。タカ君のそういう話題になること、なかったな。一度だけ聞いてみたことあったんだけどね」
「えっ、なんて返ってきたんですか?」
「俺のことはいいんだよーって、はぐらかされちゃった」
「……」
「ちょっと思うところがあって、最近また聞いてみたけど、変わらず。あっ!ちょっと待った。タカ君のそういう話、私が勝手に話さないほうがいいよね、ごめんね。ヒロのこと話すね」
「あ、いえ。タカさんの話も知りたかったので」
「そうなの?」
「あっ、はい。深い意味じゃないんです。僕、タカさんと会ってからいろいろ助けてもらいっぱなしで。僕の話をきいてくれたり、困った時に助けてくれたり。なんていうか……タカさんが困ってることとか兄のことで苦しんでることあれば力になりたいというか」
タカの話を知りたい理由、になっていなかった。
「ハル君がタカ君の力に……?」
「は……はい」
「苦しいこと、か……うーん。タカ君と話してて何か思ったの?辛そうだった?」
「あ……いえ、それは」
「もちろん私もタカ君もかなりこたえたよ。だけど、ハル君は自分のことだけ考えて。お兄さんがもういないって知って一番辛いのはハル君でしょう。私たちは私たちで対処してるから、ハル君は心配しなくて大丈夫だよ」
「あぁ……ありがとうございます。もちろん兄が死んだことは悲いしショックでしたし、もう会えない辛さってのはあります。けど心のどこかでそうなのかなって、ずっと覚悟してたので」
「そっか」
「母が、泣き崩れていたのを見たので、それで」
「そうなんだ」
「はい。覚悟してました」
注文したアップルパイが、2人の前に置かれた。
わあ、美味しそう、とサエは目を丸くしてフォークを手に持つ。
「それよりもタカさんやサエさんのほうが」
「ハル君。なんだか私たち全員、みんなの心配しまくってるよね笑 みんな優しすぎだよ、何この優しい空間は」
サエが少し潤目になりながら、ふふふっと笑った。
「あ、すみません」
「笑うところだよ。食べよっ」
サエがあははっと笑いながら言った。
「はい」
「美味しいね」
「はい、すごく美味しいです。このお店にして良かったです」
「うん、大当たりだよ~」
「ああ、よかったです、ほんと」
アップルパイを半分食べたところでサエが話しだす。
「私、一時期ダメになっちゃって。言葉を選んで言うとね、もう本当にダメなところまでいったんだよね」
「兄がいなくなってから、ですか」
「うん。これはたぶんタカ君からは聞いてないと思う。いまだから言えることなんだけど、落ちるとこまで落ちた……っていうのかな」
「……」
「ヒロがいた頃はね、あの幸せがずっと続くと思ってた。ずっとずっと、その先もずーっと。喧嘩とか、すれ違いとかあったとしても、隣にはヒロがいる未来しか考えてなかった」
「……」
「人って本当にいなくなるなんだって、あのとき初めて知ったんだよね。おかしな話だよね。みんないつか死ぬって分かっているのにさ、心の奥底ではそれはおじいちゃんおばあちゃんになった頃と思ってる。20代や30代で、急にいなくなるなんて思ってない」
「……はい。そうですよね」
「うん。病室でね、目の前で見てたのに。ヒロが死んだ、もういないって現実を直視したくなくて、なんでいないの?この世界おかしくない?ってずっと思ってた」
「……」
「心にぽっかり穴が……ってもんじゃなかった。ヒロのいない世界に生きてる自分が受け入れられなかったの。人間落ち込んでもさ、いつかは這い上がる時がくるって思うじゃない?でもね、まだ落ちるの?が毎日続くとね、朝起きて、ああ……またヒロのいない世界で目覚めてしまった……って思って起きたくなくなるんだ。ヒロがいなくなってから毎朝が絶望ではじまるからさ、朝が怖くて」
「朝……。分かります。僕も朝が怖かったこと、あります」
「えっ、そうなの?ハル君も辛いことあったんだね」
「あ、まあ。でもサエさんやタカさんほどじゃないです」
その瞬間、サエがハルの目を見て、首を横に振った。
「ハル君。辛さに大きいも小さいもないよ」
そんなこと言わないで、と寄り添うサエの優しさがハルの心に伝わってきて、なんとなく、胸の奥の方がじんわりと温かくなった。
他の人だったらさらっと流す言葉だろうに、サエの優しいところはこういうところなんだな、とハルは思った。
「……あ、はい」
この温もりはどこから……そう思い、左手でシャツの第二ボタンあたりを掴んだ。
「そういう経験も含めて、ヒロは私の人生にいろんなものを与えてくれたよね。振り幅が大きすぎたよ。しかもいなくなってもなお、こうして弟君と会うことになってさ。ほんと……何この人って感じだよ、あはは」
「……すみません。突然現れて。僕、嵐を巻き起こしてますよね」
「いやいや、謝らないで。タカ君にも言ったんだけど、いま私は変わる時に来ている気がしてね。ハル君が現れたのも節目かなって。タカ君はもう何年も私を気にかけてくれてたんだけど、だんだん元気になってきた頃に、こうしてハル君が私たちの世界に入ってきてくれて。私もどんどん前向きになってきてね。上手く言えないんだけど、ヒロを忘れるわけじゃなくて、私もちゃんと自分を幸せにしたいって思えるとこまできたんだよね」
「タカさん、ずっとサエさんを支えてたんですね」
「うん。って言っても、会うのは1年に1,2回とかで、あとはメールか電話だけどね。まだ先のことだけど、お互い恋人作ってダブルデートとかしようよって、そういうこと言えるくらいにまでなった。だから、いまがそういう変化の時なんだなって」
「タイミングってありますよね。僕も、まさかあの海でタカさんと会うなんて思ってなかったし、それ以降からジェットコースターに乗っている気分です」
ふふっとサエが微笑んで言う。
「ね。あ~それにしても不思議だなあ。ヒロに似ているからなのかな。ハル君には、なぜかタカ君のことを沢山話したくなっちゃうよ。どうしてだろう」
「どう……してですかね。あはは」
ハルの胸の奥は、まだ温もりが残っていた。
サエがタカのことをハルに話したくなるのは、似ているから、だけじゃない気がします。
人の心って不思議ですよね。
数ある小説の中からこの作品を見つけてくれて、ありがとうございます。